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「来夢さん、檸檬! いつまで引きこもっているの? もうすぐ、到着だよ」
アヴァロンの士官室ドアの向こうから、桃華や美登里、蜜柑たちの声が聞こえてくる。来夢と檸檬は部屋に閉じこもり、外界を拒否していた。
来夢は自分がツッパリになっていて、オタクとオタクの味方となる〝妹〟たちを敵視していると思っている結果だった。
檸檬は流可男にキスされたため、自分が〝妹〟ではなくなったと思い、それ以来、来夢と一緒に閉じこもり、姉の蜜柑の呼びかけにも、一切答えていない。
「檸檬、来夢……聞こえているのかい?」
ドアの向こうから聞こえて来た、流可男の呼び声に二人はびくりと背筋を伸ばした。
来夢はぐわしっ! と両手で耳を押さえ、必死になって喚いた。
「向こうへ行って! 話し掛けないで!」
来夢の様子を見た檸檬は立ち上がり、ドアに向かって叫んだ。
「あっちへ行きなさいよ! あたしたち、あんたに何も話すことないの!」
檸檬の言葉に、来夢は「えっ?」と顔を上げた。来夢は檸檬に話し掛けた。
「今、何て言った? 檸檬ちゃん、〝お兄様〟をあんた呼ばわりしなかった?」
檸檬は不審げな表情を浮かべ、来夢に向き直った。
「あんたこそ、まだ〝お兄様〟という呼びかけをしているの? あいつ、正直キモオタ男子だよ?」
檸檬の追及に、来夢は無意識に口を押えた。
「そうよ……。あたし未だに流可男さんを〝お兄様〟と思っている……。どうなっているんだろう?」
檸檬は皮肉な笑みを浮かべた。
「あんた、まさか今でも〝妹〟だと自分を思っているんじゃないでしょうね? バカじゃないの? あたしは欠片ほども、あいつの〝妹〟だなんて思っちゃいないわ」
来夢の顔に怒りの表情が上った。
「そんなこと言っちゃ駄目よ! あんたたちが七人の〝妹〟ってことは、あたしだって知っているんだから……これは運命なんだから……」
檸檬は呆れたような大声を上げた。
「嘘! 信じられない! 冷静になろうよ。あんたが〝お兄様〟と呼んでいるのは、ただのキモオタだよ! それだけじゃなくて、政府からロリコンだと認定され、ガッツ島に送られた犯罪者だよ。そんな奴に味方するなんて、何考えているの?」
捲し立てられた来夢の顔は、怒りに歪み、頬は真っ赤に染まった。
「それ以上、言うなーっ!」
叫び声をあげ、来夢は檸檬に掴みかかった。押し倒された檸檬は、床にしたたかに腰を打ちつけ「痛あーい……」と悲鳴を上げた。が、すぐに立ち上がり、来夢に向かって反撃を開始した。
「何すんのよっ!」
足を上げ、回し蹴りを来夢に食らわす。檸檬の回し蹴りはまともに入って、来夢は後方へ吹っ飛び、壁に当たって大きな音を立てた。
「やったわね……!」
来夢は闘志を燃やしたように、きっと檸檬を睨みつけ、頭を下げて突っ込んだ。
来夢と檸檬はもつれあい、床にごろごろと転がった。
「きーっ!」
「ひーっ!」
二人の黄色い悲鳴が、部屋の中に響き渡った。床に転がった二人は、お互いの髪の毛を引っ張り合い、爪を立てて引っかき合い、無我夢中になって平手で叩き合った。
部屋の外で、流可男はドンドンと何度もドアを叩いて怒鳴っていた。
「おい! 中で何やってる? 大丈夫か?」
たたた……と廊下側で足音が近づき、別の声が聞こえる。男の声で、多分、アヴァロンの艦長、三上だろう。
「合鍵を持って来たぞ」
ガチャガチャと鍵穴に鍵が突っ込まれる音がして、部屋のロックが外れた。潜水艦のドアは、最新の電子キーではなく、古風なシリンダー式だった。
ドアが開き、明日辺流可男が両目を見開き、ぽかんと阿久津を開けて立っていた。
「本当に、何やってんだ……」
床に転がった檸檬と来夢は、髪の毛は振り乱し、顔には痣が出来、服はあちこち破れて酷いありさまだった。二人とも疲労困憊していて、肩で息をして流可男を振り仰いだ。
檸檬はノロノロと立ち上がると、流可男の側をすり抜け、無言で立ち去った。
「大丈夫か?」
流可男が来夢に向かい、手を差し出した。来夢は差し出された流可男の手を認め、自分の手を差し伸べた。
二人の手が触れ合い、来夢は電流に触れたように全身を震わせた。来夢は流可男の手を、あらん限りの力で握りしめ全身のばねを使って立ち上がった。
「 〝お兄様〟!」
叫び声をあげ、来夢は流可男の胸に縋りついた。
流可男は戸惑いの表情になり、来夢の肩に手を置いて顔を覗きこんだ。
「おい、何言っているんだ?」
来夢は流可男の顔を見上げ、両目から涙を溢れさせて叫んだ。
「あたし、判ったんだ! あたしは流可男〝お兄様〟の〝妹〟だって! 御免、今まであたし何を考えていたんだろう。あたしやっぱり、ツッパリなんかじゃなかった……!」
すると流可男の背後に美登里、桃華、アイリス、蜜柑そして朱美の姿が現れた。全員、流可男の胸に顔をうずめ、すすり泣いている来夢を無言で見守っていた。




