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黒い聖域   作者: 久遠
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         第五章 結縁(1)

 墓参から戻ると、すでに灘屋の親戚一同が集まっていた。門脇修二から、前もって洋介帰郷の知らせを聞いており、心待ちにしていたのだという。

 洋介の父洋一の兄弟姉妹は八人いた。洋一は長男であったが、第三子だった。その下に三男二女の八人である。次男と三男が都会に出た以外は、皆浜浦か近隣の村に住んでいた。五人のおじ夫婦やおば夫婦とその子供、つまり洋介の従兄弟連中も押し掛けて来ていたが、母方の親戚は一人も姿を現さなかった。過去の経緯が経緯だけに憚ったのである。

「おお、大阪にはこげな別嬪さんがおるだか」

「いやあ、まるで女優さんのようだがな」

「えんや。女優にもこないな美人は滅多におらん」 

 茜を見た男衆が口々に言った。茜は、その度に婉然たる笑みを返した。

 洋介は親戚一人一人に、茜を婚約者として紹介した。

「ほんとに、洋介にはもったいないのう。おらがもう十年若けりゃのう」

 などと、軽口を叩いた義叔父には、

「あんたなんかに茜さんが振り向くわけがないがね」

 と、叔母が嫌味を浴びせ、どっと座が沸いた。

 さながら、婚約披露を兼ねた賑やかな酒宴となった。昔話に花が咲いたが、誰も洋介の母小夜子の事には触れない気遣いをし、また彼の過去を問うこともしなかった。ただただ、現在の彼が成功を収めていることを喜んだ。洋介は、懐かしい顔また顔に囲まれ、久々童心に戻った心地だった。

 三間続きの宴席は溢れかえり、弾き出された女衆や子供らは台所で食事を摂ったり、席の後ろに、グラスや猪口、取り皿を置いたりして宴に参加したりした。酒の肴は鰤、真鯛、剣先イカ、鮑、サザエの刺身、蛸のからし和え、酢の物、椀物など、海の幸がふんだんに用意されていた。

 全て門脇修二が、洋介のために用意していたものだった。

「ああ、洋介さんが言っていたのはあれね」

 宴もたけなわの頃、座を外した茜が、洋介の背中越しに声を掛けた。洋介が振り向くと、彼女は西の縁側から外を眺めていた。

 茜に寄り添った洋介は、彼女の目が墓地に向いているのを見て、

「そう。あれが迎え灯篭の火や」

 しみじみとした声で言うと、 

「洋介さんの言ったとおり、幻想的だわね」

 と、茜も感慨深げに呟いた。

「最近は空き家も増えたし、一人暮らしの老人も増えて、灯篭の数もめっきり減ったがや」

 門脇修二が声を掛けた。そう言われれば、たしかに数は少ないような気がした。だがその分、満天に煌めく星々は、十六年前より輝きを増したように洋介の目には映っていた。きっとそれは、大阪という大都会で長らく星というものを眺めていなかったからだろうと洋介は思った。

 坂根好之と南目輝は、女衆の話の種になっていた。何しろ、洋介が目を掛けている二人のうち、坂根は県下に有名な坂根四兄弟の末弟であり、南目は老舗の名店和菓子屋の御曹司なのである。共に独身と聞いて、娘を嫁にどうかなどと持ち掛けられ、返答に苦慮していた。

 漁師の女房はすべからく酒が強い。二人は彼女たちから引っ切り無しに酌をされ、早くも酔いが回り始めていた。

 そのとき、

『ド・ドーン』

 という轟音が腹に響いた。

――雷?

 と、茜が気遣うように洋介を見た。

「花火が始まったんや」

 洋介は、何事もないように言うと、

「茜のお陰で雷が鳴っても、もううなされることもないやろ」

 と感謝の言葉を継いだ。

 その穏やかな表情から、

――もう、大丈夫だわ。

 と、茜は胸を撫で下ろしたものである。

 花火見物のために、ある者は庭に出で、またある者は海岸まで足を運んだが、洋介は門脇修二に、

「離れの二階へ上がってもええかい」

 と了解を求めた。

「おお、ええで。お前の部屋は洋美の部屋になっちょうけど、勝手に入ったらええ」

 修二は快く許可した。

 洋介は茜の手を引いて離れへ移った。洋介は、彼が使っていた懐かしい部屋の前に立ち止まり、声を掛けてみた。

「洋美ちゃん、いる?」

「はあい」

 と返事があった。

「洋美ちゃん、おじさんたちが入っても良いかな」

 ドア越しに訊くと、

「良いよ」

 と弾んだ声が返ってきた。

 二人が部屋に入ると、真っ暗闇の中、花火の光に窓から上半身を乗り出している洋美の姿が浮かび上がった。

「おじちゃんたちにも、ここから花火を見せてくれるかな」

 洋介が言うと、彼女は乗り出していた身体を部屋の中に戻して場所を空けた。

「有難う、洋美ちゃん」

 茜が洋美の肩に手を置いて礼を言うと、洋美は照れくさそうな笑顔を浮かべた。

「本当は、この窓から屋根へ上がると、もっと絶景なんやが、危ないから止めておこう」

 洋介がそう言うと、

「洋介おじさんは、屋根に上がっていたの」

 洋美が無邪気に訊いた。

「そうだよ。おじさんが子供の頃は、毎年屋根に上がって観ていた。火の粉が降って来るようで、そりゃもう凄かったよ」

「へえ。洋美も観てみたいなあ」

「だめだめ。危ないから、洋美ちゃんがもう少し大きくなってからだね」

 洋介が諭すように言った。洋美は八歳、洋介が母を失った年齢だった。

 三人は、ときおり歓声を上げながら夜空を見上げていた。

 茜は刹那の輝きと我が身を重ね、喜びに打ち震えていた。振り返って見れば、自分の生い立ちを呪ったこともあったが、洋介のような本物のおとこと出会い、結ばれ、生涯を誓い合った。

 洋介は少年のように純粋だが、妙に意固地な面もあり、社会的立場とは別にして、一男性としては可愛らしくある。三十六歳という若さで前途有望なIT企業を経営し、上場すれば数百億円の資産家になるが、金には全く無頓着で、強欲でもなければ傲慢でもない。それどころか、恩師の夢の実現のために奔走し、自らの金を惜しみなく注ぎ込んでいる。

 経営者としては実に敏腕で、近々一兆円規模の企業群を率いる総帥になることでもわかるように、彼の能力からすれば、実業家としてこの先どれだけ大きな人間になるか予想も付かない。

 だが茜は、昼間の道恵和尚の言葉ではないが、何となく洋介の本領は別のところにあるような気がしてならなかった。

 花火は四十分ほどで終わった。数にして一千発もあったろうか。今やすっかり斜陽となった漁村の花火大会など、この程度のものである。都会の数万発の豪勢さとは比べようもないが、この小さな花火大会は浜浦の夏の風物詩として長年村民に愛されていた。

 花火大会が終わると、海岸からの海風に乗って「口説き」が伝わっていきた。もう一つの風物詩である盆踊りが始まったのである。

 離れから母屋に戻ると、酒宴が再開されていた。

 洋介と茜が座に戻ったときだった。また玄関に来客があった。

 宴会が始まってまもなくの頃から、遠縁の者、近所の者、洋介の同級生、幼馴染たちが酒や肴を手に手に訪れていた。皆、洋介の帰郷を知り、一目顔を見たいと願う者たちだった。彼らも、酒宴に加わっていたため、さらに二間の障子を外して宴場を拡げていた。

 さて、修二の妻照美に案内されて座敷に入って来たのは、島根県議会議員の船越だった。船越は、島根半島出身では唯一の県会議員で、浜浦生まれであった。

「総領さんが帰省されたと伺い、歓談中とは思いましたが、ご挨拶に参りました」

 船越は一番下座に正座し、上座の洋介に挨拶をした。

「船越さん、そげんとこはいかん。こっちに来てごしない」

 洋介の叔父である森岡忠洋ただひろが船越を上座に誘った。洋一の末弟の忠洋は、松江市役所勤めをしている関係で、船越とは特に付き合いが深かった。

 船越は洋介の隣に座ると、名刺を差し出し、

「貴方のお祖父さんには、私が県会議員に初当選した頃から、大変お世話になりました」

 と言って頭を下げた。

「微かに憶えています」

 洋介が記憶を辿ると、

「総領さんは、まだ小学校に上がる前だと思います。いつも洋吾郎さんの胡坐の上に座っていらっしゃいました」

 船越も懐かしげな顔になった。

「そういえば、船越さんだけじゃなかったのう」

 森岡忠洋がぽつりと零した。

「そうじゃった。お祖父さんが元気な頃は、それこそ大臣や偉い役人だってて頭を下げに来たがの」

 誰かがそう言うと、

「伯耆信用金庫の頭取や支店長、農協の組合長、郵便局長も金目当てによう来とったがな」

 とまた誰かが呼応した。

 洋介は幼少の頃を想起した。

 祖父洋吾郎の胡坐の上に座っていると、相手はいつも頭を下げていた。祖父の威厳に胸を高鳴らせ、胡坐の上で自身も得意満面になったものである。

「それがのう。お祖父さんや叔父さんが亡くなると、これまでの恩を忘れ、手のひら返したような態度を取りくさって」

 門脇孝明が吐き棄てるように言った。洋介の従兄である。

 その怒声が洋介を現実に引き戻した。

「どげなことだかい」

「それがのう、洋介……」

 孝明が言い掛けたとき、

「孝兄ちゃん、それは止めてごしない」

 と、修二が慌てて口止めした。その厳しい目は、孝明だけでなく、その場にいた者皆の口を封じたため、洋介もそれ以上問うことはしなかった。

「すまん、すまん。座が白けてしまったの。さあさ、飲み直さい」

 修二は頭を下げながら、酌をして廻った。


 三十分も経ったであろうか、さらに三人連れの来客があった。

 応対に出た照美には面識のない男たちだった。一瞬身構えた照美に、腰の曲がった老人が穏やかな笑みを向け、

「総領さんが戻っておいでのようですな」

 と訊いた。 

「はい。戻っておられますが、どちら様でしょうか」

「ほうほう、申し遅れました。総領さんに『足立の爺』が参ったとお伝え下さらんか」

 照美はあっと目を剥いた。

「足立様とは……、これは大変失礼しました」

 平身低頭で詫び、少々お待ち下さい、と言って座敷に消えたかと思うと、洋介が小走りで玄関にやって来て叫んだ。

「足立の糞じじいか!」

「おう。この糞童くそわっぱが、ずいぶんと立派になったものよ」

 糞じじいと呼ばれた老人が相好を崩した。

「何年ぶりかな」

「ウメさんの葬儀以来じゃから、十六年振りかの」

 祖母ウメは、洋介が浪速大学に入学した年の初夏に心筋梗塞で突然死していた。洋介を送り出し、一人暮らしになった故の悲劇だった。

「そないになるか。しかし爺さんは元気そうでなりよりだ」

 洋介は、曲がった腰を伸ばした老人の肩を叩いて喜びを露にした。

「総領の活躍はわしの耳にも届いているぞ」

 足立と名乗った老人はそう言い、

「洋吾郎さんや洋一さんが生きておられれば……」

 と涙ぐんだ。

「爺は幾つになった」

「来年、卒寿じゃ」

「おお、九十歳か。長生きしたの」

 実の祖父に語り掛けるような親身の情に溢れている。

「なんの、わし如きが長生きしても何の役にもたたんわい。洋吾郎さんが長生きしておられたら、さぞかし世の為、人の為になったであろうにの」

 と、老人は鼻水を流して哭いた。洋介は込み上げる想いをぐっと胸に押し込み、

「昔話は後だ。さあ、爺さん。上がれ、上がれ」

 と自ら手を引いた。そのとき、壮年の男と目が合った。

「万亀男おじさんもお久しぶりです」

 洋介が声を掛けると、男は険しい顔つきで洋介に近づき、

「洋介君、後で話があります」

 と耳元で囁いた。

「この青年は?」

 軽く肯いた洋介は、もう一人の若者に目を遣った。

「孫の統万とうまじゃ」

「統万? ああ、一度だけ会ったことがある。ある、といってもまだ赤子だったが……」

 洋介は、万亀男の後ろで軽く会釈した青年を懐かしげに見て言った。

「総領、早速じゃが、酒を飲む前にちと頼みがある」

「なんじゃ、あらたまって」

「この孫をそばに置いてやってもらえんかの」

「俺に預ける、ってか」

 洋介は暫し沈思した。

「統万はいくつになった」

「二十八歳です」

「五年、いや三年でええ。是非、頼む」

 と、老人は曲がった腰をさらに折った。

「命の保証はできんで」

 洋介は真顔で釘を刺した。

「一旦預けたからには、総領の好きにしたらええ」

 老人が言い切ると、万亀男も承知しているという目をして肯いた。

「そうなら話は早い。では爺さん、明後日大阪に連れて帰っても良いか」

「統万、そうして貰え」

 老人が有無も言わさぬ体で命じた。 

 この老人は足立万吉まんきちといって、洋介の祖父洋吾郎の義弟で、且つ盟友だった男である。洋介にとっては義理の大叔父ということになる。

 代々境港で、魚の荷揚げや生鮮加工品の製造を生業としていた。むろん、灘屋の荷揚げも彼らが請け負っていたが、洋一の死を機に荷揚げ作業からは撤退し、代わりに運送、流通業に力を入れていた。

 万吉は境港市民だが、島根半島出身で足立家には婿に入ったということもあってか、経営する生鮮加工品の製造工場には、半島の漁師の妻を中心に雇い入れていた。

 漁師の収入は水物である。少しでも生計の足しになればとの想いであった。洋吾郎と殊の外馬が合ったのは、親戚という以外に、彼のそういった人情味溢れる郷土愛だったのかもしれない。

 足立家が経営する足立興業は、世間的には堅気で通っているが、実際は片足を極道世界に踏み入れている灰色世界の住人たちである。

 今や日本最大の暴力組織の神王組も、元は港湾荷役を生業としていた。仕事が仕事だけに気性の激しい男たちが参集した神王組は、戦後の混乱期には治安維持のため、警察の要請に応じ市民警護の役割も果たしていた。

 この足立万吉も例に洩れず、境港という船舶による外国人の到来繁多の街にあって、警察に協力し、市民の安全に寄与してきた。その後、戦後復興と共に警察力が増すにつれて治安維持の役目を終えたが、荒くれ共はそのまま足立興業に残り、現在に至っているのである。

 万吉自身は全くの堅気だったが、万亀男は神栄会の寺島龍司から「四分六分」の兄弟分の盃をもらっていた。言うまでもなく、寺島が六分の兄貴分、万亀男が四分の弟分である。

 とはいえ、足立興業はいわゆる企業舎弟とは異なる。暴力団の構成員や準構成員が資金獲得のために経営する、現在ではフロント企業とも呼ばれている企業があるが、足立興業はそういった従属的な経済関係は全くなく、対等な付き合いとしての経済活動であり、盃事である。

 峰松が、洋介と盃云々と言っているのと同種と言えば同種であろう。

 語弊を恐れずに言うと、かつての建設土木業界にまま散見される一種の風習、慣行である。

 言うまでなく、境港のような小さな街にも足立興業とは別に、正式というのもおかしな話だが、暴力団は存在する。

「こりゃまた、女神様の御降臨かの」

 万吉が茜を見た途端、曲がった腰を反り返した。

 万亀男は下ろそうとした腰を止めて見つめ、統万は目を見開いたまま唖然と立ち竦んだ。

「糞じじい、連れて帰ったらあかんで」

 洋介は詰るように言った。

「なんという言葉を……」

 恐縮して頭を下げた茜に、

「万吉爺さんはな、俺が幼い頃、しょっちゅうやって来ては俺の祖父さんと酒を飲み、酔うと必ず俺を抱き上げ、『貰って帰る』と言って、実際に境港の自宅へ連れ帰るんや」

「あら、まあ」

「その度に、万亀男おじさんさんが送り届けてくれたんやがな」

「親父がすぐに寝ると問題はないのですが、家に戻っても酒を呷ったりして寝ないと、洋介さんを離しませんでね。洋吾郎さんから矢の催促に苦労したものです」

 万亀男が懐かしげに言い、

「この統万が生まれて、ようやく収まりましたがね」

 と笑った。

「洋介さんは嫌がらなかったのですか」

「なんが、肝が太かったけんね。笑ってござった」

 万吉が愛しげな目で洋介を見た。

「爺さん、まだ酒は飲めえかい」

 洋介の挑発めいた言葉に、

「まだ、酒の二合や三合は飲めるわい」

 と、万吉が胸を張った。

「じゃあ、酌をしよう」

 洋介が徳利を手に取ると、

「生きている間に、総領から酌をして貰えるとは思わんかった」

 万吉はまた涙を浮かべた。

 そこへ、修二が照美を伴って挨拶にやって来た。

「いやあ、万吉さんよくいらして下さいました」

 彼にとって万吉は、かつての仕事上の付き合い以上に特別な人物だった。

「万吉さん、万亀男さん、女房の照美です」

 修二が照れくさそうに紹介した。

「いつも主人がお世話になっております」

 照美は二人に酌をしながら礼を述べた。

「実はな、照美。万吉さんは命の恩人だが」

「え?」

 照美は初めて聞く話に驚きを隠せなかった。

 中学三年のとき、近隣の六つの中学校の総番長になった修二は、卒業と同時に漁師になったが、喧嘩っ早いのは相変わらずで、獲った魚の荷揚げで境港へ行っては地元の不良たちと喧嘩を繰り返していた。

 あるとき、修二に叩きのめされた不良が、兄貴分と慕うチンピラに加勢を懇願した。修二はそのチンピラをも痛めつけたのだが、これがいけなかった。チンピラは境港の暴力団の下っ端だったのである。、

 極道は面子を重んじる。たとえ下っ端であっても極道者が一般人に喧嘩で負けるなど有ってはならないのである。その暴力団は組の面子を掛けて修二を的に掛けた。

 いかに修二といえども、束になった極道相手では勝ち目はない。そこで、彼は護身用に刃渡り二十センチほどのナイフを手放さないようにしていた。

 事の重大さに気づいた修二の母が、父である洋吾郎に救いを求め、洋吾郎が万吉に相談したと経緯があった。

「万吉さんが暴力団の組長さんと話を付けて下さったお蔭で命拾いをしたんだが」

 修二が決まりの悪そうな顔で言った。

「もしかしたら、俺にくれたあのナイフがそげだったのかい」

 洋介が思い出したように言った。

「ああそげだ。洋吾郎祖父さんから捨てろと言われたけど、良いナイフだっから捨てるのが勿体なくてな、お前にやったんだが。えらい迷惑だったの」

「いや、高校のとき役に立った」

「役に立ったって、洋介さん喧嘩でもしたの」

 茜が驚きの声で訊いた。

「喧嘩ってほどじゃなかったけど、親友に難癖を付けてきた上級生を脅すのに使った」

「まあ」

 開いた口が塞がらない茜を尻目に、

「さすがに、血は争えんのう」

 ふほ、ふほ、ふほ……と万吉が愉快そうに笑った。



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