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 強風が吹き始めている。

 太陽はあいかわらずじりじりと大地を焙り、空には雲一つないが、さきほどまでの微風がしだいに叩きつけるような強風に変わり始めた。

 僕が率いる小隊は、谷間を覗きこむような位置に敵を待ち受けていた。僕を含め、全員接近する敵に見つからないよう、地面に這いつくばり、顔を僅かな段差に隠していた。

「流可男隊長、どう思います?」

 僕の側に軍曹が近づいて、囁いた。髭モジャの顔にゴーグルを架けて砂嵐を避けている。軍曹の「どう思う」というのは、吹き始めた砂嵐が我々にとって有利か、不利かという質問だ。僕は即答した。

「今の砂嵐は僕らに有利だ。ただ、僕らの今いる場所では奴らを待ち受けるには具合が悪い。もっと低い場所へ移ろう」

 僕の答えに軍曹は軽く頷き、無言で背後に体を捻じ曲げ、腕を振って仲間に合図した。

 阿吽の呼吸ってやつで、お互い僅かな言葉のやり取りですべて通じる。

 位置を変えてすぐ、強風は烈風に変わり、もはや体をぺったり地面に押し付けていないと、一瞬で吹き飛ばされかねない。風の音は轟音といってよく、お互いの声もほとんど聞こえない。僕らの隠れている場所の端っこには、藍里とアイリスが肩を並べて地面に伏せていた。

 アイリスはこのゲームでは初心者だ。もうすぐ始まるであろう戦闘で狼狽えたりしないで、大人しくしていてくれればいいのだが。まあ、藍里がお目付けで傍にいるから安心だろう。

 風の音に交じって、敵機動部隊の接近を知らせる無限軌道クローラーの音と、エンジンの轟音が聞こえてきた。

 いや、その前に、地面が振動し始め、小石が僕の目の前で飛び跳ね始めた。

 伏せている僕と、相棒の軍曹は顔を見合わせた。軍曹の目玉は、驚きにいっぱいに見開かれている。

 軍曹の唇が「まさか!」という風に動いた。

 僕はぐいっと顔をねじ向け、接近する敵部隊に視線を向けた。

 砂嵐は壁のように立ちはだかり、照り付ける太陽もすでに黄色い闇にずっぽり埋まって見えなくなっている。

 ずしずしずし……と地面は跳ね回り、僕の背後の崖が振動で、がらがらと音を立てて崩壊し始めた。まるで地震だ!

 と、周囲が影に呑み込められた。

 はっ、と顔を上げると、何か巨大な塊が砂嵐の向こうにシルエットとなって黒々と浮かび上がっている。シルエットは鋭い角を持ち、いくつかの長大な砲門が見えていた。

 多砲塔戦車だ!

 慌てて僕らは立ち上がった。

 あんなのが敵部隊にいるとは、まるで情報が入っていなかった。

 巨大な車体に、十門の砲塔が備わっている超巨大重戦車だ。

「冗談じゃねえ! あんなのにどうやって立ち向かえってんだ!」

 軍曹が喚いた。

 多砲塔戦車は、現実の世界でも、旧ソ連が計画していたそうだが、実際は複数の砲塔を搭載するためのエンジン、車体の構造など無理が多くて放棄されたそうだ。が、こっちはゲームの世界だ。やろうと思えば、どんな戦車だって実現できる。

 情報では共和国は谷間に、機動部隊一個中隊を派遣する、ということだったがまるで違った。これでは大隊、どころか師団規模だ。僕らは大急ぎで位置を変え、崖を駆け上った。谷間を見下ろすと、多砲塔戦車を中核に、無数の装甲車、強化服パワードスーツを身に着けた歩兵大隊が付き従っている。強化服は筋力を増幅させるだけでなく、敵の攻撃を跳ね返す装甲を身に着けていて、いわば歩く戦車だ。

 こっちは敵部隊に対して、いわば丸裸に近い装備しかない。完全に情報が間違っていた。

 僕は味方の兵士たちに向かって叫んだ。

「退却だ!」

 僕の命令に、兵士たちは一斉に装備を背中に跳ね上げ、大慌てで本部へ向かい始めた。

 通信兵が無線で、必死に本部に現状を送信し始めている。

 きりきりきり……と嫌な音が背後から聞こえてくる。

 僕は退却のため、全軍のしんがりにいて、その音に気づき振り向いた。

 わっ!

 あの多砲塔戦車が砲門を一斉にこちらへ向けている!

「伏せろーっ!」

 僕が叫び終わる前に、戦車は攻撃を開始していた。

 どんっ! と、腹に響く音がして、ずしんと音の壁が通過した。ふわっと体が浮き、ころころと地面を転がった。視界の隅に、アイリスをかばって崖にへばりついている藍里の姿が見えた。

 ぐあーっ、と恐ろしい音を立て、僕の目の前を戦車の無限軌道が通過した。

 砂煙の中、強化服を身に着けた敵歩兵が、ぬっと姿を現した。全身を中世の甲冑に似た装甲で覆われていて、二本足で立ったカブトムシといった格好だ。手にしたライフルをさっと構え、銃口を僕に擬した。

 撃たれる!

 覚悟を決めたその瞬間、ぐわっと真っ赤な炎が敵の装甲歩兵を包み込んだ。

 何事か、と周囲を見回すと、アイリスが片膝を地面につき、両手をぐっと前へ突き出し、唇は何事か呟いている。そのまま両手を後ろへ引いて、もう一度力を込めて突き出した。

 その瞬間、アイリスの両手から、真っ赤な炎の塊が空中に湧きだし、敵歩兵の列に飛び込んでいった。

 炎の攻撃魔法だ!

 あれは相当、レベルの高い魔法使いでしか使いこなせない魔法のはずだ。僕がプロフィールで確認したアイリスの経験値は初心者のものだったが……。

 ああそうか!

 納得。

 前にも記したが、このゲームでは経験値がお金の代わりになり、魔法のMPマジック・ポイントにもなる。だから魔法を主とする魔法使いたちは、つい魔法攻撃をしてしまい、そのために折角貯めた経験値を消費してしまう。だから経験値が初心者のように低かったのだ。

 ぐわあーっ、と巨大な炎の塊が、装甲歩兵の軍列の真ん中で炸裂した。ばたばたと、数人の敵歩兵がなぎ倒され、地面に人型の炎が燃え上がっている。

 すごい威力だ……。

 僕は呆れた。

「隊長、チャンスですぜ!」

 ドスドスと足音を立て、軍曹が僕に近づき大声で叫んだ。

 そうだ、チャンスだ!

 アイリスの魔法攻撃で、敵歩兵の連携が乱れている。

「攻撃開始!」

 僕の命令でそれまで退却に必死だった味方たちは勢いづき、背中に担いでいたライフルや、対戦車ミサイルを構え攻撃の態勢をとった。

 ちょうど僕らの位置は、敵部隊の中軍あたりに位置し、敵のどてっ腹付近を攻撃することが出来る。計算してこうなったわけではないが、これ以上ないくらい好位置だ。

 僕らが攻撃すると、敵の勢いは乱れた。敵にしてみれば、思いもかけない角度からの攻撃で不意を突かれた格好になる。

 ばらばらと敵部隊は散会し、大慌てで僕らに対抗すべく軍列を整え始めた。

「退却しろ!」

 あくまで不意打ちだから、敵が本格的に態勢を整え始めたらこっちに勝ち目はない。ここはひたすら、すたこらさっさと、逃げるが勝ちだ! それは味方たちも承知していて、すでに前列の歩兵たちは急いで武器をしまい、地形を巧みに利用して退却を開始している。

「隊長、あの新入りが!」

 軍曹が指さす方向を見ると、アイリスがたった一人、敵に向かって炎の塊を投げかけている。

 あいつめ!

 戦いに夢中になりすぎだ!

 あんな前に出すぎでは、敵の目標になる。アイリスの経験値が貯まっていないのも道理、あんなに盛大に攻撃魔法を消費していたら、経験値が貯まる前に浪費してしまう。

「アイリス!」

 僕は両手を喇叭の形にして、思い切り叫んだ。アイリスは僕の呼びかけにくるっとこちらを振り向いた。僕の表情と、退却を開始している味方の兵士たちを認めたらしく、慌てて周囲を見回した。ようやく自分の立場に気づいたのか、必死の表情でこちらへ駆けてくる。

 だがあまりに突出しすぎだ。あれではこっちへ来る前に、敵にやられてしまう!

 案の定、走るアイリスの目の前に、敵装甲兵が立ちはだかった。立ち上がった二本足のカブトムシのような姿、手にはライフルを抱えている。装甲兵はさっとライフルを持ち上げ、銃口をアイリスに向けた。

 アイリスの両目がぽかんと穴のようになり、恐怖に引きつった全身は身動きが出来なくなって立ち止まってしまった。

 駄目だ……やられる……!

 覚悟を決めたその時、すらりとした影が飛び込み、ライフルを構えた装甲兵の背後に襲いかかった。

 藍里だ!

 彼女の長い脚が旋回し、装甲兵の腕を叩き据えた。装甲兵の持つライフルが吹っ飛び、アイリスは弾かれたようにその場から逃げ出した。

 が、装甲兵は一人だけではない。背後にいた仲間も、慌ててライフルを構えている。

 遂に銃口が火を噴いた!

 と、藍里がアイリスをかばい、身構えた。すると藍里とアイリスの周囲に、見えない壁ができたかのように、敵兵士の打ち出した銃弾が弾かれ、逸れた。

 そうだった、藍里は防護魔法を使えたんだった!

「援護しろ!」

 僕の命令に、味方は退却する藍里とアイリスを援護するため弾幕を張った。

 走るアイリスのため、藍里は時折立ち止まってバリアを作っている。藍里の防護魔法は、動いていては発動できないのだ。

 遂にアイリスは敵兵たちから逃れ、待ち構えた僕らの隠れ場所へ飛び込んできた。ここなら岩陰に隠れて敵の攻撃を防げる。

 ついで藍里も全速力で駆けてきた。

 僕は手を伸ばし、藍里の手を握ろうとした。が、ここはゲームの世界、僕の伸ばした手は、するりと藍里の腕をすり抜けてしまった。

 いつもはこんな初歩的な間違いなどしない僕なのに、なんて慌てているんだ。

 その時、藍里の胸を、敵の銃弾が貫いた!

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