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黒い聖域   作者: 久遠
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               (3)

 翌朝の五時過ぎに洋介は目を覚ました。

 真夏の時期、田舎の朝はすこぶる早い。朝の涼しい間に、農作業を済ませようとするからだ。屋敷の周囲のあちらこちらから生活音が聞こえ始め、洋介はすっかり目が冴えてしまった。

 洋介は、気疲れしたであろう茜を気遣い、静かに起き上がると、南側の奥の間に移動した。

 奥の間とは、母屋の玄関から一番奥、つまり西側にあたり、十二畳の広さに加えて床の間があった。畳敷きではあったが、絨毯を敷きソファーとテーブルが置いてあり、かつて洋吾郎が接客に使っていた部屋だった。奥の間の西続きに縁側があり、戸を全開にすると、午前中は涼しい風が吹き抜け、とても快適だった。

 小学生の頃、夏休みになると午前中はこの奥の間で宿題に取り組み、午後は海水浴、夕方には縁側でロッキングチェアーに腰掛けて本を読み、あれこれ空想をしながら転寝をする。それが洋介のお気に入りの過ごし方だった。

 母屋には、玄関から見て南北それぞれに座敷、次の間、中の間、奥中の間、奥の間と続いており、平屋建てではあったが十部屋あった。

 洋介が移った南側の奥の間と対になっている北側の部屋が、生前の祖父の書斎だった。昨夜、洋介と茜はその部屋で就寝した。

 しばらく、奥の間で寝そべっていると、修二の妻照美が小皿を手にやって来た。

「眠れませんか」

 照美は気遣いの言葉を掛けた。

「いえ。よく眠れましたが、子供の頃の習性なのか、物音に目が冴えてしまいました」

「広い屋敷なのに、外の物音がよく響きますからね」

 照美も苦笑いをしながら相槌を打った。

「これ、珍しいでしょう。食べてごしない」

 照美が差し出した小皿には、瓜が乗せてあった。

「おお、金瓜ですね。これは懐かしい」

 洋介は、思わず舌なめずりをした。

 熟れると皮が黄色に変色するため、この界隈では金瓜「きんうり」と呼んだ。味はマスクメロンに似て、甘くて美味しい。

 洋介が子供の頃は、小腹が空くと、畑で捥ぎ取ったこの金瓜を小川で洗い、小刀で割ってかぶりついたものだった。

 金瓜だけではない。山野に入っては西瓜、苺、枇杷、無花果、柿、梨、桑の実、山葡萄などの様々な果実類を、潮に浸かってはサザエやトコブシ、ウニなど新鮮な魚介類を食していた。トコブシとは小型のアワビのような貝である。当時はまだ乱獲前だったので、小振りなものであれば、泳ぎの苦手な洋介でさえ獲ることができた。

「最近、漁はどげですか」

「あんまり、ええことないです」

「そうですか。まあ、漁は水物ですからね。辛抱も大事でしょう」

 洋介のありきたりの慰めに対して、

「ええ、まあ」

 と、照美は冴えない表情になった。

――他に何か、悩み事でもあるのか。

 懸念を抱いた洋介の前から、照美は逃げるように立ち去って行った。

 やがて、茜が姿を見せ、続けて洋美がやって来た。

「洋介おじさん、一緒にラジオ体操に行かん?」

「まだ、やっちょうかね。どこかな」

「大日さんだよ」

 洋美は愛くるしい笑顔を見せた。

 大日とは、園方寺に隣接する大日堂のことである。

「昔と同じだね。茜、散歩がてら行ってみるか」

 はい、と茜は快く応じた。

 門を出ると、大勢の子供に交じって大人も大日堂に向かっていた。

 洋介と茜は、洋美がラジオ体操をしている間、大日堂の周囲を散策した。

「こんなところに墓石があるのね」

 茜が大日堂の裏手の角にある古い石塔を見つけたようだ。

「ああ、その墓は吉三きちざの墓だ」

「きちざ?」

「そうか、茜は知らんわな。八百屋お七の恋人と言ったら、わかるかな」

「八百屋お七って、江戸時代、火付けをして江戸の町を大火に包んだ罪で、火炙りの刑になったという、あのお七かしら」

「それや」

「へえ、お七の恋人って吉三っていう人だったの。でも、どうして江戸に住んでいた吉三の墓が浜浦にあるの?」

「それがな、お七は当時、数え年の十六歳だったということやから、満年齢では十四、五歳ということになるな」

「そんなに子供だったの」

「当時、十五歳以下は死罪にはならへんかったということや」

「現在の少年法みたいなものね」

「そういうことやな。当時は出生年なんていい加減なもんだったやろうから、お七が十五歳と言えば、死罪にはならなかったんやが、真っ正直に十六歳と言い張ったらしい」

「どうしてかしら」

「吉三に会えんのやったら、死んだ方がましと思ったのかもしれんな」

「一途だったのね」

 茜は溜息を吐いた。

「お七の処刑に責任を感じた吉三は彼女の魂を鎮めるべく、西国巡礼の旅に出たというわけや」

「その終焉の地がこの浜浦だったということね」

 茜が察したように言った。

「そういうことらしい」

 そう言うと、洋介は吉三の墓石に両手を合わせた。茜もしゃがみ込むと同じようにお祈りを捧げた。

「横にあるのは誰のお墓なの」

 祈りを済ませた茜の視線が、傍らの石塔に向いていた。

「大田何某という公家の墓や」

「お公家さん?」

 茜は信じられないという顔をした。

「高貴な身分の墓が、こんな片田舎にあるのは不思議か」

「いえ……ええ、まあ」

 茜は口籠もった。

「昨日の仏間でも言ったやろ、隠岐があるからや」

「後鳥羽上皇や後醍醐天皇が配流されたのですね」

 うん、と洋介は肯く。

「せやから、近臣のやんごとなき身分の者も一緒に流されとるんや。そういった者の中には、途中で落命した者もいたんやな」

「そういうことですか」

 茜はようやく得心したようだった。

「浜浦だけやない。この界隈には仏国寺の他にも少なからず史跡があるんや」

 洋介は茜の方に顔を突き出すと、

「案外、この俺にも高貴な身分の血が流れているかもしれんぞ」

 と怪しい笑みを浮かべて言った。

「まあ……」

 茜が口をあんぐりとしたとき、 

「洋介おじさん、茜おねえちゃん、どこにいるの?」

 ラジオ体操を終えた洋美の声が届いた。

 洋介は冗談を言ったつもりであろうが、実は満更的外れでもなかった。高貴というのは言葉が過ぎるが、灘屋が身分の高い武家の亜流であることに間違いはなかったのである。

 もちろん、洋介も全く知らない事実であり、一言付記すれば、本流には太平洋戦争開始以前から今日に至るまで、文字通り日本の精神的支柱である偉大な兄弟を輩出していた。

 

 屋敷に戻った洋介は朝食を済ませると、門脇孝明の家を訪れた。二日酔いで起き上がれない南目をそのままにして、坂根一人を伴った。昨夜、洋介が一人になった折、従兄の門脇孝明が近づいて来て、翌日の来訪を請うていた。洋介は、修二が止めた話の続きだと推察し、承諾していた。

 門脇孝明の家は、灘屋から北東の位置にあり、浜浦湾を挟んでちょうど園方寺と対極の位置にあった。

「わざわざ足を運んでもろうて、すまんの」

 玄関に出迎えた孝明が済まなさそうに言った。

「いや。昨夜、修二兄ちゃんが止めた話だらが」

「わかっちょったかい。だけん、おらがそっちへ行くわけにはいかんけんの。そいに他にも話があるし……」

「他にも?」

「まあ、そいは後だ」

 そう言いながら、孝明は応接間に案内すると、台所へ行って自らビールとつまみを運んで来た。

「迎え酒といこうか。お盆だけん、朝から飲んでもええだら」

 孝明は言い訳をしながら、洋介と坂根のグラスにビールを注いだ。

「そいで、どげな話だかい」

 洋介は一口飲んでから訊いた。

「今年の三月だっただが、修二の船が沈んでしまっての、網も一緒に無くしてしまっただが、お前は知らんかったかい」

「いや、初耳だが」

「そげか。この海難事故は、国営放送のニュースでも報じられたけん、もしかしたら洋介も知っちょうかもしれんと思っちょったが」

「そう言われれば……」

 確かに、島根半島沖で操業中の漁船が沈没したというニュースを耳にした記憶が脳裡の片隅に残っていた。事故が起こった時期は、久田帝玄の法国寺貫主擁立の件が大詰めに差し掛かっていた頃と重なっていたため、洋介は気に留めることがなかったのである。

「あれは修二兄ちゃんの船だったかい、知らんかった」

「間の悪いことに、船は昨年購入したばかりだったし、網はその日が使い初めだったがや」

 船が沈没した原因は、網に入った魚の量が多過ぎたためであった。網に入った魚の量が多過ぎると、網が切れてしまうため、頃合を量って適当に逃がす作業を行うのであるが、このときは逃がす量を間違えてしまったというのだ。

 それでも、通常は重量に耐えかねて、網自体が切れてしまうものなのだが、皮肉にも新網ということで、切れずにそのまま船諸共海底の藻屑となったのである。

 数万、数十万匹の魚群は、たった一匹のリーダーによって泳ぐ方向を定めている。このとき、リーダーは海底の方向へ泳いだため、群れがいっせいに同じ方向へ向かったのだった。

「損害はなんぼだったかい」

「そこだ。幸い、人身事故にはならんかったけん、そっちの保証は助かったが、船が三千万と網が一千万だったちゅうことだ」

「三千万?」

 洋介は、安いという顔をした。

「中古船を購入していただが。新船だったら、もっとえらい目に負うちょうがな」

 門脇修二は洋介から三隻の船を譲り受けたが、そのうち型の古い一隻を廃船とし、代わりに中古船を購入していたのだという。

「なるほど。そいでも合わせて四千万か……大損だの」

 洋介が心痛な声で言うと、

「中古船は保険に入っちょったが、耳糞ほどでの。三千万以上の損害で、全額を伯耆信用金庫から借りちょったけん、返済は大変だが」

 と、門脇孝明も同情した。

 浜浦は小さな漁村だが、一応はそれぞれが法人を組織していた。灘屋が健在のときは、洋吾郎または洋一を頂点とした一法人組織だったが、灘屋の没落と共に大小の組織に分散した。その設立の際、個々の所有する船や網の資産価値が異なったため、会社組織は税法上の便宜享受のための方便で、実態は個人営業の集合体に過ぎなかったのである。

 したがって門脇修二の借り入れも、形式上は会社が借主であったが、修二が個人保証をしていたのである。つまり会社の返済を修二が補填していた。といって、あからさまに現金を渡すのではなく、給料等の支払いを減額するのである。

「それで、現在漁はどげしちょうだかい」

「船は、お前から定置網用の六隻のうち三隻を買っちょったけん、探索船の他に古いのをもう一隻持ちょうし、網ももう四網持ちょうけん、漁そのものはは出来けんど、借金を返すほどは魚が獲れんだが」

 探索船というのは、他船に先んじて海に出て、魚影の群れを探す小型船のことである。したがって船足は速いが、網を積載していないし、獲れた魚を貯蔵する倉庫も狭かった。 

 尚、弁才師はこの船の責任者を指す。

 さて、この界隈において「お前」と言葉は、年長者に対する敬称であり、年下には「わい」という言葉を使う。だが、灘屋の総領である洋介には、たとえ年長者であっても、特別に「お前」という言葉を使うのである。

「それはそげだらな」

 洋介も相槌を打った。心の中で、今朝の照美の憂いはこのことだったのか、と合点がいっていた。

「そこでだ。修二はもう一度借金して船と網を買いたがっちょうけど、伯耆信用金庫が貸してごさんのだが」

「そりゃ、前の借金もほとんど返済しちょうらんのに、新しい金は貸し難いだらの」

 洋介の、まるで伯耆信用金庫の立場を代弁したかのような発言に、

「お前までそげんことを言うだか。伯耆信用金庫は、お祖父さんには散々世話になっちょって、ちょっとぐらい恩を返してもええだらが」

 孝明は憤然として咎めた。むろん、洋介に向けてではなく、伯耆信用金庫を詰ったのである。

 洋介と孝明の祖父である森岡洋吾郎は、伯耆信用金庫設立時の功労者として、同行の歴史に名を留めていた。

 伯耆信用金庫は、米子市に本店を設立してまもなく境港支店を開設し、漁師を対象に顧客の獲得を目指した。だが後発組だったため、顧客の獲得は難航を極めた。

 そのとき、島根半島界隈一の分限者だった灘屋の当主洋吾郎が、漁師仲間を説得し、伯耆信用金庫との取引を開始させたのである。その数は七百にも上った。現代であればともかく、設立したばかりの伯耆信用金庫にすれば途方もない数であった。

 これを補佐したのも足立万吉だった。漁師を説得した洋吾郎に対し、彼は妻女を口説いたのである。

 この功績に感謝した伯耆信用金庫は、新任の頭取は必ず灘屋に挨拶に訪れ、境港支店の支店長は毎月一度ご機嫌伺いに顔を出していた。

 門脇孝明もそのことを承知していた。だからこそ、修二の苦境に手を差し伸べない伯耆信用金庫に立腹していたのである。

「そいでな、洋介。お前から伯耆信用金庫に話をしてくれんか」

「おらが?」

「潰れたといっても、お前は灘屋の当主だけんな。お前から話をすれば、向こうも考えるのと違うかの。それに……」

 孝明が口を濁した。

「なんだかい」

「いやあ、言い難いのだけんど、修二の話では、お前は二、三年もすりゃあ何十億という金が手に入るそうだがの。そのお前が保証人になってやれば、伯耆信用金庫も金を貸すと思うだが」

 新たな借金を加えると、総額は一億円近くになる。その額は水商売も同然の、しかも斜陽となった漁師や、田舎のサラリーマンの収入で返済できる多寡ではない。灘屋の親族には保証人になれるほどの高給取りも資産家もいなかった。もちろん、それなりの地主はいたが、如何せん土地そのものが安価なので担保価値が無いのである。

「そういうことだかい」

 洋介は孝明の意図を理解した。

「おらが、洋介に頼めと何度も言ったって、修二はああいう性分だけん、よう頼まんだが。だけん、おらが出しゃばったことをしちょうだが」

「孝兄ちゃん、ようわかった。そのことはおらが何とかするけん心配せんでもええ」

「そがか。力になってやってごすか」

 孝明が肩の荷を下ろしたかのように言った。

「そいで、もう一つの話とは」

 なんだ、と訊いた。

「おお。そいが、石飛将夫のことだがな」

「うっ」

 ビールを飲もうとした洋介の手が止まった。

「私は退席しましょうか」

 気を使った坂根が腰を上げようとしたが、

「ええ、ここに居れ」

 と、洋介は手で制した。

「将兄ちゃんがどがしたかい」

 これもまた説明を加えると、この界隈では実兄、親戚の年長者だけでなく、近所の男性年長者に対しても「兄」という言葉を使う。正確にはあんちゃんと呼ぶ。

「お前が、石飛将夫の消息を調べちょうと耳にしてな、伊能さんじゃったかの、彼に話をした後、おらなりに調べてみたんだが」

 そう言った孝明は、洋介の厳しい目に、

「いや、お前がなんで将夫のことを調べちょうか、詮索するつもりは毛頭無い。おらも友達だった将夫の消息が途切れて二年も経つので気になっただが」

 と言い繕った。洋介も孝明に他意があるとは思っていなかったが、つい神経質に反応したのである。

「大阪での、偶然将兄ちゃんに出会っただがの、だいてがおらの顔を見ると、逃げるように立ち去ったけん、気になっちょうだが」

 洋介も咄嗟に誤魔化した。

「父親が灘屋の金を大分ちょろまかしちょったけん、会わせる顔がなかっただら」

 孝明は推量して言った。

「そいでの、父親が死んだ直後に連絡があった以降と、証券会社をクビになった後の二年間を調べてみたんだが」

「何かわかったかい」

「大まかにはの」

 伊能が訪ねて来た数日後、門脇孝明は石飛将夫が一番親しかった同級生を思い出した。その同級生は、現在広島市内に住んでいたため、孝明は彼の実家に出向き、電話番号を聞いて掛けてみたのである。

「どうやら、高校卒業までの四年間は、鹿児島のある寺院に寄宿しておったみたいで、証券会社を解雇された後は、西成で日雇いの建設労働者をして食い繋いじょったみたいだが」

「あっ」

 坂根の顔色が一変した。洋介を刺した犯人は、建設労働者風の身形だったと記憶している。

「伊能さんに連絡しようと思ったけんど、お前が盆に帰って来ると聞いて、直接話をしようと思っただが」

「孝明兄ちゃん、だんだん。こんで、おらの方はもうええだが」

 穏やかな口調と裏腹に、洋介は鋭い眼つきで、今後の調べは不要の意思を伝えた。 

 孝明にも意が伝わったようで、

「そ、そげか。お前がそげ言うなら、もう終わりにするけん」

 と気後れするように言った。



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