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地上に真兼病院と、高校の建物が見えてきて、飛行船は徐々に高度を下げていった。
校庭に飛行船の影が黒々と落ちて、ちょっと宮崎駿監督作品の一場面みたいだ──なんて、本当に僕はオタクだなあ……。
朱美の睡眠薬が切れて、来夢、蜜柑、阿久津、院長の四人はトボンとした顔つきで目を覚ました。どうやら睡眠薬を盛られたことは気づいていないらしく、お互い「寝不足だったなあ」と呑気に言い合っている。
その中で、阿久津洋祐は目を擦りながら、窓に顔を押し付け、眼下の景色を物珍しそうに見降ろした。
飛行船が校庭に近づくと、高校の建物からバラバラと生徒が飛び出し、ゴンドラから垂らしたロープを掴んで引き寄せ始めた。ロープを引っ張っているのは男子高校生で、一様に大笑いをしてお祭り騒ぎだ。
「ワッショイ、ワッショイ!」と掛け声をかけ、飛行船の着陸を手伝った。
ゴンドラのドアを開き、僕が地上に降りると、校庭でずらりと勢ぞろいしたツッパリたちが大声で挨拶をしてきた。
「お帰りなさいませ、明日辺の兄貴!」
僕は驚きに立ち竦んだ。
リーゼントを念入りにポマードで固めた綿貫が、僕の目の前につかつかと近づき「押忍!」と一声叫んで頭を下げた。
「ガッツ島でのお勤め、ご苦労様です!」
僕は出入り口に立ったまま、問い返した。
「お、お勤めって、何のことだい?」
隣に立つ朱美が、伸び上がって僕の耳に囁いた。
「流可男がガッツ島に送られたってことは、みんな知っている。つまりお前は前科者の島帰りってやつだな。ツッパリにとっては勲章だから、あんな出迎えになったんだ」
朱美の言葉に、僕は戦慄を憶えた。
僕が前科者?
それって、犯罪者ってことじゃないか!
僕の目の前の綿貫は、全身に緊張を示し、表情は固い。どういうわけか、身じろぎもせず、僕を見上げ、何かを待ち受けていた。
朱美が僕の脇腹をつついて促した。
「何か言葉をかけてやれよ。あいつ、お前が何か言わないと、ここで立ちんぼだ」
「何かって、何を言えばいいんだ?」
「何でもいい!」
朱美は煩そうに答えた。退屈しているのか、大っぴらに鼻の穴をほじっている。
僕は綿貫に向かい、口を開いた。
「御苦労」
途端に綿貫は弾かれたようにピョコタンと直立不動になり「有難うございます!」と大声で叫んだ。そのままくるりと背を向け、小走りに仲間のところへ戻っていった。
僕は呆れた。
あいつ、僕と同級生だぞ。まるで僕が上級生のような態度を取っている。
綿貫が向かった先に、ずらりと勢ぞろいした男子生徒は、背筋を伸ばし、腕を背中側に回して僕を見ていた。
僕は再び、朱美に質問した。
「あいつら、何で整列しているんだ?」
朱美は呆れたように答えた。
「わっかんねえ奴だなあ! お前がいるからに決まってるだろう? 流可男は綿貫とタイマンして、番長になったことを忘れたのか? お前はこの高校の番長だから、あいつらお前の命令を待っているんだ」
「ぼ、僕の命令?」
僕の声は我知らず、甲高くなった。
「ど、どうすりゃいいんだ? 僕、何を命令すりゃいい?」
それまで黙って僕らの遣り取りを見守っていた阿久津が、一歩前へ出て口を挟んだ。
「あんた、番長なんだろう? つまりはリーダーだ。リーダーなら、リーダーらしくあいつらに何か言ってやれよ。その後、解散しろとか何とか命じてやればいいんだ」
それでも僕は躊躇っていた。
阿久津は肩をすくめた。
「しょうがねえなあ……。来いよ」
阿久津は僕に向かって手招きしながら、ぶらぶらと生徒たちへ歩いていった。僕も阿久津の後に続き、ツッパリたちに近づいた。僕が近づくと、ツッパリたちは背筋を伸ばし緊張した様子を示した。
「あんた、そこで黙って立っていな。後は俺がうまくやるから……」
阿久津は僕に囁き、整列しているツッパリたちに向き直った。
「お前ら、根性入っているんだろうな?」
いきなり阿久津が、ツッパリたちに向かって叫び声を上げた。
するとツッパリたちは一斉に声を揃え、返事をした。
「根性入っています! 気合も入れます! 押っ忍!」
ツッパリたちの返事に、阿久津は上機嫌になった。
「よおーし、いい返事だ! てめえら、ここにいる明日辺の兄貴の舎弟として、恥ずかしいことはするなよ!」
「押~忍っ!」
ツッパリたちは野太い叫び声で、阿久津の言葉に答えた。
阿久津はさらに調子に乗っていた。
「よおーし、俺は明日辺さんの一の子分、阿久津という者だ。俺は明日辺さんに成り代わり、お前らを厳しく締めてやるからそのつもりでいろ! よし、解散!」
「有難う御座いましたあ~!」
綿貫を始め、ツッパリたちはホッとした様子でその場から解散して、教室へ戻っていった。後に残された僕は、茫然となっていた。
未だに訳が分からない……。
僕は阿久津の言葉を聞きとがめた。
「ねえ、ちょっと……僕の子分って、どういう意味なんだ?」
阿久津は僕に顔をねじ向け、ニヤリと笑いを浮かべた。
「決まってら! 今日から真兼高校のツッパリたちは、明日辺流可男の配下になって、俺が奴らを世話するって意味ですよ。まあ、お互い上手くやりましょうや」
阿久津は僕の肩に軽く手をやると、晴れ晴れとした顔つきになった。
「やれやれガッツ島から逃げ出した時はどうなることかと思ったが、結構面白そうな話になってきたじゃないか! あんたに部下ができたわけで、これから色々計画を練ることができそうだ。つまり、真兼高校はあんたを頂点とした組織に生まれ変わったわけだ」
僕は仰天していた。
「そ、組織だってえ!」
阿久津は頷いた。
「その通り。名前を決めなければならないな」
「名前って……?」
阿久津はちょっと考え込む表情になった。すぐにニッタリと大きな口を笑いの形にゆがめ、言葉を押し出した。
「明日辺組ってのはどうです?」




