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黒い聖域   作者: 久遠
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               (6)

 実際、洋介は佐々木利二にぶつけた辛辣な言葉ほど母を恨んではいなかった。父洋一の暴力が酷かったことを記憶していたし、母がいい加減でふしだらな人間ではないと信じていたからである。

 小夜子が苦労人だったことも知っていた。先の戦争で父を失い、母正江の力になり、四人の弟と妹を育てた。そのため学校もろくに通えず、知らない文字も多かったことも承知していた。

 小夜子の父の義一郎は、戦争も中盤から終盤に差し掛かり、敗戦の色が浮かび始めた一九四三年の夏に徴兵され、四五年の春に栗林中将で有名な硫黄島で戦死した。

 小夜子が九歳のときであった。

 そのとき、彼女の下には利二をはじめ四人の弟と妹がいた。一番下の慶吾はまだ二歳であったから、正江のお腹にいたときに徴兵された義一郎は、我が子の顔を見ないまま戦地に赴いたことになる。もちろん、浜崎屋が特別だったわけではなく、日本全国に似たような境遇の家族が何万、何十万いたことであろう。

 小夜子は十五歳から二十一歳まで、郵便局の嘱託配達員として働き家計を助けた。浜浦界隈の村々に郵便物を配達する仕事だったが、怖がりの小夜子は苦痛でならなかった。

 というのも、郵便局が所有している三台の自転車は、正規社員が独占するため、必然的に小夜子は徒歩になったのだが、当時は道路など整備されておらず、隣村へは山道を歩くことが普通であったからだ。むろん、車一台が通れるほどの道路はあるが、山道を歩く方が近道なので上司がそのように命ずるのである。

 確かに、山道というのは不気味である。真夏の昼までさえ、幾重にも重なる木々の枝は、陽光を閉ざし、鬱蒼とした草の葉は視界を遮った。小夜子は、薄闇の中を手探りしながら進まねばならなかった。

 理不尽な扱いを受けたこともあった。現金書留の紛失があると、いつも真っ先に小夜子が疑われた。嘱託社員であるし、浜崎屋が貧しいことを誰もが知っているからである。その後、濡れ衣だったことが判明しても、誹謗中傷した局員らは謝りもしなかった。小夜子にとっては耐え難い屈辱だったが、兄弟のために辛抱した。 

 その小夜子に幸運が訪れた。

 そのときは、と但し書きを入れなければならないが、十八歳のとき灘屋の総領である洋一との縁談が持ち上がったのである。

 当時の浜崎屋は、いつしか若者の溜まり場のような存在になっていた。もちろん、後家の正江の男狂いなどではない。誰もが等しく美形の小夜子を目当てに集まったのである。小夜子は村一番どころか、島根半島界隈の男どもの噂に上るほどの美人だった。控えめで物静かなうえに、貧しい家計を助け、弟や妹の面倒をよく見る働き者という評判も青年たちの心を捉えていた。

 当然のことながら、村に喫茶店などあるはずもなく、若者は互いの家に集い酒を飲み、管を巻くのが専らであったが、それぞれの家にとってみれば迷惑なことでもあった。特に兄が嫁を娶っている家の弟は気を使わなければならなかった。

 その点で浜崎屋は好都合であった。

 きっかけは遠縁の若い漁師が魚を差し入れたことだった。浜浦界隈では、至極日常のことで、現在でも魚や野菜をお互いに分け合っている。

 通常であれば、それで終わりだったが、あるとき正江はお礼にと酒を出した。すると、若い漁師はそれならと持参した魚を捌いて刺身にした。その折の歓談が余程楽しかったのであろう。若い漁師は、次の機会に友人を連れ立って浜崎屋を訪れた。正江は嫌な顔一つせず歓待した。

 そのうち三人、四人としだいに仲間が増え、とうとう十数人もなった。青年らは酒も肴も持参するようになり、手土産として、魚や野菜の他に珍しい菓子や日用品なども持参するようになった。

 また、漁師だけでなく種々雑多な職業に就いている若者が集まったため、薪割りや屋根、壁、電化製品などの修理を行うようになり、正江にとってはまことに重宝する若者の集会となっていた。

 だが、度が過ぎると波紋も呼ぶ。浜浦の人々は、正江が若い男を漁っているのだとか、小夜子の婿になる男を品定めしているなどと口々に噂をした。

 そのような悪評を一掃したのが洋一だった。あるときから洋一がその仲間に加わったのである。

 界隈一の分限者で、権勢家でもある灘屋の総領が輪に入ったのである。陰口を叩いて、万が一洋吾郎の耳にでも入ろうものなら、どのような咎めがあるとも限らないと村人は恐れ、口を噤んだ。洋吾郎は決してそのような心の狭い人間ではなかったが、村人たちは勝手に洋吾郎の人物像を創り上げてしまっていたのである。

 若者が浜崎屋に集う理由は、小夜子目当て以外にもう一つあった。

 義一郎の弟である威三郎の存在である。威三郎は浜浦では伝説の勇士であった。帝国軍人だった彼はマレー海戦で戦死していた。

 威三郎は、当時の日本人にしては身長が百八十五センチを超える大柄で、しかも筋肉隆々、運動神経も抜群だった。為に、浜浦ではただ一人、志願して職業軍人となり、最前線へと送られてたのである。そして、名誉の戦死である。

 灘屋の墓は丘の頂上にあり、他家の三倍の広さがあったが、唯一それに匹敵するのが威三郎の墓であった。浜崎屋の墓ではない。あくまでも威三郎個人の墓である。

 甲種合格の威三郎の戦死に関しては、国から弔意の印として弔慰金と丁重に埋葬するよう墓石が下賜された。

 開戦後しばらくは日本が優勢だったこともあり、威三郎は名誉の戦死として国士扱いを受けたのである。為に、権堂正虎といった大名ほどではないが、一般の三倍の墓石が祭られていたのである。終戦から十年も経っていない頃である。歓声を上げて威三郎の出征を見送った少年たちは、威三郎の武勇伝を聞きたがったというわけである。

 洋一が浜崎屋に顔を出すようになったのは、彼の取り巻きから浜崎屋での会合を聞いたからである。灘屋の総領である洋一にはいわゆる腰巾着が多くいた。その中の一人が浜崎屋に出入りしていたのである。

 洋一は、この時代の片田舎の青年にしては珍しく、東京の私立大学の雄・関東大学に進学していた。子供の頃より読書好きの彼の夢は小説家になることだった。それが無理であれば、せめて本と関わりのある職業に就きたかった。出版社でも司書でも本屋でも良かった。

 だが、それが儚い夢であることは洋一本人が一番よくわかっていた。ならばせめてもと、洋一は文学三昧の学生生活を送るべく、関東大学の文学部進学を洋吾郎に懇願したのである。卒業したら必ず灘屋を継ぐということが条件だった。

 大学の三回生まではお盆と正月の数日しか帰郷しなかったため、洋一は四歳年下の小夜子の存在を知らなかったのだが、卒業を控えた四回生の夏、長期帰省した洋一は初めて小夜子を見たのだった。

 いや、美しく成長した小夜子を、と言うべきだろう。子供の頃は何度か顔を合わせていたはずである。それはともかく、偶然玄関先に出た洋一が封書を配達に来た小夜子と出くわしたのである。小夜子を見たとき、洋一は胸にときめきを覚えた。小夜子も恥ずかしげに俯いて封書を手渡すと小走りに走り去って言った。

 それから数日後、取り巻きから浜崎屋の噂を聞いた洋一は居ても立っても居られず、すぐさま彼らと供に浜崎屋を訪れたのだった。

 洋一は、大学を卒業し浜浦に帰郷して洋吾郎の興した会社に就職すると、正江に小夜子を嫁に貰いたいと申し込んだ。正江は大変に喜んだが、肝心の小夜子は逡巡した。洋一が嫌いなわけではなく、もう少し弟や妹が成長するまでは、と遠慮したのである。

 その心根にますます惚れ込んだ洋一は、それから二年待ってようやく灘屋に迎え入れたのだった。

 しかし、そのように相思相愛だった洋一と小夜子が、無残にも夫婦別れをするのであるから、人の世は無情なものである。

 洋介は一部始終を祖母のウメから聞いて知っていた。だからこそ、母にあのような仕打ちを受けても恨み切れないでいたのである。


 話が纏まり気が大きくなったのか、達也がつい軽口を叩いた。

「神村先生の他にも、こげな別嬪さんとも知りおうたしの」

 洋介がにやりと笑い、咎めるように言った。

「達兄ちゃん、茜はの、松尾正之助の縁者だが」

「へっ? 松尾正之助って、あの世界の松尾正之助かい」

 達也は顔を引き攣らせた。

「他に松尾正之助がおうだかい」

「洋介さん……」

 何か言おうとした茜を洋介が目で抑えた。

「神村先生と松尾正之助の縁者、おらほど果報者はおらんと思うだが」

 あははは……、と洋介は高笑いをした。

 浜崎屋の三人は、その笑い顔を暫し唖然として見つめていた。


 

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