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阿久津は生徒たちと話し合う必要があると言って高校に残り、僕と朱美、来夢、蜜柑、そして朱美の母親の美佐子院長は、揃って真兼病院旧館へ移動した。
どうも阿久津洋祐は、何か企みを持っていそうだ……。真兼高校のツッパリを眺める顔つきが、僕の目には狡猾そうに見えて仕方がない。
もっとも、あいつらを引き受けてくれるというのは、僕にとっては御の字だ。僕はどんな理由があろうと、ツッパリ、ヤンキーなどと一緒の空気すら吸いたくない!
旧館に入ると、驚いたことに僕の父親が待っていた。
「やあ……帰ったか……」
父親は旧館のホールで箒と塵取りを手に持ち、掃除を続けていた。
「お父さん、なんでここに?」
僕が問い掛けると、父親は渋い表情になった。
「お前が異常嗜好{ロリコン}として、ガッツ島に送られたせいだ。店は突撃隊の監視対象になって、客足が途絶えてしまって、畳むことになったのさ」
父親の言葉に、僕は黙り込んでしまった。
すると美佐子院長が、強いて明るい口調で説明を始めた。
「それでこの旧館を管理する仕事をお願いすることにしたんです。ほら、朱美一人じゃ、色々行き届かないことがありますからね。こうしてお掃除もして貰って、助かってます」
朱美は宣言するように、強い調子で口を開いた。
「今日から流可男と来夢は、ここで生活する。オイラの研究室以外使っていないから、広さは十分だ。家賃は特別にタダにしてやる。ただし、オイラの研究の邪魔はするなよ」
僕は反射的に抗議しようと思ったが、思いとどまった。考えてみれば、僕が自宅に帰っても、何にもならない。自宅の端末には僕の〝お宝〟のフィギアや、マンガ、ゲーム、アニメのデータがたんまり保存されていたが、それは一つ残らず、突撃隊によって押収、消去されているだろう。
じわじわと、僕の胸に、真っ暗な絶望感が押し寄せて来た。
そうだ、僕は逃亡者なんだ。
来夢も同じ。
僕と来夢はガッツ島から逃げ出して、今は追われる身なんだ……。
ちらっと隣の来夢を見ると、彼女も同じ思いなのか、暗い目をして僕を見つめ返した。
蜜柑がもじもじしながら、口を開いた。
「あたし、自宅で檸檬を待たないと……」
蜜柑の言葉に、朱美が反射的に向き直った。
「蜜柑! 檸檬の強化服はオイラに必ず返却するんだぞ! あいつ、強化服を持ったままウロウロしてやがる……」
朱美は珍しく焦っていた。
僕は朱美に尋ねた。
「どうしてそんなに気になるんだ?」
朱美は僕に向かい、押し殺した声で答えた。
「当たり前だ! あれにはオイラの発明したテクノロジーが詰まっている。あの強化服がもしも突撃隊に渡ったら……」
そこまで喋って、不意に薄笑いを浮かべた。
「まあ、でもオイラの発明をそうそう、そこらのヘボ学者じゃ、解明なんか出来ねえだろうがな……!」
朱美の自信は底無しだ!
気が付くと蜜柑がソワソワとしている。
僕は蜜柑に話し掛けた。
「檸檬が帰ってくるんだろう? いつまでもここにいないで、家へ帰りな」
僕の言葉に、蜜柑は救われたような表情になって「うん!」と大きく一つ頷くと、僕ら一人一人に「お先に失礼します!」と挨拶して旧館から帰宅していった。
蜜柑を見送った美佐子院長は、僕に振り返り、なぜか意味ありげな微笑みを投げ掛けて来た。
「流可男君、すっかり変わったわね」
僕はちょっと虚を突かれてしまった。
「どうしてですか?」
「だって、女の子にあんな気を遣うことなんか、今まで一度も出来たことなかったじゃない。さっきの流可男君、紳士だったわよ」
朱美が力一杯、僕の背中をどやしつけた。
「さすが〝お兄様〟じゃねえか!」
なぜか来夢がむすっとした表情になり、つぶやいた。
「あたし、どの部屋に入ればいいの?」
来夢の言葉に美佐子院長が飛び上がるように駆け寄り、慌てて来夢の背中を押して歩き出した。
「来夢ちゃんのお部屋は、あっちよ! 案内しましょう……」
歩き出した来夢と美佐子院長の後を、僕の父親がついていった。
僕と朱美だけがポツンと取り残された。
「さあて! オイラは重要な研究が残っている……忙しい、忙しい……」
朱美はわざとらしく大きな声を上げ、大股になって研究室へ歩き去った。
僕はがっくりと肩を落とし、長々とため息をついていた。
これからどうなるんだろう……。
え?
一つ言い残していることがあるだろうって?
ああ、そうか。
飛行船の中で、僕と朱美がキスをしてその後どうなったか?
気になっちゃっている?
確かに僕と朱美はキスしたよ。
でもね……。
あいつ、キスした瞬間、ごしごしと自分の手のひらで唇を拭って言い放ったんだ。
「ああ、気持ち悪い! なんでみんな、単に口と口を押し付け合うキスって奴をやりたがるんだ? さっぱり判らねえ!」
朱美は全然、変わらなかった……。
そういうものだ。
ボコノン!




