4話 豊穣祭
新しく注文した本を待つ間、セイリエンは「冬の女王の物語」を五回ほど読んだ。
ランジャディールが、あの美しい絵本を痛く気に入ったからだ。
子どもは晩に本をばらまくと、その絵本を選び取って、読んでくれるよう師に乞うた。
そうして師が読み終えるときまって、ぽろぽろ涙をこぼすのだった。
その間逆の表情を見たい師は、豊穣祭が待ち遠しかった。
祭りの夜に、セイリエンはいとし仔に読んでやるのだ。「子どもがはじけて笑うような物語」を。
そうすればきっと、望みが叶う――。
三日に一度、若き導師は作業の進み具合を筆頭家令に確認した。
『すべてとどこおりなく、進められております』
家令の返答は実に卒なく、セイリエンの期待はいや増した。
祭りが迫ったある日の明け方。
若き導師はランジャディールを魚取りに送り出し、いつものように石舞台へ登った。
とりわけ寒さの厳しい朝だった。
舞台は寺院の岩壁からせり出している分厚く平らな巨石で、雪で真っ白。
目の前に広がる蒼い湖には、まだ雪がちらついている。
向こう岸にある小さな町は、たれこめている雪雲のせいでほとんど見えない。
「今年は雪が多いな」
――「おはよう、ジェニス」
異様に明るい声で呼ばれたセイリエンは、ふりかえりざま眉根を寄せた。
白に近い金髪の導師――長老アルセニウスがニコニコと近づいてくる。金獅子家の後見人は、まだ齢五十に届いていない。皺のほとんどない美貌は、実に魅力的だ。
「三位の方。私のことは、セイリエンとお呼びください」
「ああすまぬ、ついうっかりした。十年以上、そなたをそう呼んでいたからな。なかなか抜けぬ」
(しらじらしい。わざとだろうに)
子どもを取り合って以来、アルセニウスはことあるごとに、弟子だった頃の名で呼んでくる。かつて師弟という絶対的な上下関係にあったことを忘れさせたくないのだ。
いらいらしながら、セイリエンは魔法の気配をおろした。
黒き衣の導師たちは、朝と夕にこの舞台で風編みを行う。
湖を覆う風の結界を張りなおすためである。なにものも永遠なるものはない。寺院を外界から切り離す結界は、半日たてば効力が如実に薄れてしまうのだ。
『風よ』
明けの明星が薄れいく中。
導師たちが集まったことを確認した最長老が、始まりにして基調となる一音を歌いだす。
並みいる導師たちがそれを受けて、いっせいに歌い始める。
『疾く風よ 巻き起これ』
放たれた歌声は基調の音にからみつき、たちまちひとつの大きな歌柱となった。
導師たちがおろした魔法の気配の中で、それは目に見えるものとなり、伸び行く樹木のようにみるみる成長していく。
柱は空にのぼっていき。ひゅんひゅんうねり。
そうして。
ぱあっと枝葉のように広がり、蒼い湖に降り注いだ――
「これで本日も、我が寺院は守られよう」
結界がくまなく湖に行き渡ったのを確認し、最長老がおごそかにうなずく。
寺院の地下には、太古の知識や遺物や秘宝が眠っている。
導師は財宝の山を守る竜のように、それらの封印を何人からも守らねばならぬのだ。
悪しき目的に使われぬように。
「黒き衣のセイリエン」
これで解散となる寸前に、最長老は若き導師を呼びとめた。
「豊穣祭の催しで、蒼き衣の弟子たちに魔道の技の手本を見せねばならぬ。その役目を頼みたい」
「それは光栄にございます。喜んでお受けします」
「難易度は三段階で。見て楽しめるものをな」
豊穣祭は無礼講。蒼き衣の弟子を広場に集め、導師が座る石の座席に座らせて、魔道の技を見せて楽しませる。師弟の立場が逆転する、寺院伝統の催しだ。
「では初歩的なものとして、獅子の幻影を出して見せます。中級のものは……」
披露する技を相談しているうち、黒き衣の導師たちが次々と、石の舞台から降り去っていく。
三位のアルセニウスがちら、と、意味ありげなまなざしを投げて、階段へと消えた。
その姿を目の端に入れたとたん、セイリエンは胸騒ぎをおぼえた。
(なんだ今の視線は)
心の臓がどくりと鳴る。若き導師は手短かに相談を切り上げて、急いで石階段を降りた。
さざめく壁画の間では、蒼き衣の弟子たちがいっせいに、風編みを終えた師を出迎えていた。
弟子たちは師を小食堂へ先導し、朝餉の給仕をするのが決まりである。
もしやと目を皿のようにして、金髪頭の子を探せば。
「ジェロ、修行の進みはどうだね?」
案の定、セイリエンの子は広間の隅でアルセニウスに話しかけられていた。
「もう手から炎をだせるようになったかな? どうだ? ジェロ?」
もと師は岩壁に手をつき背をかがめ、壁に背をつけている金髪の子どもをとじこめるようにしている。
指先から急速に熱が奪われていくような気がして、セイリエンはぐっとこぶしを握った。
「ランジャディール!」
「おしさま」
師の姿をみとめるなり、金髪の子はさっとしゃがんで床を這い、アルセニウスの脇をすりぬけた。
「おしさま。おむかえにきました」
子どもは落ち着いた顔をしているが、ぐっとセイリエンの衣の袖を握ってきた。
自分の師はこの人。そう示すように。
「食堂へいこう、ランジャディール」
「ジェニス、その子はジェロだろうに? 最長老様がアンジェロの名を半分取って、呼び名を定めたはずだ」
切れ長の目をすがめてアルセニウスが咎めてくるも、セイリエンは軽く会釈しながら固い口調できっぱり述べた。
「三位の方。私のことはセイリエンと、そしてこの子はランジャディールとお呼びください。この子の所有者は私。私物の改名に際しては、だれの許可もいらぬと解釈しております」
「ふん、まるで一人前のように物を言う」
「一人前です」
「それはそれは。――『捩れろ臓腑』!」
かつての師は顔を歪め、いきなり呪いの言葉を投げてきた。
セイリエンはなんなく結界ではじき、そのままきびすを返して食堂へ向かった。
黒の導師は冗談のつもりでいてすら、致死の呪いを投げてくる。やんわり内臓をねじるものなど、目くじらをたてるほどのものではない。
しかし、子どもは気にした。
「のろいがあたった……」
後ろをふりむき、小さな獅子はふるえた。
「おしさまのけっかい、くだけました」
「ああ、見えたか。私が無意識に張っている結界は七重だ。そのうちの二枚をやられただけだよ。それもすぐに自己修復する」
「すごい」
子どもの目が、安堵と驚きで大きく見開かれる。
小さな手が、ぎゅうっとセイリエンの黒き衣の袖を握りしめた。
「おしさまは、すごいです」
それから数日、ランジャディールは「無意識下で張る結界」に夢中になった。
初歩を学んだだけでは行使できぬ御技だが、セイリエンの寝台の上で胡坐をかいて瞑想して、何とかやってみようと試行錯誤していた。
でもどうにもうまくできないので、その結論は収まるべきところにすとんと嵌まった。
「やっぱり、おしさまはすごいです」
感嘆のため息。深い尊敬と憧れのまなざし。前にもまして崇拝されることになったセイリエンは、内心嬉しくてならなかった。
「メルドルークよりずっとすごい」
「それはいにしえの神獣じゃないか」
「おしさまだったら、きっとあのりゅう王をたおせる」
「いや、それはさすがに無理だよ」
子どもが真顔で言うのでセイリエンは笑った。竜王メルドルークは、大陸でつとに有名な竜である。
「六翼の女王」と天下を二分して戦った、史上最強の神獣だ。
絵本のみならず遊戯札のようなおもちゃにもとりあげられ、大陸中の子どもに大人気。特に男子の憧れの的となっている。
「あの竜王が好きなのだな」
「はい! あと、金のししも好きです」
セイリエンの実家が治める国は、竜王と同じ神獣である金獅子レヴツラータを守護獣としている。
「おしさまだったら、きっとあのししも、かんたんにたおせるとおもいます。あの白ねこ王みたいに」
「白猫王か」
たしかそれは、南国メキドの伝説の王だ。
猫の姿をしている英雄で、これも大陸中で大変人気がある。
竜を倒したり、悪い魔法使いを倒したり、月へいった話が伝わっている。
「白猫王も好きか」
「はい! だいすきです」
このとき子どもが深くうなずいたので、豊穣祭の前日、セイリエンはその場で踊りだしたい気持ちにかられた。
供物船でついに運ばれてきた注文の品。
牛革の分厚い包装の中身は、金象嵌の板で装丁された豪華本。
その題名は、「白猫王の大冒険」だったからだ。
(ああこれで。これでやっと)
最後まで丹念に頁をめくり、少しの瑕もなく、お話も理想どおりなのを確認してから、セイリエンは本棚の上の隠し棚にそれをしまいこんだ。子どもに気づかれぬよう、慎重に。
(やっと、見られるぞ!)
若き導師は確信した。
ついに明日。おのれの望みが叶うことを。
豊穣祭の当日は、一日中快晴だった。
宴はたそがれの赤い空の下、蒼き衣の弟子たちの合唱で始まった。
ぶどう酒の樽が開けられて、特別に子どもたちに配られた。
広場に集まった者たちのお腹をいっぱいにしたのは、干した果実や揚げ菓子。
このときのためにと向こう岸の町から取り寄せられたごちそうだ。
弟子のひとりが、投票で「みんなの王様」にえらばれた。
その子はみんな太るがよいと、お菓子を倍に増やす魔法をかけた。
しかしそんな創造主のような御技など実現するわけはない。代わりにお菓子ににょきにょき羽が生えて飛びはじめたものだから、みんな大笑い。お菓子を捕まえる楽しいさわぎが繰り広げられた。
「お、おしさまもつかまえて」
ランジャディールは、とても遠慮がちに飛びまわるお菓子に飛びついていた。
笑い声はついぞたてなかったし、その顔は、ほとんどいつもと変わらず冷静沈着。
でもお菓子をつかんだ瞬間口元をほころばせていたので、ちゃんと楽しんでいるんだと師はホッとした。
最後の出し物として、黒き衣をひるがえしてセイリエンが舞台に立ち、韻律の御技を次々披露すると。
「ああ、すごい……!」
石の座席に座る幼い弟子はほんのり頬を染め、うっとりと師の御技をみつめていた。
まぼろしの巨大な金の獅子。
広場を踊りまわる精霊たち。
天ではじけてふりそそぐ、きらびやかな竜の咆哮――。
宴がおひらきになって一緒に三階の部屋に戻る道すがら、ランジャディールはしきりに師を見上げては、うれしげなため息ばかりついていた。「おまえのお師さまはすごいな」と、蒼き衣の子どもたちに口々に言われたからだろう。
こうして最高の雰囲気で部屋に戻り、師が油壺に灯りをともすと。
いつものようにばさばさと、子どもは本を床にぶちまけた。
棚の中に隠れなかったのは、今夜は気分がよくて、不安な気持ちが少なかったからに違いない。けれどもやはり師を見上げて、無言で聞いてきた。
『ぶつ?』
「ぶたないよ」
即座に答えた師は、優しく命じた。
「今夜はその本を全部しまいなさい。特別に読んであげたい本があるんだ」
本棚の隠しから、革にくるまれた本を出してみせる。
きらりと光る金表紙が見えた瞬間、子どもの目が見開かれ、ぱぱぱと小さな手がせわしなく動いた。
一所懸命本を片づけはじめる様に、師は微笑んだ。
床がすっかりきれいなったと同時に絵本を渡してやる。
子どもは目をみはり、その固くて厚い木の表紙をふるえる手で撫でた。
一面、金象嵌で城と猫が描かれた芸術品を。
「すごい本……!」
その驚きの顔からは、いまにも大輪の花が咲きそうだ。
「読んであげよう。膝の上においで」
いつもはランジャのナツメヤシを食べさせてじらすけれど、お菓子はもうたくさん食べてきている。
それに早く読んでやって、望みのものを手に入れたい。
ゆえに師は、子どもを急かした。
「おいでラデル。さあ」
「いいの?」
すると子どもは絵本を撫でる手を止め、ほんのりあとずさって躊躇した。
「本をだしたばつは? わるい子をたべなくて、いいの?」
いつもの手順を踏まないので警戒している。
師はあわてて、今日は祭りで無礼講だからと説明した。
「弟子が師よりもえらくなる夜だ。だから、罰はいらないんだよ」
「う……」
「おいで。ここにお座り」
雲行きが怪しくなるかと一瞬ひやひやしたが、ランジャディールは膝の上に乗ってきてくれた。
内心ホッとしながら、師は木の板の表紙を持ち上げるようにめくった。
中の紙は非常に長く分厚く、蛇腹に折られている。
まるでアコーディオンのような、大変めずらしい形だ。
びろんと伸びた紙をみるなり、子どもの目はまん丸になった。
「これは広げると、一枚の長い長い絵巻物になる。すめらの国の文物の形を取り入れているものだな。紙は特殊な草を漉いて作ったもので、大変厚い」
「きらきらしてる……」
「金銀の箔をつけて作った紙だ。金獅子家には羊皮紙を作る職人だけではない、特殊な紙を漉く職人も多くいるのだよ」
セイリエンはこれがどんなに価値あるものかもっと説明してやりたかったが、こらえた。
子どもがそっと手首に手を置いてきて、囁いたからだ。
「よんでおしさま」
(よし。ねだってきたぞ)
期待に胸がはちきれんばかりの師は、咳払いして読みはじめた。
金箔押しの文字がつづられた、絢爛豪華な物語を。
『昔々、あるところに――』
『昔々あるところに、一匹の猫がおりました。
まっしろな毛でまっさおな目。
少し猫背ですが、後ろの二本足で立って歩く、とくべつな猫です。
お母さんはふつうの猫ですが、お父さんは神様。
だからとくべつな猫として生まれたのです。
「さてもきらびやかな森だ」
猫は背中に剣を負い、まぶしい森の中を歩いておりました。
その森は緑の森の国の、北の果て。
うるわしの輝きの森と呼ばれているところです。
白金の葉がしげる木々の連なりを見上げながら、猫は奥へ奥へと進んでいきました。
すると。
目の前に、なんとも美しい建物が現れました。
それは目も覚めるような、黄金の宮殿でした。
ましろの葉の木々に囲まれるそれは、天に輝く太陽のよう。
「なんとすごい。あれが、おいらの宮殿か」
まっしろな猫はとくべつな猫。
背に負う剣をいともたやすくふるう、たいそうなつわもの。
つい先日、緑の森で暴れまわる緑の蛇をやっつけて、しもべにしたところです。
すると緑の森に住むものたちがひれ伏して、こうお願いしてきたのでした。
「白猫さま。どうか我らの王になってください。どうかどうか、うるわしの輝きの森にある宮殿にお入りください」
そんなわけでとくべつな猫は、黄金の宮殿にやってきたのでした』
「剣だ……」
ずっと目をまん丸にしたまま、子どもが囁く。
金箔がちりばめられた紙に描かれているのは、白金押しの森にかこまれた、黄金の宮殿。
その金箔押しで描かれた建物の細やかさといったら、言葉を失うほどであった。
壁に連なる花模様のレリーフ。床の幾何学模様。屋根に突き出す彫刻。
豪奢な宮殿を見上げる白い猫は、銀箔で押されている。
その背に背負うは、赤銅色の剣。燃え盛る炎の模様をかたどった広刃の剣は、実にかっこいい。
これぞまさに英雄が持つべき、という形をしている。
「聖剣レギスバルド」
ランジャディールは、巷でつとに有名なその剣の名を口にした。
「べつめい、かがやくほむらの竜ごろし!」
白猫王はその伝説の剣の持ち主、というのが世間一般の共通設定だ。
(やはり男の子だな)
セイリエンは誇らしい気持ちで、嬉しげな子どもの顔をうかがった。
この頁で一番手をかけられているのは金箔押しの宮殿だが、ランジャディールの目を奪ったのは銅色の剣だった。
次の頁では、宮殿内部の息をのむような壁や柱の装飾よりも、広間に並べられた鉄鎧に真っ先に目がいっている。
(みやびな装飾よりも、武器防具が気になるか)
『宮殿に入るなり、とくべつな猫は首をかしげました。
あたりはしんと静まり返ったまま。だれひとりとして迎えに出てきません。
不思議に思った猫は、だれかいないか探してみることにしました。
宮殿はとても広くて、部屋は百以上もありました。
猫は黄金の宮殿の黄金の扉をあけて、黄金の柱をぬけて、黄金の垂れ幕をひきあげてみました。
一番広い大広間には、ずらりと鉄の鎧が並んでいましたが。
まるで衛兵のようなそれは、ただの置きものでした。
「なぜだれもいないんだ?」
首をかしげながら玉座の間にきた猫は、そこで奇妙なものを見つけました。
金の玉座のまん前に細長い箱が置いてあります。
猫は中に何かがいる気配を感じて、抜き足差し足しのびよりました。
背に負った剣の柄をにぎり、腰をおとして身構えながら。
そうして、ふたをそうっと開けてみました――』
次の頁を開いたセイリエンは、一瞬言葉を失った。
そこには、なんとも見目麗しい黄金の髪の乙女が描かれていた。
髪は金箔。頭の宝冠と衣服は銀箔。
髪の一本一本、服のひだ一本一本までもが、実に細やかに表現されている。
見目うるわしい姫は箱の中に横たわっているが、しかし眠ってはいない。
大きな緑の瞳はうるんで、怯えているような表情をしている。
両手に持っている小さな花束は、金銀銅の箔押しにいろどられていて、とてもまばゆい。
(なんと美しい)
ひと目で心奪われそうな美姫。ばら色の唇に吸い寄せられそうだ……。
「きれいなひと!」
ランジャディールも。そして物語の中の猫も。この姫にとても驚いた。
なぜなら――
『「王さま。ようこそいらっしゃいました。私は、王さまの花嫁です」
猫はただただびっくりして、姫をみつめました。
姫は箱から起き上がりますと、結婚のみ印として猫に花束を捧げました。
けれどもそのかんばせは、いまにも泣き出しそうでした。
それもそのはず、うるわしの姫は、いけにえにされた娘だったのです。
緑の森のものたちが、王になってほしいと猫に願ったのは、ひとえに恐怖のため。
蛇をたおした猫の力におそれおののいたからでした。
蛇はいなくなったけれど、今度は猫に暴れられるのではないか。殺されるのではないか。
縮み上がった森のものたちは、古い宮殿といけにえを猫に捧げることにしたのです。
猫の気分をよくすれば、暴れられることはない。
そう考えたのでした。
「なんてことだ。それでここにはだれもいないのか」
とくべつな猫はあきれました。
けれども姫の美しさに心奪われてしまったので、ありがたくそのまま宮殿に住むことにしました。
こうして一緒に住むうちに。
姫は猫がまことの英雄だということを知りました。
とくべつな猫は優しい猫でした。
けっして乱暴など働かぬ、賢い猫でした。
それに料理も上手でした。
姫は猫の意外な才能にびっくりしたものです。
なかよく一緒に住むうちに。
猫も姫がほんとうにやさしい人だということを知りました。
猫の服のやぶれをなおしたり。小さな小鳥にごはんをあげたり。
そのため猫は日ましに姫のことを好きになり、ついには深く愛するようになりました。
けれども――。
日が立つにつれ、姫は前にも増してつらいお顔をされるようになりました。
猫が姫を笑わせようとしたりご馳走を作ったりすると、いつも涙をこぼすのです。
顔をうなだれ、ごめんなさいとしかいわなくなるのです。
なぜならば。
「姫。君のそのかんばせが哀しいのは、ほらあれだ」
ある日あるとき、かんのするどい猫は優しく姫にいいました。
「他に好きな人がいるからだろう? もしかして、君には想いあってる恋人がいたんじゃないか?」
すると姫は声をあげてわっと泣き出しました。
まさしく。とくべつな猫の言うとおりだったからでした』
子どもの顔から明るさが消えた。みるみる眉が下がっていく。
悲劇の予感が胸をよぎったのだろう。
(大丈夫だよ、ナツメヤシ)
しかしセイリエンは動じず微笑んだ。
中身は事前にちゃんと検品している。この物語の終わりは、見事な大団円だ。
まわりのものも。白猫王も。
すべからくみんな、幸せになる――。
セイリエンはうろたえずに頁をめくった。いとしい子どもの頭を撫でながら。
「さあ、白猫王がどうするか見てみよう」