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黒い聖域   作者: 久遠
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         第七章 決着(1)        

 世に名高い枝垂れ桜の蕾がようやくほころび始めた三月中旬――。

 天真宗総本山・真興寺において、宗祖栄真大聖人の没後七百五十年遠忌大法要が、七日間に亘り盛大に執り行われていた。

 森岡は、経王寺の護山会代表団に混じり、神村に随伴して参拝することになった。

 護山会とは、葬祭儀礼を委託する檀家と違い、住職個人を支援する親睦団体のようなものである。昔、寺院の多くは山にあったことから、山を護る、すなわち寺院を護る、引いては住職を支援するということになるのだ。

 真興寺は、十三世紀の中頃、静岡県の北西部、愛知県との県境に聳える妙顕山に建立された大坊を、栄真大聖人が「妙顕山・真興寺」と名付けたことに由来している。

 国の重要文化財に指定されている麓の山門・普天門を潜り、霊山全体を覆う杉木立の中を縫うようにして、九十九折の参道を登って行く。

 ようよう、妙顕山の中腹、海抜約七百メートルの地点までやって来ると、参拝者にとって最後の試練とも言うべき、三百段にも及ぶ急勾配の石段が待ち構えている。

 俗にこれを男坂という。

 この辺りまで登って来ると、其処彼処にまだ残雪が見受けられるが、杉の枝葉の隙間から降り注ぐ光は確実に力を増していた。麗らかな温もりに、早春の気配を感じながら、息も絶え絶えに石段を登り切ると、真正面奥に大本堂がその荘厳な姿を現す。

 横十八間、縦十六間もある大坊。

 お堂の四方を囲み、天空に突き刺さらんばかりに聳え立つ、樹齢七百七十年を越える杉の老木。

 木漏れ日が大本堂の金箔の庇に反射して燦燦と身に降り注ぐ様。

 そして、絶え間なく響き渡る読経。

 これらが総本山たるに相応しい霊妙さで参拝者を圧倒する。苦難の末、極楽浄土に辿り着いたかのような錯覚さえ起こさせる。中でも、栄真大聖人手ずから植えたとされるその老木の姿は、まるで御本尊をお護りする四天王、すなわち持国天、増長天、広目天、多聞天の化身のように勇壮であった。

 大本堂の横に祖師堂、続いて御真骨堂、宝物殿が配置されるなど、霊山全体では七十を超える塔堂伽藍が展開し、子院を加えると、その数は有に百を超える壮大なものであった。

 一行が滝の坊に到着したのは、陽が西の枕木山にその身を隠そうとしていた時刻だった。早春とはいえ、山間は目に見えて暮れるのが早く、先刻まで赤みを帯びていた山頂は、すでに山の端が見極め難くいほどに黒衣を纏っていた。

 滝の坊はさすがに名門の子院らしく、真興寺の東門を出てすぐ脇にある学生寮の隣、四十六子院の中では真興寺の一番間近にあった。

 一歩足を坊内に踏み入れると、薄闇の中に人影が忙しなく動いていた。庭先といわず、縁側といわず、はたまた離れといわず、決して狭くない坊内は、敬虔な壇信徒で雑然としていた。

 その中に、谷川東顕と弓削広大の姿もあった。玄関前の廊下に続く座敷に居た彼等は、門を潜った神村の姿を目敏く見つけると、急いで玄関先に出迎えた。

 神村の部屋で、さっそく会合に及んだ一同は、明日の午前中、法要の後に総務清堂と面会に及び、その場で一億円を寄進する段取りを確認した。


 翌朝、神村一行は真興寺に参拝する。

 宗務院の受付で記帳を済ませ、一行が法要の執り行われる大本堂までの長い廊下の中ほどまで歩みを進めたときだった。神村が一行を控の間に通し、しばらく待機するよう申し出た。神村は法主への挨拶に出向いて行ったのである。

 僅かな時間だろうと思っていたが、三十分以上も戻ってこない神村に、森岡だけでなく護山会の一行も苛立ちを隠せなかった。

 それというのも、神村を待つ間にも、まるで蜜に群がる蟻のように続々と参拝客が増えて行き、大本堂は全国からの信者で、すでに立錐の余地が無いほどに埋め尽くされようとしていたからである。

 一同は、大本堂の外の廊下にでも座るしかないと覚悟していた。

 しかし、ここで森岡ら一行は、天真宗における神村正遠の僧侶としての値打ちをあらためて認識させられことになる。

 しばらくして、神村が法主の付き人と共に戻って来ると、彼の導きのままに大本堂の裏手から中へ入ったのであるが、なんと法要の読経をする僧侶のすぐ脇に席が設けられていたのである。

 大本堂の中は、御本尊に近いところの床が一段高くなっていて、その領域は読経する僧侶が陣取る場所であった。

 御本尊の正面に、正導師である法主が御座し、背後に脇導師である総務と宗務総長が並んで座る。さらにその後ろに五人の僧侶が控えており、そして、それら八人の高僧を両側から挟むようにして、それぞれ十名の列が三列ずつ配置されていた。

 神村ら一行は、その三列の僧侶のすぐ後ろに通されたのである。神村や谷川東顕とて正装ならまだしも、黒衣に袈裟を掛けているだけの略式であり、まして一般参拝客である森岡らが、いわば聖域である高座に座ることなど考えられないことであった。何よりも、森岡らの行動を注視していた参拝客から、一斉に異様なよめきが沸き起こったことが、それを雄弁に物語っていた。

 これは、他ならぬ法主の格別の配慮であった。

 天真宗・第百五十八世法主・栄薩えいさつ大僧正、八十三歳。

 彼は、総本山四十六子院の中では、それほど力のある子院に生まれたわけではなかったが、幼少の頃より才気煥発にして高潔、まさに大器として将来を嘱望されていた。

 とはいうものの、何せ名門家系が幅を利かせる総本山であれば、法主の座など望むべくもないと諦めていたが、そこに父の急逝により、若くして名門中の名門である滝の坊を継いでいた中原是遠が合力した。

 小、中、高校と同級生だったこともあり、中原は子供の時分から栄薩を良く知る立場にあった。彼は、直に栄薩の溢れる才能と慈悲深い人格に触れる度に、宗門を導くに相応しい人物と惚れ込んで行ったのである。

 合力する見返りとして、中原が栄薩に求めたのは我が子の行く末ではなく、掌中の珠であった神村のそれに対してだった。神村が二十八歳の若さで、高尾山奥の院の経理に就任できたのも、別当に就任した中原の強い引きだけでなく、当時宗務院の宗務次長だった栄薩が、前例がなく難色を示していた宗務総長を説き伏せたればこそであった。

 むろん、栄薩も中原の意のままに従ったのではない。神村の才能と人となりを評価した上であったことは言わずもがなである。

 中原は、その後も栄薩を盛り立て、遂に法主の座へと押し上げることになった。栄薩はその恩を忘れてはいなかった。神村を本妙寺前貫主の山際に引き合わせたのも総務時代の栄薩あり、此度もまた影ながら助力したのである。

 法国寺の貫主人事は法主の任ではないが、神村を丁重に遇し、自らの意思を宗門の内外、とりわけ総務清堂や大本山の貫主たちに知らしめることで、無言の後押しをしたのである。


 法要の後、神村、森岡、谷川、弓削の四人は、総務藤井清堂に謁見する。森岡は、初めて正式に面会した清堂に、久田帝玄とは全く正反対の印象を受けたが、それは決して悪いものではなかった。清堂の柔和で上品な話ぶりは、法衣を纏っていなければ、まさしく貴人という表現が当てはまっていた。

 久田帝玄に野武士的な逞しさがあるとすれば、藤井清堂には公家的な気品があった。森岡は、法主はそれで良いのかもしれないと思ったものである。

 その場で、弓削から一億円の寄付の目録が清堂に手渡された。清堂自身もそれが神村によるものだということは承知していた。そして、法国寺の貫主の件から手を引いたことが、賢明な判断だったことをしみじみと実感していた。

 先ほどの神村に対する栄薩法主のもてなしといい、この一億円の寄付といい、さらに宗務総長の永井大幹や四十歳以下の青年僧侶で構成される妙智会会長の弓削広大までも味方に引き入れている現実を突付けられた。

 総務清堂は、もしそのまま神村を敵に回して戦いを続けていれば、如何なる次第になったであろうか、と想像しただけで背筋が凍りつく思いになっていたのである。

 さて、その面談中――。

 総務清堂の背後から森岡に鋭い視線を送り続ける男がいた。清堂の命で清慶の許に送り込まれていた景山律堂である。

 彼は、我が師と我が身を窮地に追い込み、やむなく戦場から撤退せざるを得ないように仕向けた森岡とは、いったいどのような人物かと、一挙手一投足を注視し続けていたのである。


 景山律堂は、大変に優秀な学生だった。

 その気であれば、在学中に司法試験や国家公務員Ⅰ種の資格試験にも合格することは容易だったと思われ、事実彼も二回生まではそれらを目指し、勉学に勤しんでいた。

 ところが三回生の春、彼の人生観を根底から覆す大事件が起こった。

 当時、景山には六歳年上の恋人がいた。高校受験を控えた中学二年生の春、母親の友人の親戚という触込みで、家庭教師を受け持った女性である。

 彼女の名は中川美那子。都内有名私立大学の現役女子大生であった。

 彼女は、家庭教師としては優秀だった。都内有数の進学校に通っていた景山の成績は悪くはなかったが、トップクラスということでもなかった。それが、見る見るうちに学力が向上し、三年生の春になると、常に上位三番以内をキープするようになった。全国でも五本の指に入ると評されている難関高校への進学も確実な成績であった。

 美那子は教え方も上手かったが、景山がことさら勉学に努力した裏には、彼女なりの仕掛けがあった。彼女は、景山に目標を与え、それが達成されると褒美を与えた。最初は、欲しい物や遊びに行きたい場所など、中学生らしい褒美だったが、美那子は、しだいに思春期の少年の欲望を満たすものに変質させて行った。

 頬への軽いキスから始まり、濃厚なフレンチキス、乳房へのペッティング、女性器への愛撫とエスカレートして行き、ついには、都内随一の進学校への合格祝いとして、彼女は自らの肉体を与えた。

 言うまでもなく、景山は初体験だった。

 美那子は取り立てて美人というわけではなかったが、日本人離れした顔立ちが魅力的な女性だった。浅黒い肌に、豊満な乳房と引き締まった肉体、快活であっさりとした気性は、どちらかといえば内向的な景山の心を捉えて離さなかった。

 景山の高校進学が決まったのと同時に、美那子の就職活動が始まったため、家庭教師の役割はそこで終えたのだが、その後も二人の交際は続いた。高校三年間と帝大三回生の春を迎えるまでは、順調な関係が続いていた。

 少なくとも景山はそう思っていた。彼は帝都大学卒業後、美那子にプロポーズするつもりでいたのである。

 悲劇はそのような中で起こった。

 その日の午後九時頃、景山の姿が五反田のラブホテル街に見られた。美那子との情事を楽しむためではない。唯一といってもよい友人からの連絡を受けて、ホテル代を届けにやって来たのである。

 時間を掛けて、ようやく口説き落とした女性と、ホテルにしけこんだまでは良かったが、いざ精算する段になって、友人は青ざめた。ポケットに有るはずの財布がどこにも見当たらないのである。初めての情事の費用を、彼女に出してもらうには、あまりにばつが悪かった。そこで、景山に連絡を入れ、金を借りようとしたのである。

 ロビーで友人に金を渡し、ホテルを出ようとしたとき、背後のエレベーターが降りて来た気配を感じた景山は、自身がホテルを利用したわけでもないのに、罪悪感と羞恥心が入り混じった奇妙な感情に囚われてしまい、咄嗟に身を翻した。

 はたして、エレベーターから男女が出て来て、フロントで精算を済ませ出て行った。景山は、彼らを遣り過ごした後、少し間を置いてホテルを出た。

 これで終われば、どうということもなかったのだろうが、ここで運命が悪戯した。景山はそう思っている。

 ホテルを出た景山に、先ほどの男女の姿が映った。どうやら、タクシー待ちをしている様子である。近づくことができない景山は、しばらくその場に立ち止まっていた。

 やがてタクシーが止まり、乗り込んだ男女の顔が、車内の小さな電灯の光に浮かび上がった。

「あっ!」

 と小さく呻いた景山は、慄然としてその場に立ち尽くした。

 その男女は、中川美那子と父幸彦だったのである。

 意識が朦朧とするほどの衝撃を受けながら、景山は、はたと思い当たった。美那子は大手放送局・関東テレビ放送網に勤務していたが、その関東テレビ放送網の取締役人事部長が父幸彦なのである。

 景山は高校時代を想起した。

 見事難関高校に合格したことで、景山の両親も美那子には大いに感謝したものである。二人の交際は、両親には内緒にしていたが、家庭教師を辞した後も、何かにつけ美奈子は景山宅を訪問し、幸彦とも歓談していた。

 当時、大胆不敵な行動に舌を巻いた景山であったが、思い返せば、美那子の就職活動時期とも見事に重なっている。

――まさか、美那子は幸彦が関東テレビ放送網の人事部長、つまり新入社員の合否を決する重要人物と知って、接触していたのか。

 景山はあらぬ疑念に茫然自失となっていた。

 景山は探偵を使い、二人の素行を調べ上げた。費用の五十万円は、母親に頼み込んでヘソ繰りを融通してもらった。むろん、母には真実を語ってはいない。

 調査の結果、二人の関係は彼女が関東テレビ放送網に就職が内定してときから始まっていたと判明した。実に、五年の長きに亘って不倫関係を続けていたのである。また、普段はシティーホテルで利用していたようだが、その日はたまたま趣向を変えて、ラブホテルに入ったものということであった。

 これを運命の悪戯と言わずして、何と言うのであろうか。

 いずれにせよ、恋人しかも初恋の女性と、実父しかも家庭においては、厳格で真面目を絵に描いたような父に裏切られた景山の胸中や、如何ばかりであったろうか。おそらく、幸彦は美那子が息子の恋人であることを知らなかったと思われるが、何食わぬ顔で母を裏切っていることに違いはない。

 景山は、怒りを通り越して虚しさを覚えた。中川美那子の性悪を見抜けなかった自分自身にも愛想が尽きた。

 この世の一切が嫌になった景山は、両親に何も告げずに家を飛び出した。着の身着のまま家を出た彼の足は、どういうわけか静岡県の北西部にある真興寺に向かっていた。

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