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8話 ランジャディールのお話 

 円窓から星空が見える。雲ひとつなく晴れ渡る宵空には、天河の流れ。

 その河辺によりそう竜の涙星が、冴え冴えと蒼い。

 灯りを落とした暗い部屋の中で、黒き衣のセイリエンはそっと本棚を押した。

 ごご、と重量のある音をたて、本棚の一部が奥へ後退する。

 隠し穴に体をすべりこませ、岩の天板に乗る水晶玉にゆっくり手を置くと。


猊下(げいか)におかれましては、ごきげんうるわしく。金獅子家筆頭家令、ヨハン・ゴロブモンカにございます』


 紫の光の点滅とともに、神妙な声音が響いてきた。


『工房では、いま少しで第一公子殿下のお品ができあがります。今月中ごろには確実に、猊下(げいか)のお品にとりかかれます』

  

 聞きもしないのに、家令は工房の進捗状況を報告してくる。

 若き導師が注文した絵本を催促してきたのだと思ったのだろう。


「じい、急がせずともよい」


 セイリエンは朗らかな声で答えた。


「絵本の注文を取り下げる。無理を言ってすまなかった」

『と……とんでもございません!』


 水晶玉の向こうの声がうろたえる。しかし直後、柔らかくも慇懃なる声音が響いてきた。


『なんともったいなき御言葉。猊下(げいか)のお心遣い、痛み入りまする』

「工房では、世継ぎの殿下の品を作るので忙しいようだな。職人たちをよくねぎらえ。我が名義で最高のぶどう酒を配るように。公妃様は決して褒賞など与えぬだろうからな」

『かしこまりました、猊下(げいか)。彼らに代わりましてこのヨハンが先に御礼を申し上げます。その御名とありがたき御心は、みなの心に染み渡りましょう』


 隠し穴を出たセイリエンは、本棚を元の位置に戻した。

 ふりむいて寝台に目を向ければ、金髪の子はすやすや寝入っている。

 胸にひしと抱いているのは、竜の絵が描かれた韻律書。

 その寝顔は――

 

(今宵のことは、生涯忘れぬだろうな)


 セイリエンは鼻歌を歌い出したい気分だった。子どもに寄り添い、微笑み浮かぶその寝顔をうっとり眺める。


(まだ笑っている)


 口の端がゆるんでしかたがない。

 師がはじめて紡いだ物語を、ランジャディールは先をせかすほど夢中になって聞いてくれた。 

 とても気に入ってくれたし、ひどく驚いてもくれた。


『ランジャディールだよ』


 竜王とともに戦った少年戦士。その名をもう一度囁いた瞬間、金髪の子は両手に口を当てて。


『わあ……わあ……わあああああ!』


 悲鳴に似た叫びをあげてくれた。

 鳩が豆鉄砲をくらった顔。いや。それよりもっともっと、目を真ん丸くしてびっくりしていた。


『ぼく……? ぼくのおはなし? これ、ぼくのおはなし?!』

『そうだよ』


 体をわなわな震わせたから、一瞬泣かれるかと思ったが。子どもは大きな瞳をきらめかせ、黒き衣の袖をぐいぐい引っ張ってきた。


『どう……なるの? ぼ、ぼくたち、それからどうなるの? おひめさまはすくいだせたの?』

 

 セイリエンは盛大に戦士ランジャディールを活躍させた。

 勇猛で機知に富んだ少年戦士は王宮に潜入するまで、百のサソリを血祭りにあげた。

 王宮の牢獄の前では、たくさんの異形の看守と知恵と力の勝負。なぞなぞやとんち、それから腕相撲。的あてもやりとげて、まんまと看守たちを魔法の壷に閉じ込め、歌姫を獄から出した。

 しかしすんでのところで大サソリが気づいて追いかけてきた。

 その危機一髪の脱出劇を助けたのは――黒き衣をまとった魔法使い。


『魔法使いは宮廷の占星術師。大サソリの力に圧倒されて、やむなく宮殿に守りの結界を張って、協力しておりました。けれどもサソリを裏切って、ランジャディールの味方になってくれたのです。

 魔法使いは長い長い呪文を唱えました。たちまちあたりに魔法の気配が降りてきて。

 輝く黄金の獅子が、その場におどり出てきました』


 獅子が吠える。大サソリがその息吹にずるずる後退する。

 そのすきに、ランジャディールは大サソリの尻尾の先を聖なる剣で斬り落とした。

 魔法使いは、宮殿に張っていた結界を取り去り、姫をみごと救い出した少年戦士は、竜王を呼んだ。

 竜王はたちまち仲間とともに王宮へ迫り、サソリの眷属たちを一掃。大サソリを一気に屠った――。


『やった……!』


 お話が終わると。子どもは深く深く、うれしげなため息をついた。ふり返って見上げてくるその瞳はうるんでいたが、その口元はもう大きくほころんでいた。


『ねえ……あれは……おしさまでしょ? 黒いころものまほうつかいって』


 確かめてくる子どもの頭に、セイリエンは唇を近づけた。

 

『そうでしょ? あれは……おしさまでしょ? どうして……どうして、サソリをうらぎったの? どうして、たすけてくれたの?』


 目をキラキラさせ、子どもが聞いてくる。

 口づけをそっと落としながら、師は囁いた。子どもが望んでいる答えを。


『魔法使いは、ランジャディールのお父さんだったからだ。だから助けた。魔法使いは、自分の子どもを守りたかったんだよ』


 その瞬間。太陽が降りてきた。

 まだ真夜中だというのに、まばゆい陽光がその場に生まれた。

 輝く光が子どもの顔に宿る。

 それはまさしく――


『ぼくの、パパ……だから? だから、たすけてくれた?』

『そうだよ』

『おしさまは、ぼくのパパ?』

『うん』


 まさしく――


『ああ……やっぱり……!』


 セイリエンが焦がれて望んだものだった。

 子どもはセイリエンの首にとびつき、腕をまわしてぎゅうと力をこめてきた。

 若き導師は目を細め、歓喜のため息をつく子どもの貌に見入った。

 それはまばゆくて。とてもまぶしくて。


『やっぱり……ほんものだった! ほんもののパパだった! ぼくの! ぼくの……!!』


 セイリエンの目を焼いた。


『ぼくのパパ……!!』



 円窓から星空が見える。雲ひとつなく晴れ渡る宵空には、天河の流れ。


「手に入れた……」


 眠る子のそばに寄り添う若き導師は、子どもの金色の頭をいとおしげに撫でた。

 

「ついにおまえを、手に入れた。ナツメヤシ」


 その顔には満面の笑顔が浮かんでいた。

 子どもがかわいらしい顔に浮かべたのと同じ。輝く太陽のような笑みが。

 




 翌朝、はじけるように起きたランジャディールは、一日中はりきっていた。

 スキップで魚取りに行き、朝餉の給仕ではかろやかに魚の皿を運んでいた。

 午前の座学は絶好調。

 

「ねえみておしさま! からだがういた!」


 今までよりひとつ難易度の高い韻律を覚え、さっそく披露してみせた。

 ふわふわ浮き上がり、なんと中庭の木の上まで届いたけれど。降りられなくなって往生した。

 セイリエンは笑いながら、あわてる子どもを助けた。

 浮遊して腕を伸ばしたら、ひしと抱きついてくる。


「……パパ!」


 ひとこと囁いてきたその顔は、昨夜お話を終えたときに見た、あのまぶしい貌だった。

 師は喜びに打ちふるえた。

 ランジャディールのその貌は、本当に特別なもの。ほどなくそう分かったからだ。

 子どもはすっかり罪の意識をなくしたわけではない。その心にはまだ、傷が残っている。だから他の者たちに対しては、依然として同じ。決して怯えと警戒の態度を崩すことはなかった。

 他の導師たちに対しても。蒼き衣の弟子たちに対しても。かたくるしく受け答えして、口の端にほのかに微笑みを浮かべるぐらいがせいぜいのところ。

 だが――。


「ランジャディール。おいで」


 セイリエンが呼べば。手を差し伸べれば。


「パパ!」


 たちまち、その顔に太陽の光が宿る。

 しかも子どもはその表情を、セイリエン以外のだれにも見せないようにしていた。

 周りに人がいるときは恥ずかしがって、まばゆい面を師の胸にうずめて隠すのだ。


(これは……本当に、私だけのものだ……!)

 

 この世でたった一人、おのれにしか心を許さない子が可愛くて。

 セイリエンはそれから毎晩、子どもにおとぎ話を作って話してやった。

 少年戦士ランジャディールの話の続きだ。大サソリをたおしてめでたしになったあとも、ランジャディールは果てしなく冒険を続けた。大陸に名だたる英雄たちのように魔王を倒し、姫を娶り、仲間をたくさん得て、星から飛び出した。

 ランジャディールの仲間は何十人とふくれあがったが、師はどの話にも必ず、黒い衣の魔法使いを登場させた。お話の中で少年戦士がどうにもならぬ絶体絶命の危機に陥ると、子どもはすがるような目で師にねだるからだった。


「たすけてくれるよね? お父さんが、たすけてくれるよね?」


 子どもの望みどおりに、黒い衣の魔法使いは何度も少年戦士を救った。

 助けるたびに、絆が深まったのだろうか。

 うれしいことに。師を頼り慕ってくる子は、またナツメヤシを食べてくれるようになった。

 セイリエンは子どもが可愛くてたまらず、贈り物をふんだんに贈った。

 銀のしおり。小さな宝石。それから――

 




 十一月の積雪が嘘のように、その日も空はさんさんと晴れていた。

 十二の月に入ってから、一度も雪は降っていない。

 部屋にさしこむ明るい陽光に目をしばたきながら、セイリエンは弟子を手招きした。

 午前の講義は中庭や食堂や図書室などなど、寺院のいろんなところでやるが、今日はこの私室で朗読させるつもりだ。

 若き師は膝に乗せた子に、卓に置いた本を示した。

 

「だいぶ文字がよめるようになったからな。この本を読んでごらん」 

「これ、なに?」

「ランジャディールのための韻律書だよ」 

「ぼくの……ための?」

  

 子どもがうれしそうに本を手に取る。

 赤がね色の革表紙。中身はセイリエンが自らしたためたもの。

 幾日か徹夜して、ひとりで作り上げた。

 工房に注文しようかとも思ったが、待つよりなにより、他人の手に任せるのがなぜかいやで仕方なかった。

 集中して羊皮紙にめぼしい韻律を書き写し、製本は見よう見まねでやってみた。金で題名を箔押ししてみたものの、仕上げの処理の仕方がいまいち分からなかったので、あとではげてしまうかもしれない。それでも、子どものためにおのれの手で作ってやりたかった。


「すごい……! なんてきれいな字!」


 子どもが目を見張って唐草模様のような神聖文字を撫でる。


「でもむずかしそう」

「大丈夫。はじめは、神聖文字の発音からだ」

「ほんとだ。アルファ、ベータ、ガンマ…イオタ、カッパ、ラムダ…シー……スィー……スィー。すっ、スィー。スィー……」

「はは、気の抜けた音だな。ああ、歯が抜けたからか」


 子どもの成長は早い。知識だけでなく、体もどんどん発達する。


「スィー……ふぁっ……!」


 膝の上に乗せた子どもの口に指を入れて歯の状態を確かめ、セイリエンは微笑んだ。

 子どもは一所懸命発音しながら、頁をしきりに指でなぞっている。


「育ち盛りだな。まあ、歯の生え変わりぐらいたいしたことはない。声変わりの時期の方がもっと苦労するぞ。ほらお食べ」


 むきになって発音しようとする子どもの口に、師はナツメヤシを入れてやった。

 ぷくりとふくれたほっぺが実にかわいい。今は虫歯にならないかどうかということが心配だ。


「これで七文字も歌えたのはすごいね。もっとご褒美をあげよう」 

 

 言いながら、師は卓の下に隠していた籠を取り出して、子どもの膝に乗せてやった。

 小さな手が籠を覆っている布をとるなり。歓喜の悲鳴が部屋に響いた。


「……かわいい! なにこれ! かわいい!」


 籠の中にいるのは、真っ白いふわふわのウサギ。

 

「使い魔にしなさい。伝統的にはコウモリかカラスといったところだが、ウサギをしもべにする導師も多い」

「かわいい! もふもふ!」


 はしゃぐ子どもを、幸せの絶頂にいる師は抱きしめた。

 使い魔の扱い方や、かつてウサギを扱った導師のことを話してやる。

 夢中になって、子どもが将来大人になったときのことも熱っぽく語った。

 君はセイリエンにとってきっと特別な子になると。


「成人のお祝いに、アスパシオンの歌を歌って祝ってやろう」


 師はそう約束した。子どもが成人するのが実に楽しみで仕方なかった。

 

 使い魔に与えたウサギを、ランジャディールは痛く気に入った。

 供物船で向かいの町から取り寄せた甲斐は十分にあったようだ。

 晩はさっそくウサギを抱っこしてお話を聞き、一緒に眠るぐらいのはしゃぎよう。

 翌朝起きたら寝床はウサギの糞だらけ。呆然唖然の子どもに師は爆笑した。

 

「ごめんなさい! ごめんなさいっ! いまかたづけるからっ」

「寝床では、二人だけの方がいいな」


 お仕置きとして寝床に午前中いっぱい留め置いたが。それは仕置きとはいえぬものだったかもしれない。尻を叩くぞとかいろいろおどしたものの、結局は師も寝台にごろごろねそべって、ウサギのおとぎ話をしてやったからだ。

 子どもはウサギもお話の中の自分の「仲間」にしてくれとねだるぐらい、ウサギに夢中になった。

 

「不思議なピピウサギの子分ってことにして」

 

 図書室から本を借りてきて、世話の仕方を学んだり。人から教えてもらったり……。

 

「地下のしょうにゅう洞にはえてるコケがいいんだって。トンゾとかルルブとか。病気になったときは、コムがいいみたい」

「ずいぶんくわしいな」

「きゅうご室のせんぞく当番のレナンさまが、おしえてくださったの」

「あいつが……」


 鍾乳洞にこもってばかりいるディクナトールのレナンは、地下の植生にことのほか詳しい。 

 贈ってきた鉢植えも、鍾乳洞に生えていたものだ。

 

「こんど、えさをとりに地下へいっていい?」  

「そうだな。一緒に行こう」


 その翌日師弟は寺院の地下へもぐり、ひろい洞内を探検した。

 夢のような体験だった。

 天地がつながっている細い柱。せりだす皿のような岩。底が見えない澄んだ泉。

 きらめく石英の結晶がある洞窟――

 まさしくそれは、楽しい探検だった。

 

「コケ、いっぱいとれた!」

「ああ。しかしここはずいぶん寒いな」


 白い息をはあはあ吐きながら、子どもは革袋いっぱいにお目当てのものを採ることができた。

 毛皮をはおらせてくればよかったと、師は子どもに自分の外套を着せてやった。

 洞内は湿っており、凍てつく氷室。気温は水が凍る温度より低いだろう。

 地上へもどり、寺院の岩窟の中にはいるなり。なんと暖かいのだろうとセイリエンはびっくりした。

 革袋を抱いてかろやかにスキップする弟子と一緒に私室へ戻ろうとすると。

 

「おや。その子はもう導師になったのか?」


 はるか奥の房から、三位の長老アルセニウスが見咎めてきた。

 師の外套をはおっている子どもを、刺すように睨んでいる。

 セイリエンは子どもを後ろにかばおうとしたが。勇敢な少年戦士は怯まなかった。


「まだです。でも、かならずしょうらい、どうしになります」

「しかしそれを羽織るのは早かろう」

「おしさまが、ぼくにかぶせてくださったんです」

「おや。セイリエンはもう隠居するのか? では新米導師どののお力を見せてもらおう」


 アルセニウスがにっこり笑顔を浮かべて、右手を出してきた。

 セイリエンはとっさに結界を張ったが、それより早く子どもはその小さな手のひらから銀色に輝く矢を出していた。

 アルセニウスがくわりと眉をあげる。

 魔法の矢は、彼の目の前でぱしぱしと結界にはばまれ溶け散った。

 

「ほう。この私に挑むか」

「いいえ、ただのけんせいです」

「難しい言葉をよく知っているな」


 微笑む長老の手から、狼の幻影が何頭も飛び出す。

 しかし子どもは驚かず、韻律を唱えてさらに銀の矢を出した。

 自分の右手をのぞいては、セイリエンの結界が守っていてくれるとちゃんと把握しているようだ。

 

『動くものを射抜け! しろがねの、光の矢!』


 矢が走り迫る狼の幻影を次々と襲う。ぱしぱしと派手な音を立て、矢が当たった狼の幻がきらきらと輝きながら消えていく……

 アルセニウスは口元をにやりとひきあげ、目を細めた。


「ほう。たいしたものだ」

「おしさまが、おしえてくれたんです」


 子どもが最後に放った矢が、またアルセニウスの結界を刺した。

 ぱりんとその空気の膜が割れたとき、長老の顔色がさっと変わる。

 溶けて飛び散った矢のかけらが、結界をつきぬけて彼の頬をかすったのだった。


「貫通しただと?」


 そのすきを見逃さず、セイリエンは右手を突き出した。


『いでよ! 人馬族の光の矢!』


 大きな黄金の矢がいくつも飛び出し、三位の長老に迫る。


「む……!」


 目を見開く長老を、まばゆい光が包み込んだ――。





 黒の導師は冗談のつもりで致死の呪いを投げる。攻撃韻律のぶつけあいなど、ほんの手遊びだ。

 笑顔の師弟はうなずきあい、部屋に入った。

 

「おしさま。ぼくたち、さいきょうだね!」


 はしゃぐ子どもはそれから上機嫌で、ウサギに餌をやり始めるも。

 ふと手をとめて、師を振り返った。

 

「これからもおしさまは……ぼくがだれかにひどいことされたら……たすけてくれる?」

「ああ、当然だ。助けるよ。約束する」

「ぼくも、たすける。おしさまをたすける!」


 三位の長老はかすり傷を負った程度だろう。しかしこれからは、おいそれと絡んでこないにちがいない。毎晩セイリエンが紡ぐ物語のように、絆強い師弟は無敵なのだと、しらしめてやったのだから。

 

 翌日。セイリエンは見事に風邪を引いた。やはり地下の鍾乳洞は寒すぎたようだ。

 寒気がしてくしゃみがとまらない。熱も出てきたようなので、やむなく同じ寝台に子どもを寝かせるのをはばかり、救護室から簡易寝台を借りてこさせた。


「ぼくのせいだ。おしさま、ぼくに外とうをかしてくれたから」

「いや、油断しただけだよ」 

「ぼく、またしょうにゅうどうにいって、おくすりになるコケとってくる」


 子どもは革袋を手に、部屋を飛び出していった。

 出て行くまぎわに、寝台に伸びている師に、あのまぶしい笑顔を向けていきながら。

  

「まっててね!」


 子どもは日々たのもしくなっている。お話の少年戦士のように、強くなっている。

 子どもはこれから健やかに育つだろう。

 セイリエンの庇護のもとで、立派に成長するだろう。

 そしていつの日にかは。心の傷も癒えることだろう……


「気をつけて行っておいで」


 にっこり見送った師は、円窓を見やった。

 窓から明るい陽光がさしている。岩壁に刺す光の色は橙色。なんと暖かいのだろう。

 まだ、一の月に入ろうかというころなのに。

 

「今年は季節の巡りが早い」


 セイリエンはつぶやいた。子どもと同じ、その顔に陽の光を宿して。

 


「……春だな」



 



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