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 頭痛はさらに激しくなった。

 足を引きずるようにして校門を通り過ぎ、真兼高校本校舎を目指す。

 高校の校舎は大変前衛的なデザインで、とても高校の建物とは思えない。

 全体が平べったい皿のような形で、本校舎の背後には講堂と教員室などが付属する建物が繋がっている。そちらは二本の蒲鉾のような形の建物で、もし上空から見下ろせばSF映画「スター・トレック」に登場する宇宙船、エンタープライズ号のような形に見えるだろう。

 おっと! こんなことを口にすると即座に「オタク容疑」が掛けられ、要監視対象者として認定されてしまう。SFへの関心は「準オタク」としてツッパリ、ヤンキーから見られてしまうからだ。

 校舎入り口には、真兼高校の校章が飾られている。

 校章のデザインには、歪んだ形の真珠が採用されている。

 伝えられるところによれば、戦国時代近くの浜辺で、貝殻から歪んだ形の真珠が発見され、その真珠を当時の支配者である織田信長に献上したという。信長は献上品の真珠を大いに気に入り「かぶき珠」と命名して珍重したと伝えられている。献上品の真珠は、本能寺の変で焼失して今は存在しない。が、それ以来真兼町のシンボルとして歪んだ真珠のデザインを採用しているということだ。

 ようやく僕の教室に辿り着いた。

 まったく難行苦行で、こんなことなら休むんだった……。

 しかし僕は何としても通学を続けなくてはならない。

 理由は二つある。

 一つには僕は平穏無事な高校生活を送りたいからだ。あまり学校を休んでいると、青少年健全──ああ、長ったらしい名称でいちいち記すのが面倒くさい。これから「突撃隊」と記すことにする──突撃隊に目をつけられる危険がある。

 もう一つの理由は、ともかく僕は高校を無事に卒業したいからだ。卒業さえすれば、僕は大学進学という理由で真兼町を大威張りで離れることが出来る。

 あと二年、我慢すれば僕は都会を目指し、真兼町をおさらばするのだ!

 それだったら家出すりゃいいだろうという声があるが、そんな馬鹿なことは一切考えにない。たった一人、家出して無事に生活できるかどうか、考えてみなくても明らかだ。

 だから僕は何としても通学しなくてならない。

 たとえひどい頭痛に悩まされ、体調は最低でも。

 教室の入り口に立つと、わあん、という騒音が僕を包み込む。教室全体で生徒たちの雑談が、まるで塊のように僕を襲った。

 騒音がぴたり、と止まった。

 全員が僕を凝視している。

 教室にいる生徒は、男女半々で、皆一様に「気合い」の入った服装をしている。

 男は頭髪をリーゼントやオールバック、あるいはツルツルに剃りあげている。長い髪の男子生徒は蟀谷こめかみあたりを青々と剃り込みを入れている。

 女子は毒々しい化粧をして、大抵は髪の毛を赤、青、金色、緑色などに染めていた。制服も同様に様々な改造を施していた。

「なんだ明日辺か」という雰囲気になり、一気に教室中は弛緩した。

 再び教室中はざわざわとした私語に包まれ、僕は一歩一歩、足を引きずりながら自分の席を目指した。

 あと一歩、あと少し、もうちょっと……。

 ようやく僕は席に辿り着き、がっくりと全身の体力を振り絞ってドサリと座り込んだ。というより、ガックリとへたり込んでしまった。

 はっ、はっ、と息が荒い。額からは滝のように汗が迸っている。

 誰が見ても、今の僕の状態は普通じゃないと思うはずだ。多分、他の人間なら「大丈夫か?」と声をかけるところだが、僕には誰も声をかけない。

 内心、死んでしまえと思っているはずだ。

 それでいい。

 僕は誰の関心も惹きたくはない。

 他人が僕に関心を持つ時は「憎悪」か「嫌悪」以外はあり得ないからだ。無関心こそが、僕のもっとも願うところだ。

 カラリと乾いた音がして、教室の入り口の引き戸が開けられた。

 途端に教室は、水を打ったごとく静まり返った。

 姿を現したのは、大賀教諭だ。

「起立!」

 教室の奥から声がして、生徒全員が立ち上がった。

「押ー忍っ!」

 全員が声を合わせ頭を下げた。

 僕は椅子にへたり込んだまま、身動きもできなかった。

 大賀は軽く頷き、教壇に立った。

 僕のことは一切、無視している。

 ま、いつものことだ。

 ガタガタと盛大に音を立て、生徒たちは椅子に腰を下ろした。座る際、生徒たちはわざとらしく椅子の足をガタつかせ、大げさに音を立てた。

 なぜなら音が低いと、大賀はたちまち不機嫌になるからだ。音を低くしたまま座ると途端に「お前ら、気合が入っていないぞ!」と叱声が飛ぶ。だから必要もないのに、みんなわざと音を立てて席に着く。

 大賀教諭は教室全体を見渡し、なぜかニヤニヤと笑いを浮かべた。

 すると生徒の中で一番「気合い」が入った服装をした男子が大賀に向かって声をかけた。金髪の髪の毛を念入りにリーゼントに仕上げ、高い襟は顔をほとんど隠している。この生徒は大賀のお気に入りだ。

 名前は綿貫。クラスを仕切っている。要するに「番長」というやつだ。もっとも昔はクラス委員という役職があったが、今ではそれは番長に変わっている。

「大賀先生、今日はイイことがあるみたいだっぺね?」

「ん。そうかもしんねえな」

 真兼町は田舎だが「だっぺ」言葉の地域ではない。町の年長者の間で語尾に「だっぺ」をつける方言はまず、聞いたことはない。それなのに、なぜか男子生徒たちは壮んに「だっぺ」を語尾につける。

 僕の推測だが「だっぺ」を語尾につけたほうが、より田舎っぺのように聞こえ「ツッパリ」らしいからだと思う。

 まったく本当の田舎の人間を馬鹿にしているとしか、言いようがない。

 大賀は内緒話をするように声を低め、宣言した。

「今日、転校生がある。しかも女子だ!」

 瞬間「うおうっ!」と男子から地響きのような唸り声が上がった。

 大賀の顔には「してやったり!」といった、得意げな表情が浮かんでいた。

 出入り口を振り返り、大賀は声をかけた。

「入ってこい。挨拶するんだ」

「はい」と細い声がして、出入り口に一人の女子が姿を現した。

 女子が姿を現した瞬間、教室中の生徒たちが一斉に息を呑んだ。男子だけでなく、女子たちも。

 僕は朦朧とした顔を上げ、入ってきた女子生徒を見た。

 すらりとした手足、栗色の髪の毛は長く、複雑な形に結い上げている。肌は輝くばかりに白く、薄桃色の唇とぱっちりとした瞳の持ち主だ。

 女子生徒はぺこりと頭を下げ、教室全体を見渡すようにして口を開いた。

「皆さん、お早うございます。このたび、真兼高校に転校してきた佐々木藍里です。どうぞよろしく」

 驚きに、僕は立ち上がっていた。

 そうだ、確かにこの日転校してきたのは、間違いなく藍里だ!

 なぜ?

 あり得ない!

 僕の驚きをよそに、教室中を見渡していた藍里は僕と目を合わせニッコリとほほ笑んだ。

「わたし、あそこにいる明日辺流可男さんの恋人です」

 どーっ、と教室中が湧いた。

 皆口々に「信じられない」とか「あいつ何言ってんだ?」と大騒ぎしている。

 喧噪の中、僕はゆっくりと膝を床についた。

 そのままぐーっ、と教室の床が近づいてくる。

 どて! と僕は前のめりに倒れていた。

 意識が遠ざかる。

 僕は気絶したのだ。

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