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「出して! ここから出してよう……」
すすり泣きと共に、檸檬の悲痛な声が部屋の中に響いた。
四方が、真っ白なクッションに覆いつくされた部屋だ。いわゆる拘禁部屋で、暴れても収容された人間が怪我をしないよう配慮されている。しかし拘禁を目的とした部屋であることには、変わりない。
天井には白々とした光を投げ掛ける照明に、四隅には監視カメラが設置されている。
部屋の中にはベッドと、簡易洗面設備と、トイレが設置されている。ドアの一部からは食事を差し入れるための入り口があり、どう考えてもここは刑務所だった。
檸檬はふらふらと部屋の中を彷徨い、壁を力なく叩いた。
その様子をカメラを通じて、免外礼博士が冷然と見守っていた。博士の背後には赤田斗紀雄と、朝比奈総理がソファに座ってモニターを眺めている。
朝比奈総理の美しい顔に、皮肉な笑みが浮かんだ。
「あの娘が明日辺流可男の〝妹〟なの? ガッツ島を襲撃した一味の一人とは、とても信じられないけど」
総理の発言に、免外礼は深く頷いた。
「実は、あの娘を拘禁室へ運ぶ前、意識のない状態で脳波を調べておきました。明日辺流可男の〝妹〟の一人、黒木来夢の脳波と比較したのですが、奇妙なことに来夢に現れた脳波が、あの新山檸檬という娘には出現していなかったのです」
赤田と朝比奈総理は、博士の言葉をよく理解できなかったのか、ポカンとした表情でいる。免外礼博士は詳しい説明を続けた。
「つまりあの檸檬という娘は〝妹〟ではなく、普通の女の子、というわけなのです。これをご覧ください」
博士は手元のリモコンを操作し、モニターに録画映像を呼び出した。
拘禁室の真ん中に、檸檬が茫然とした表情で立ち尽くしている。
免外礼博士の声が聞こえて来た。博士の姿はなく、どうやら外部からマイクを使って、部屋の中のスピーカーを通じて話し掛けているようだ。
「檸檬君、君らがなぜ明日辺流可男の〝妹〟になったのか、訳を話してくれないか?」
博士の言葉に、檸檬は怒りの表情になった。
「あたし、あいつの〝妹〟なんかじゃないもん! あいつの名前なんか、二度と言わないで!」
博士は録画映像を止め、モニターのスイッチをオフにした。
赤田と総理は顔を見合わせた。二人の顔には「訳が分からない」という表情が浮かんでいる。
ひとつ咳払いをして、博士は口を開いた。
「どういう訳か、あの娘は明日辺流可男の〝妹〟という属性を失ったようですな。今では明日辺流可男には、嫌悪感しか抱いていないようです」
総理はニヤリと笑いを浮かべた。
「面白いわね。上手くこの状況を利用すれば、明日辺流可男とその一味をおびき寄せるきっかけになるかもしれません」
赤田は前のめりになって、熱心に博士に話し掛けた。
「ところで、奴らが身に着けていたスーツだが、何か判ったのか?」
「これですな」
博士は上着のポケットから、黄色いスーツの塊を取り出した。スーツは博士の掌にすっぽり収まるほど小さくなっている。博士がさっと手を振ると、スーツの塊は一瞬に広がり、上下続きの形に広がった。
赤田は茫然と呟いた。
「こんなペラペラの服で、奴らは戦ったのか……。信じられん!」
博士はニヤリと笑い返し、説明を始めた。
「このスーツを構成する生地の繊維は、ただの繊維ではありません。全身の筋肉の力を増強し、外部から攻撃されると一瞬で硬化し、着用者を守ります。言わば筋肉と脳細胞を併せ持ったようなものですな」
赤田は物欲しそうな表情を浮かべた。
「俺にも使えるのか?」
赤田の質問に、博士は否定の意味で首を振った。
「それは無理のようです。どうも、個人的な認証機構が備わっているようで、あの檸檬以外の人間が装着しても、機能しないようです」
総理が真剣な顔つきになって、免外礼博士に話し掛けた。
「これを複製することは出来ますか?」
免外礼博士はゆっくり頷いた。
「それは可能でしょう。もしも大量生産できれば、突撃隊員たちに支給することも考えられます」
赤田は熱意をこめて懇願した。
「是非頼む! これがあれば、突撃隊は無敵になる!」
朝比奈総理は楽な姿勢になり、微笑を浮かべ口を開いた。
「それで……明日辺流可男とその一味をおびき出す罠ですが……。やはりあの娘を使うのが、良い方法でしょうね」
総理の言葉に、赤田は頼もし気に頷いた。
「それについては、わたしにお任せ下さい。それと、免外礼博士の開発したオタクをツッパリに性格改造する計画も、着々と進んでおります」
赤田の答えに、朝比奈総理は満足そうに頷いた。
「素晴らしいわ! 日本国民全員ツッパリになる、理想の世界がもうすぐ実現することを念じて、乾杯をしましょう!」
総理の言葉に、赤田は立ち上がり、バーに歩み寄って、三人分のグラスを取り、なみなみと注いだ。
ただし、赤田が注いだのは酒ではなく、健康飲料だった。三人は健康飲料で乾杯をした。




