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黒い聖域   作者: 久遠
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               (2)

 灘屋で休息した後、洋介と茜は菩提寺である園方寺えんぽうじへ参拝した。

坂根と南目も同行した。

 園方寺は、鎌倉後期に建立された禅宗系宗派道臨どうりん宗の古刹で、村の南東の外れにあった。 別名を躑躅つつじ寺と呼ばれるほど、春には境内の一面に種々の庭躑躅が咲き誇り、来訪者の目の保養となっている。

 この界隈は大変に信心深い地域で、浜浦の人々もそうであった。その証拠というのでもないが、園方寺に隣接して、大日如来を祭った「大日堂」という立派なお堂もあった。

 室町時代の前期、浜浦湾に流れ着いた仏像を漁師が見つけ、園方寺に持ち込んだところ、立派な大日如来像とわかり、村人から寄進を募って大日堂を建立したのである。

 密教における最高神である大日如来は、無限宇宙に周遍する超越者で、万物を生成化育する全一者とされている。つまり代表的な如来である釈迦如来、阿弥陀如来、薬師如来や観音菩薩、弥勒菩薩 、文殊菩薩、地蔵菩薩といった菩薩も全て大日如来の化身だということである。

 また、密教は一宗派というより教えの学び方であるから、浜浦においても道臨宗の園方寺と密教の大日堂が並存できるのである。

 神社にしても出雲大社の流れを汲む由緒正しき古社があり、他にも海の神様を祭った祠が南北に二ヶ所あった。千五百人ほどの小さな村ながら、村民は営々としてそれらを今日まで守り通しているのである。

 山門を潜って本堂を目にしたときだった。

 突然茜が、

「あっ!」

 と小さく叫んだ。

「どうしたんや、茜」  

「私、幼い頃このお寺に来たことがあるわ」

 茜の目は爛々と輝いていた。

「なんやて!」

 衝撃の一言だった。その刹那、彼女の言葉が刺激となったのか、森岡の脳裡にもある夏のシーンが蘇った。

「まさか、あのときの女の子が茜だったのか」

 何たる奇縁に、森岡は茫然として茜を見つめた。


 この園方寺で、また一つ奇しき赤い糸が手繰られることになった。

 それは森岡洋介が十二歳の秋だった。山尾茜は五歳ということになる。

 その日、洋介は園方寺から呼び出しを受けた。祖父洋吾郎、父洋一を相次いで亡くし、失意と落胆のどん底いた洋介を園方寺の住職は度々寺に呼んで慰めていた。

 灘屋は園方寺の最大の支援者だったので、さしずめ後見役を買って出ていたのだろう。

 ともかく洋介は園方寺に出向いた。

 庫裡の居間に通された彼は、そこで見知らぬ女性の背に隠れ、恥ずかしげに様子を伺っている少女を見た。おかっぱ風の髪型に、クリクリっとした大きな目。まるでフランス人形のように愛らしい少女だった。洋介はフランス人形など一度も見たことはなかったが、なぜだか少女の髪が黄金色に輝いていたとの記憶が残っていた。

「総領さんや。この女子と遊んでやって下さらんかの」

 住職が優しげな眼差しで言った。

 今になって思えば、没落の運命にある権勢家の総領と、的屋の親分を父を持つ娘。住む世界は違うが、互いに尋常ならざる未来が待ち受けているであろう二人に対する憐憫の情だったのかもしれない。

 その慈愛に満ちた語調に、自身の環境と重ね合わせ、少女に親近感を抱いた洋介は、住職の言い付けどおり彼女の相手をしようとした。

 だが人見知りをする性格なのか、警戒をしているのか、少女はなかなか洋介に打ち解けなかった。トランプ、おはじき、けん玉……洋介は少女が好みそうな遊びに誘うが、彼女はなかなか乗り気にならなかった。

 閉口した洋介は、何気に少女の膝頭を擽った。

 すると、少女は逃げる仕草をしながらも、「クス」っとはにかんだ。少女の反応に、今度は逃げ腰の少女の足の裏を擽ってみた。少女は「きゃ」っと悲鳴とも歓声とも付かぬ声を上げた。。愛くるしい笑みが零れていた。

 そこから二人の距離は一気に縮まった。 

 広い庭に出て鬼ごっこやかくれんぼなどをして遊んだり、村中を散歩したりもした。少女は人見知りどころか、実はやんちゃな子供だった。散歩の途中で、疲れたと言って洋介の背におぶられると、伸びをしたり、後方に仰け反ったりして、地面に落としそうになる洋介の胆を潰した。

 夕刻になり、洋介が辞去を告げると、洋介の足に纏わり付いて離れず、泣いて抗議した。洋介は、やむなく園方寺で夕食を取ったばかりか、とうとう宿泊までする羽目になった。それほど、少女は洋介に懐いたのである。

 洋介は少女が寝付いたのを見届けてから、迎えに来た祖母ウメと帰宅した。翌朝、少女は泣きながら洋介を探し回っていたという。

「そうか、そうか、あのときの少女が茜だったのか」

「ごめん。私は洋介さんのことまでは憶えていないの」

「そりゃあ、無理もない。まだ五歳だったからな」

「でも、この肌に感じる空気感と、誰かと遊んだおぼろげな記憶は残っている」

「うん、うん」

 と、洋介は何度も頷いた。

 広島の的屋は、中国地方一円を営業活動の範囲としている。

 島根には出雲大社をはじめとして古社が多く、その一つである浜浦神社の大祭には松江や米子からも参拝客が訪れていた。その日、秋の大祭に合わせて出張してきた父に、旅行がてら妻と茜も同伴していたのである。この頃は夫婦仲も良かったということなのだろう。

 当時の浜浦は、出雲大社への参拝客が、行きまたは帰りに立ち寄ることが多く、旅館、民宿はそれなりに整っていた。だが、園方寺本堂の裏手の三十畳敷きの大広間にはキッチン、トイレ、風呂が完備しており、旅館の三人分の料金を布施すれば十人が宿泊できた。観光ではなく商売にやって来た的屋一家にしてみれば、願っても無い宿泊場所だったのである。

「実はロンドで初めて出会ったとき、茜の眼差しに懐かしを感じていたんだ」

「あら、それじゃあなぜそのことを言わなかったの」

 咎めるように言った茜に、

「まるで陳腐な口説き文句のようだろう。とても言えやしなかった」 

 洋介は苦笑いした。

「洋介さんらしいわね」

 と、茜が微笑んだとき、

「何やら、楽しげですな」

 本堂から声が掛かった。

 会話の声が届いたのか、事前の連絡から訪山の頃合いだと見当を付けたのか、住職が本堂の入り口に出迎えていた。住職の導きで洋介と茜は本堂に上がったが、坂根と南目は庭先で待機した。

 園方寺の当代は、法名を道仙どうせんという五十歳過ぎの僧侶である。

 道仙は幼い頃、不明の高熱を発する大病を患い、一命は取り留めたものの、脳に障害が残るという災難に見舞われたが、不屈の精神と不断の努力によって、決して軽からぬ後遺症を克服した奇跡の人であった。

 長じて、寺院に生まれた宿世に従い、仏門に帰依してからは、大本山に於いて修行研鑽し、ついに田舎の末寺には過ぎたるほどの僧階・権僧正を得た。

 盂蘭盆の時期は、精霊棚の前で読経する棚経たなぎょうの務めがあり、住職は忙しい身であったが、道仙は夕刻に時間を割いた。

 さもあろう、代々灘屋は園方寺の最大の支援者であったし、洋介自身は灘屋を潰し、これまでのような支援ができない代わりに、永代供養のお布施として破格の金額を寄進していた。

 洋介が道仙と歓談していると、先代住職、すなわち道仙の実父道恵どうえが顔を出した。洋介が訪山したとの知らせを受けて挨拶に訪れたのである。廃家となったとはいえ、洋介はこの界隈一の分限者であった灘屋の総領である。大阪で一旗上げて、まもなく過去の灘屋とは比較にならないほどの資産を手にする、と門脇修二から聞き及んでいた。

 その洋介が、いつまた灘屋を再興するとも限らない。そうなれば、幼少の頃から俊才だった彼が「ただの人」で終わるはずがない。必ずや、祖父洋吾郎を凌ぐ存在になるに違いない。その判断が洋介をことさら丁重に扱う所以であった。

 道恵の思惑は当っていた。

 いずれの日にか灘屋再興の腹を固めていた洋介が、地元への貢献を考えていたのは事実であった。彼は、密かに鳥取県の米子市と同境港市の間に広がる広大な平地の購入計画を立てていた。

 この一体に広がる田畑のうち、とりあえず一万坪を手に入れようと地権者との交渉に入っていたのである。

 使用目的は特に決めていない。ウイニットの技術部門の集約センターでも、味一番の新規工場、あるいは地元の産業に根ざした工場でも良かった。陸路は産業道路から米子道へ出て、中国道に繋がっており、関西地域へは四時間も掛からない。空路は米子空港に程近く、海路は国の重要港湾に指定されている境港がある。陸海空とも交通の便が良いわりには、一坪当りが三万円と手頃な値段であった。

 実を言うと、この購入計画にはもう一つ裏の狙いがあった。土地そのものの値上がりである。交通の利便性は申し分がないものの、なにぶんにもこれといった産業がない。これでは宝の持ち腐れであるが、ここに来て中華民国(中国)の急速な経済発展により、注目を浴びるようになってきた。

 これまでの日本の海上物流の中心は、中東地域の石油や豪州の鉱山資源といった原材料を輸入し、工業製品を米国へ輸出するというものだった。そのため、船舶が停泊する港は太平洋側と決まっていた。ところが中国の経済発展により、日本海側の港湾及び都市が見直されようとしていたのである。

 まさか中国の沿岸部の港から出航した船舶が、わざわざ遠回りして太平洋側の港に寄港するはずもない。日本への輸出ならば、日本海側の境港や舞鶴、新潟あたりを利用するはずであるし、米国への輸出であれば、そこから津軽海峡を通って太平洋へ出るのが道理である。

 さしずめ、境港は絶好の場所に位置しているわけで、森岡は随時買い増しをする腹積もりでいたのである。

「なんとなんと、弁天様の御訪山とは、道仙や、これは当山の吉祥だがな」

 道恵は挨拶もそこそこに、茜を見るなり顔を崩した。

「そのことですよ。私も、総領さんはなんと見目麗しい女性を連れて帰って来られたものと、申し上げたところなのです」

 と、道仙もにこやかに応じた。

「方丈様も、御先代様もご勘弁下さい」

 二人があまりに褒め上げるものだから、茜は身の置き所がないほど照れた。

 方丈とは住職のことである。

 由来は、天竺の維摩居士ゆいまこじの居室が方一丈だったという故事から、禅宗などの寺院建築で住持の居所を指したが、転じて住職の呼称となった。

「いやいや、茜さんに出会うて、冥途への土産話が一つ増えましたわい」

 と冗談を言った後、道恵が目を細めて凝視した。

「や、ややや。お嬢さんはもしや」

 茜と洋介がにこやかに肯くと、

「これはまた、いかなる仕儀でございますかな」

 今度は目を丸くして訊いた。

 洋介はこれまでの出会いからの経緯を掻い摘んで話し、二十四年前の思い出はたった今、お互いに確認しあったと告げた。

「なんと、お二人を娶わせたのは拙僧でございましたか」

 道仙はいかにも自慢げに言った。  

 それから、ひとしきり談笑が続いた後だった。

 洋介が居住まい正した。

 道仙と道恵が洋介を見据える。

「さて、方丈様。実は亡き妻・奈津実の納骨と、水子供養をお願いしたいのですが」 

「ようやく、その気になられましたか」

 道仙が労わりの笑みを投げ掛けた。

「御存知でしたか」

「片田舎の寺とはいえ、稀に総領さんの噂は届いておりました」

 道恵が代わって答えた。彼は差し障りのないように言ったが、実は洋介が神村の許に身を寄せたときから、ときに連絡を入れ、近況を伺っていたのである。宗派こそ違うが、そこは僧侶同士、しかも道恵は菩提寺の先代住職とあって、神村も差し障りのない程度のことは伝えていた。洋介自身も薄々感づいていたが、師の行動を詮索することはしなかった。

「総領さん。貴方はご自分の身勝手で、仏様に酷いことしておられたのをわかっておいでかな」

「はい」

 洋介は力なく項垂れた。

「ならば良いでしょう。これでようやく灘屋の嫁として祖霊様方に認められまする」

 道恵の目が柔らかいものになった。

「良い眼になられた」

「わだかまりが取れるのにずいぶんと時間が掛かりました」

 その表情は憑き物が取れたように明るかった。

 奈津実の遺骨は、福地家の菩提寺に一時預かりとし、併せて水子の供養も依頼していた。故郷である浜浦に屈託を残していた洋介は、本来納骨すべき灘屋の墓を敬遠していたのである。

「失礼ながら、茜さんと一緒になられるのですな」

 道恵が訊いた。

「そのつもりです」

「それは良い、それは良い」

 道恵は感慨深げに何度も肯いた。そして、

「道仙や、この機会にあれをお渡ししたらどうじゃの」

 と持ち掛けた。

「そうですね。ようやくお渡しできますね」

 道仙はどこかほっとした表情で応じると、腰を上げて本尊の裏手に回った。

「私に渡す物とは何でしょうか」

 洋介には見当が付かなかった。

「実は、洋一さんから預かった品でしての。灘屋代々の家宝だそうです」

「家宝? そのようなものがございましたか」

「灘屋さんほどの家門ですぞ。家宝の無い方が不思議ですわい」

 道恵は冗談めいた顔で言うと、

「家宝には違いありませんが、ちと趣が違うようですな」

 と謎めいた言葉を継いだ。

「とおっしゃいますと」

「ご自分でお確かめ下さい」

 道恵がそう言ったとき、道仙が風呂敷包みを持って戻って来た。

 洋介は、その場で風呂敷の結び目を解いた。

 中に包んであったのは、輪島塗の大きめの書箱で、中央には灘屋の家紋である「丸に木瓜もっこう」の蒔絵が描かれてあった。

 洋介は蓋に手をやることなく、家紋を見つめ、

「大きめの書箱のようですが、遺言書でも入っているのでしょうか」

 と訊いた。

 道恵は首を横に振り、

「一切見ておりませんでの、私共にもわかりません」

 と言ったが、大まかな見当は付けていた。灘屋には秘事があり、菩提寺であることから園方寺の歴代住職はそれを知る立場にあった。眼前の家宝は、その秘事に関わることだろうと推察したのである。

「灘屋では、代々死期を悟った当主から嫡男へ手渡されたそうです。ですが、洋一さんが亡くなられたとき、総領さんはまだ十一歳でした。そこで亡くなる直前、私を病床にお呼びになり、後を託されたのです」

「父は熟慮の末、信頼の厚い御先代様に託したのでしょう」

「その折、この家宝は総領さんが成人されたときに渡して欲しいと申されました。しかしながら、総領さんは浜浦には戻って来られませんでしたので、今日までお渡しできなかったのです」

「それは、ご迷惑をお掛けしました」

 そう言って頭を下げた洋介に、

「ようやくお渡しすることができて、やっと肩の荷を下ろしましたわい」

 と、道恵は安堵の笑みを浮かべた。

「さて、これをお預かりした際、洋一さんより総領さんに言伝がありました」

「はい」

 洋介は緊張の面で道恵を見た。

「『洋介、ここ一番の正念場というときにこの蓋を開けよ』というお言葉でした」

「……」

 遺言の意味を推し量かる洋介に、

「どうやら、灘屋代々の申し送りのようですな」

 と、道恵が言い添えた。

「ここ一番の正念場ということであれば、今ここで開けるわけには行きませんね」

 そう言って、洋介は小箱を風呂敷で包み直した。

「さあて、総領さんはすでに幾つもの修羅場を潜って来られたようですから、この先小箱を開ける機会などありますかな」

 洋介の心中を推し量った道仙だったが、

「道仙や。今はそのように思っていても、人生はそうそう甘いものではないぞ。別に脅かす気などないが、この先総領さんが大きくなられればなられるほど、苦難もまた大きいものとなるのが人の世の道理じゃぞ」

 と、道恵に諭され、

「いかにもそうでした。私もまだまだですな」

 掌で額を二、三度叩いた。


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