授業中の衝動。でも、叶うわけない。
授業中の衝動。でも、叶うわけない。
高校時代の、とある休み時間の記憶。
私の席の右斜め後ろの、たいして仲良くもない女の子が、休み時間にふと放った言葉を今でもなぜか覚えている。
「なんか、どうしようもなく授業中にシャーペンを黒板に向かって投げたくなる〜!!」
それを聞いたその子の友人は、彼女の気持ちが分からなそうだった。
だが、友達じゃない私は、なぜかとてもとても彼女の気持ちがわかったような気になってしまった。
ほんの数秒前、授業中に私も全く同じことを考えていたからである。
ああ、なぜこんなにも黒板に向かってシャーペンを投げたいんだっっ!!と。
でも、実際投げられるようなもんでもない。投げたりしたら即指導対象になるだろうし、面倒なことにはなりたくない。
ちょっと想像してみた。
投げられたシャーペンが黒板に向かう速度。
シャーペンの気配に全く気づかず、
カッツ、カッツと音を鳴らしながらチョークで板書しているハゲ頭の教師の後ろ姿。
濃い緑の黒板に垂直に突き刺さったかと思えば、
ガゴン!!という奇妙な音とともに折れる、HB0.5の細い芯……
黒板に響くシャーペンの振動で気づくのが先か、ぶつかったときの音で気づくのが先か、もしくは危険を察したときの動物としての本能が先か。
大きく目を見開いた教師は、ハゲ頭バーコードを振り回しながらジャンプして反対方向におののく。
教室の床に、ガガン!と跳ね返りながら落ちるシャーペン。
30人ぐらいのクラスメートは、突然のことで何が起こったのかも分からずに、
ただ、オッさんの50歳ぐらいとは思えない素晴らしい跳躍をぼんやりと眺める。
うすら残るバーコード髪がヒラヒラと舞う。
ジャンピング教師は飛んだ勢いで机の角に尻をぶつけて、
フギャー!
と唸ったあとにストンと床に座り込む。
数秒たったあとに、教師は
「だ、誰だ? 物を黒板に投げたりしたのは!! 先生の頭に当たったらどうするんだ!!」
などとやたらでかい声で怒り、
教室は凍りつく。
その後のことは大体想像はつく。
犯人探しと、長いお説教だろう。
一通り想像して、少し満足した。
だが、真面目に塗り固められたこの教室と、私のおとなしすぎるキャラクターという実際。
さっきまでの騒がしい妄想とのギャップに小さく絶望もした。
叶わなくって、よかったんだ。
妄想でよかったんだ。と自分に言い聞かせた。
クラスとあまりコミュニケーションをとらずに孤立していた私は、
例のセリフを放った彼女に、
「その気持ち分かる分かる!!」
なんていう気の利いた共感の言葉も言えず、その言い方も戸惑い、
結局、何だろうこの気持ち……とひとりで浸っていた。
そう。言えるものなら言いたかったのだと思う、あの子に。でも、言えなかったし、言おうか言うまいか考えている間に彼女たちは違う会話へ向かって行ってしまった。
いつもそうなんだ。
私は、まわりのテンポより何歩か遅い。
その後は、何事もなかったかのように、いつものように文庫本の続きを読んだのだけれど。
なんか思い出したんだ、そんな記憶を。