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上陸はすべて沈黙の中に行われた。
水面に浮上した潜水艦の甲板から、上陸用のボートを使って、僕らは陸地へ移動した。事前に順番を決めていたので、上陸作業は実にスムーズに成し遂げられた。上陸作戦の遂行には、アヴァロンの乗組員が奮闘してくれた。
「それじゃ、気を付けて」
甲板で船長の三上が、真面目な表情で僕に言葉を掛けてくれた。僕は三上に向かって返事をした。
「有難う。あなたも気を付けて」
僕の返事に三上は「うん」と一つ頷き、笑顔になって真っ白な歯を見せてくれた。
僕らはガッツ島から逃亡したので追われる立場だが、三上はそれ以上に危険だ。何しろアメリカ海軍の潜水艦を、外側だけとはいえ、ちょろまかしているのだ。
お互い、つらい立場だなあ……。
「流可男、何をグズグズしてんだ?」
背中から朱美が、上陸用のボートに仁王立ちになって叫んだ。
僕は甲板からボートに飛び乗り、見送ってくれている三上ら、アヴァロンの乗組員に手を振った。
ボートの船外機が唸りを上げ、僕は潜水艦から離れていった。ほどなく陸地に到着し、ボートは再び潜水艦へ戻っていった。甲板上でボートの収容作業が終了し、乗組員たちは船内に戻った。総てが終了すると、潜水艦は海面下に潜航していった。司令塔が没し、後に残るのは微かな泡だけだった。
桟橋に続く駐車場には、迎えの自動車が何台も待っていた。大きな車はマイクロ・バスだった。バスには集談館のロゴが横腹に描かれている。バスの隣には、ごつごつとしたジャガイモに目鼻といった顔立ちの男がにこやかな表情で出迎えていた。
確か僕がガッツ島に送られる直前、真兼町のショッピングモールで見かけた顔だ。集談館の編集部員と聞いている。
美登里は神山の顔を見つけると、大股で近づき、抱えていたB4版の封筒を手渡した。
「お待ちどうさま。何とかリームの第一回分は仕上げて来たわよ」
神山の顔に、喜色が弾けた。
「有難う御座います! いやあ、正直諦めかけていたんですよ。早速、印刷所に回さないと……」
美登里の脇で、アイリスが上機嫌で話し掛けた。
「ウチも美登里はんのマンガのセリフ、きちんと英訳しておいたから使ってや!」
アイリスの言葉に、神山は大いに恐縮していた。
軽ワンボックスで待っていたのは、小柄で、頭髪が半分禿げかけている中年男だった。どうやらこの男が、桃華が話していた萩野谷らしい。萩野谷は桃華の姿を認め、激しく手を振って合図した。萩野谷の側にでっぷりと太った同じくらいの年頃の女がいて、これは牧野という名前の腐女子だそうだ。
桃華はホッとした様子で、二人に近づき旧交を温めている。
小学生に見える桃華が、萩野谷と牧野と一緒にいると、まるで親子に見える。本当は萩野谷も、牧野も桃華とはそう歳は違わないらしいが。
ほかのガッツ島から逃亡したオタクたちは、各々知り合いと談笑しあって、その後の情報を遣り取りしていた。
まるでコミケ帰りの、オフ会が始まったようだ。島では禁じられていた端末画面に、最新のアニメや、アイドルの情報が表示されているのを、島帰りのオタクたちは食い入るように見入っている。
朱美が僕の隣に近づき、囁いた。
「さっさと出発しねえと、ヤバいぜ……」
僕はギョッとなって朱美に問い返した。
「何がヤバいって言うんだ?」
朱美はなぜかニヤニヤ笑いながら答えた。
「当たり前だろう。これだけのオタクが上陸したんだ。バレずに済むわけがない。多分、すでに突撃隊か、警察に通報が入っている可能性がある」
朱美の指摘に、僕はぞっとなった。
確かに朱美の言うことは一理ある。
それまで黙って立っていただけの釜飯屋が、手にした杖をトントンと肩に当てながら口を開いた。
「さっきから俺の耳に、何かが近づいて来る音が聞こえている。あんたらは聞こえないのか?」
僕は驚き、釜飯屋に問い返した。
「音って、どんな音だ?」
釜飯屋は首を振った。
「判らん。しかし何かのエンジン音らしいな。もっとも、かなり遠くだが……」
僕は急ぎ足になって、談笑し続けている桃華と萩野谷に近づいた。萩野谷というオタクは、このオタク仲間のリーダー格になっていると桃華に聞いている。
「萩野谷さんですね」
僕が声を掛けると、萩野谷はちょっと怖気づいた表情になった。考えてみれば、萩野谷と僕は初対面だ。オタク特有の人見知りが、表に出たらしい。しかしそんなことに構ってはいられない。僕は一気に話し掛けた。
「こんなところでグズグズしちゃ、駄目だ! 早く解散して、身を隠すべきだ! あんたから、全員に話してくれ」
僕の説得に、萩野谷はポカンと口を開いた。
桃華はすぐ反応した。
「そうだよ、萩野谷さん。こんなところでゾロゾロ集まっていたら、突撃隊のいい目標になるよ!」
「突撃隊」という言葉に、萩野谷と牧野の顔色が蒼白になった。
萩野谷と牧野は、せかせかと駐車場を歩き回り、集まっていたオタクたちに僕の言葉を伝えまわった。
駐車場は騒然となり、バタンバタン! と音を立て、自動車のドアが閉められた。次々と自動車のエンジンが掛かって、次々とオタクたちは駐車場から出発していった。
あっという間に、駐車場は閑散となり、オタクたちは各々の目的地へ散っていった。
桃華と釜飯屋は、萩野谷の軽ワンボックスに乗り込んだ。
美登里とアイリスは神山の集談館のマイクロ・バスに、ナデシコ島の腐女子を連れて駐車場から離れていった。
残ったのは僕と、朱美。檸檬と蜜柑の双子。黒木来夢に阿久津洋祐だった。
僕は茫然と駐車場を見渡した。
今になって気づいたのだが、駐車場には一台も自動車が残っていない。
僕は朱美に尋ねた。
「僕らはどうなるんだ? どうやってここから移動するつもりなんだ?」
朱美は薄笑いを浮かべ、携帯の端末を操作した。
「そろそろいいぞ。オイラを迎えに来い!」
端末に命令すると、遠くから聞きなれないエンジン音が近づいてきた。
これが釜飯屋の言っていた音か?
上空から聞こえてくる。
山肌から、何か巨大な物体がヌッと出現して来た。
葉巻型の巨大な飛行物体。
明らかに飛行船だ。




