6
狭苦しい裏路地を、良太は彷徨っていた。
路地に通り過ぎる人影は、どれもこれも怪しげで危険な香りをぷんぷんと漂わせていた。顔をフードで隠し、背中や腰に大振りの刀剣を吊っている。
良太も頭から全身をすっぽりと覆うマントを羽織り、やや俯き加減で歩いていた。顔を覗きこまれると、年が若いことがバレてしまうので、なるべく他人とは目を合わせないように気を付けている。
時折、頭上に〝N〟の文字を浮かび上がらせているのは、NPCだ。
そう、ここは「蒸汽帝国」というゲームの中で、良太はここ数日、どっぷりとこのゲームにはまっていた。
路地には何の用途に使うか判然としない商品を並べた露店が並び、行き交う通行人に向かい、NPCの店主が声を張り上げて客引きをしていた。
「さあさあ、これは掘り出し物だよ! スランバリ地方でしか採れないオホルス石の結晶だ! 見てくれ、この輝きを! 純粋なオホルス石の結晶は、もうここでしか買えないよ」
「何を言う! 隣の店でオホルス石の結晶だって? 馬鹿を言え。そんなものがこんなところで売られているはずがない。きっとあれは偽物だ。あたしですかい? あたしの売り物はギース龍の鱗だ。どうです、この大きさ。こいつを使えば、魔法は使い放題だ!」
「違うね、ギース龍の鱗なんて、嘘、嘘! 恐らくタッパ魚の鱗にマンドル貝の汁を塗って胡麻化したものに違いない。お客さん、あんなのに騙されちゃ駄目ですよ。わしの売り物はペクラルのスートリルをヘンデした金輪だよ! あと僅かで売り切れだ! さあ、買った買ったあ!」
結局、ここで売られているのは殆どが出所の判らない怪しげな商品だろう。そんなものに引っかかるのは、このゲームの素人だ。
もちろん良太は素人ではない。
良太は路地をずんずんと大股で歩き、目指す店へ真っ直ぐ向かっていた。
石組みの路面から、頻繁に蒸気が噴き上がってくる。湿度は九十パーセントを超え、路地に突き出されるように掲げられている看板の文字が、やや滲んだように見えていた。
良太は顔を上げ、目の前の看板を見上げた。
「伴侶屋」と看板にはあった。
ここはゲームのプレイヤーに、パートナー・キャラクターを提供する店なのだ。
伴侶屋のドアを押し開け、良太が店内に足を踏み込むと、どっしりとした木製のカウンターがあって、店主がにこやかな笑みを浮かべて良太を迎えた。
伴侶屋の店主は、見上げるほどの巨体で、天井に頭が届きそうだった。おそらく身長は三メートルに達するのではないか。ぶっ太い腕に、分厚い胸板。まるで3トントラックが一台、店内に鎮座してるようだった。
それもそのはず、店主はトロールだった。
「蒸汽帝国」というゲームでは、人間以外の種族が存在する。エルフ、ドワーフ、ホビットなどの小人族のほか、トロールなどの巨人族も存在している。
店主の頭上には〝N〟マークは浮かんでいない。店主はプレイヤーなのだ。
トロールの店主は、轟くような大声で、良太に話し掛けた。
「ほほお……あなたは初めてのお客様で御座いますな……。ようこそ、我が伴侶屋へ。どのような御用でしょう?」
良太は口ごもりながら、答えた。
「えと、僕、その……あの、つまり、要するに……」
「パートナーをご所望ですな?」
店主は先回りした。
良太は急いで頷いた。
「ではお支払いは?」
良太はある決められたゼスチャーをして、空中に自分の所有する経験値を示した。
「蒸汽帝国」というゲームでは、ありとあらゆるサービスが経験値で支払われる。良太はこの日のため、数日間中野ブロードウェイでの集会をさぼり、ゲームに没頭して経験値を溜めていた。すべてパートナー・キャラクターを手に入れるためだ。
店主は良太の示した経験値の数値を認め、大きく頷いた。
「よろしゅう御座います! それでは新たなパートナーを創出いたしましょう。では、こちらへどうぞ」
トロールの店主に案内され、良太は店の奥へと移動した。奥のドアが開かれ、小さな部屋があって、そこには目鼻もないマネキンのような人形が置かれていた。
店主は大振りな、分厚い一冊の本を持ち出した。
「ここにお好みの顔立ち、目、鼻、口などのパーツが揃っております。お好みのパーツを選び、性別、種族、体格などをお選び下さい」
受け取った良太は、本のページに見入った。店主の言葉通り、様々な顔立ち、目鼻のパーツ、体格のサンプルなどが揃っていた。
そろそろと、良太はページに掲載されているパーツに指を伸ばした。
良太の指がパーツに触れると、同時にマネキンの同じパーツに変化が生じた。良太の指が目のパーツに触れると、のっぺらぼうのマネキンの目が開き、きょろきょろと周囲を見回した。
良太はにまーっ、と口を笑いの形に歪ませた。うんうん、と何度も頷き、両目を爛々と輝かせ、パーツ選びに熱中した。
鼻が、口が、頭髪がマネキンに生じ、徐々にパートナーの姿が現れた。最終的にパートナー・キャラが完成し、良太は満足したように大きく息を吐き出した。
店主は眉を大きく上げ、感心したように良太に向き直った。
「これで完成でよろしいですな?」
店主の問い掛けに、良太は軽く頷いた。良太の視線はパートナー・キャラに夢中に向けられ、他のことは一切目に入らなかった。
「では、命を吹き込みましょう!」
店主は良太のパートナーに向かって、指を一つパチリと鳴らした。
途端にパートナーの胸が大きく膨らみ、息を吸い込み、吐き出した。頬が赤らみ、ただの人形だったマネキンに、活き活きと命が吹き込まれた。
「パートナーの前にお進みください」
店主に囁かれ、良太はパートナーの前に立った。パートナーの瞳が動き、良太の姿を認めた。店主は大きな体を縮めるように屈むと、良太の耳に囁きかけた。
「お名前をお付けください。あなたがパートナーに命名した時、彼女はあなたの真のパートナーになるでしょう」
「名前……?」
良太はぼんやりと呟いた。店主は熱心に良太に話し掛けた。
「そうです。名前が必要です。彼女の名前はお決めになられておりますな?」
「もちろん!」
良太は力強く答えた。
パートナーの前に真っ直ぐ進み出ると、話し掛けた。
「君の名前は、未亜だ!」
「未亜……」
未亜、と名付けられたパートナーは、瞳を大きく見開き、良太を見詰めた。未亜の瞳は潤んだようになり、まじまじと良太を見詰めている。
良太はふらふらと未亜に近づき、無意識に手を挙げて触れようとした。
が、はっと手の動きが停まった。
仮想現実では、プレイヤーはNPCに触れることは出来ない。
「そうです……残念ですが、あなたは未亜に触れることは出来ません」
店主はさらに良太に近づき、囁き声に熱意がこもった。
「ですが、彼女に触れることが出来るとすれば、どうです?」
「え?」
良太は驚きの声を上げ、店主を見上げた。店主の瞳が、怪しく光り出した。
「新しい仮想現実装置の噂はご存知ですか?」
良太はゆっくりと頷き、用心深く答えた。
「知っているよ。でも、市販されるのは数年後って話だ。一台、数十万円という値段になるらしいから、普通のユーザーでは手が出ないってことも、聞いている」
店主の瞳の輝きがさらに強まった。
「それがそうでもないんですな! あなたのお使いになっている仮想現実装置にオプションで付け加えるだけで、触れて、味わえ、匂いを嗅げる新方式の装置になるんです。もちろん、ソフトの上書きも必要ですが」
良太は未亜を見詰め、すぐに店主の顔に視線を移した。
「本当かい? 僕の仮想現実装置でも、使えるのかな……?」
「もちろんです!」
店主は大きく頷き、話し掛けた。
「どうです、私がご紹介申し上げますが」
「是非!」
良太は普段の用心深さをかなぐり捨て、店主に向けて懇願した。店主は会心の笑みを浮かべていた。
店主の表情を見上げた良太は、ふと奇妙な感じに襲われた。
なぜか店主の顔が、見覚えのあるような気がしたのである。
もしここに、萩野谷や牧野のような古手のオタクがいれば、店主の顔つきが「赤田斗紀雄に似ている」と、即座に指摘していただろう。




