第六章 醜聞(1)
鳥取から大阪に戻った森岡洋介に、探偵の伊能剛史が緊急入院しているとの一報が届いた。
森岡は、直ちに入院先の東京慈恵総合病院へ伊能を見舞った。連絡を入れた伊能の部下の煮え切らない応対から、急病や交通事故などではないと推量しつつ森岡が病室を訪れると、彼は警察の事情聴取を受けている最中だった。
森岡は、刑事が退出するのを待って入室した。
「いったい何があったのです」
「いやあ、無様な格好ですみません」
伊能は左手で頭を掻き、面目なさそうに言った。意外と声に張りはあったが、全身打撲のようで、頭、右手、両足に包帯が巻かれていた。どうやら右手と右足は骨折しているようである。
「無様な格好はお互い様ですよ」
森岡が笑って言うと、
「本当ですね」
伊能も肯いた。彼は、森岡が凶刃に倒れ入院していたとき、石飛浩二の件で病室を訪れていた。
「刑事が来ていましたが、事件ですか」
「いえ、たいしたことではありません。部下が大袈裟にしたのです」
伊能は苦笑いしながら曖昧に否定した。
森岡はその表情に暗い影を読み取った。
「まさか、私の依頼の件が仇になったのでは……」
「……」
伊能は押し黙った。
「そうだとすると、私にも責任があります。どうか隠し立てしないで下さい」
うーん……としばらく考え込んだ伊能は、
「他ならぬ森岡さんだけにはお話します」
とようやくその重い口を開いた。
警察庁内閣官房審議官の平木直正から森岡の用件を聞いたとき、伊能は依頼を請けるかどうか逡巡した。何を隠そう、天真宗は彼が警察を辞することになった因縁の相手だったからである。
伊能剛史は三十八歳。
三年前、彼の警察庁における最終の階級は警視、職務は警備局・外事情報部・外事課第四係係長である。国家公務員Ⅰ種試験に合格した、いわゆるキャリア・エリートであり、将来を約束された身であった。
このとき彼は、ある重要な職務に就いていた。
中国の諜報員が政府の中枢に接触しているという情報を得た彼は、チームの総力を挙げて諜報員と政府側要人の特定に奔走していたのである。
懸命な捜査の結果、中国の諜報員は「蝶蘭」という女性だということ、政府側要人は政務官として、大臣に代わって実質的に外交を担い、将来を嘱望されていた若手国会議員の宅間だと判明した。
蝶蘭は、日本の風俗店などで働きながら外貨を稼ぐ、中国農村部からの出稼ぎの女性たちに紛れて入国していた。彼女たちのほとんどが、渡航費用を中国マフィアから借り入れているため、ビザの期間中に目標の金額が稼げなかった者は、不法滞在となるのがお決まりである。
だが、蝶蘭は適当に身分を替えながら、偽造されたビザで長期滞在していた。偽造といっても、中国政府のお墨付きであるから、日本の当局に尻尾を捕まれることがなかったのである。
その日、宅間は後援者に伴われて、東京五反田のとある飲食店に足を踏み入れた。表向きは中国人をはじめ、韓国人、フィリピン人など、アジア人女性がホステスとして働いている、外国人ショーパブ店を装っていたが、裏では売春を斡旋している違法店であった。そのようなことを知るはずもない宅間は、後援者に誘われるがまま入店したのである。
美人揃いのホステスの中でも、蝶蘭は群を抜いていた。美貌もさることながら、流暢な日本語、そして現在の日本女性が無くした楚々とした立ち振る舞いが、宅間の心を捉えて離さなかった。
宅間は、一目で蝶蘭の虜になった。宅間を的に掛けた中国当局は、彼の好みの女性を調べた上で、蝶蘭を好みの女性に仕立てたのであるから、当然と言えば当然だった。
宅間を誘った後援者は、中国当局の協力者ではない。宅間に的を絞った中国当局が、彼の身辺を調査し、後援者の愛人がこのショーパブ店で働いていることを突き止め、蝶蘭を送り込んで罠を仕掛けたのである。いわゆるハニートラップである。
そうとも知らず、蝶蘭と懇ろになってしまった宅間は、寝物語に重要な外交機密を再々口にしていた。彼女はそれを、本国共産党の諜報機関に伝えていたのである。
スパイ防止法のない日本では、このような類の諜報活動は日常茶飯事であり、平和ボケで緊張感のない国会議員や高級官僚たちは、いとも簡単に敵の術中に嵌まってしまう。ちなみに、さらに酷いのは産業界である。技術先進国の日本は格好の的になり、優れた技術が盗まれ放題なのは周知の事実である。
さて、伊能は確たる証拠を掴み、上司である課長に上申した。ところが、数日後彼に下されたのは、兵庫県警察本部の公安課・課長に任ずるという辞令であった。
兵庫県警の公安部門は、日本最大の暴力組織・神王組を抱えた重要な部署であるうえに、階級は警視正に昇格されることから、傍目には栄転と見られた。
だが、それは再び本庁に戻ることが前提での話であって、そのまま兵庫県警に留まることになれば、体の良い飼い殺し人事なのだ。
伊能はその意図をはっきりと読み取った。嫌気の刺した彼は、抗議の意味を込めて警察庁を退職したのである。このとき、彼の再就職の面倒を看たのが、当時大阪府警本部長だった平木であった。
平木は、高校の後輩でもある伊能に目を掛けた。伊能が探偵事務所を開設するに当たっては、関東管内のかつての部下に働き掛け、種々の案件を手配させたり、知人である生命保険会社の役員に依頼して、保険調査の仕事の便宜を図ってもらったりもした。伊能も、もし赴任地が大阪であったならば、退職を考え直したかもしれないほど、平木を信頼していた。
伊能の退職に際して、平木は可能な限り情報を収集し、彼に伝えた。
それによると、伊能から上申を受けた公安課長は、警備局長と相談し、宅間の事情聴取を含む、捜査活動の許可を得ていた。
ところが着手寸前で警察庁長官に「待った」を掛けた人物がいた。
当時の内閣官房副長官・監物照正である。警察庁長官から国会議員に転身した監物は、警察庁内に隠然たる影響力を残していた。現に、そのときの長官はかつて監物の直属の部下であった。
調査を進めると、どうやら天真宗のさる筋から、監物照正に捜査活動の中止を求めた形跡が浮上した。宅間が天真宗の信者であることは知る人ぞ知る事実だったが、それがただの信者ではなく、総本山の実力者と深い繋がりがあることまでわかった。
その実力者というのはいったい誰なのか……さすがの平木も、そこまで辿り着くことはできなかった。
そして、深い闇に包まれたまま、ほどなくこの事件はうやむやになった。蝶蘭は中国に帰国し、宅間は体調不良を理由に、職を辞して一件落着となったのである。
以来、伊能は天真宗に深い疑念の目を向けていた。
森岡の調査依頼は、その天真宗に関わるものである。伊能は、掘り起こされた古傷に、痛みを覚えずにはいられなかった。
それでも、最初の依頼は京都を中心とする関西が舞台だったので、それほど気に留めることもなかったが、その後総本山とも関わりを持つことになり、否応なく伊能の脳裡に総本山の実力者の影が過ぎった。調査を進めて行けば、諜報捜査にストップを掛けた人物が特定できるかもしれないのだ。
伊能にとっては、古い因縁との対峙だったのである。
「そのような経緯がありましたか」
森岡は総務清堂の調査を依頼したときの、伊能のらしからぬ緊張を思い出していた。
その伊能が、総本山の有力宿坊である華の坊を調査しているときであった。
ある一人の僧侶が、彼の目に留まった。
――あれ? あの男は……確か宅間をマークしたとき、ホテルのロビーで見掛けた男ではないか。
伊能はソファーに座っていた宅間に、何やら二言、三言話し掛けて立ち去った男を思い出した。
さすがは有能な公安捜査員である。そのような些末なことまで記憶していた。ただ、その折は単なる知人だと思い、気にも留めていなかった。
伊能の頭に平木の、
『捜査にストップを掛けたのは天真宗関係者である』
との言葉が浮かんだ。そして今、宅間に接触した男が僧衣の格好で、華の坊の門を潜った。
――もしや、捜査にストップを掛けたのは総務の藤井清堂なのか。
藤井清堂が総務になったのは四年前である。十分警察に圧力を掛けることができる立場にあった。
胸にざわめきを覚えた伊能は、正体を確かめるべく、華の坊を出たその僧侶らしき男を尾行した。といっても、一旦は男を見失った。伊能が見張っていた場所は、華の坊から遠く離れており、数分の用で華の坊を辞した男に、伊能は追い付けなかったのである。
そもそもが華の坊の調査は容易ではなかった。在野の寺院とは異なり、総本山はそれ自体が一つの「シマ内」のようなものであり、他所者を注視し、牽制し、排除する習性があるからだ。そのような場所で、普段どおりの張り込みなどとうていできるものではない。
伊能から張り込み場所の相談を受けた森岡は、総本山の地図から、華の坊を見下ろす高台に現法主の生家である「塔の坊」の存在を認め、一計を案じた。
伊能を小説家と偽って、寺院を舞台にした執筆のため長逗留したい、ということにしたらどうかと提案したのである。
森岡は、法主の実子である現住職とは面識があった。そこで、住職にのみ真実を話し、了解を得たのである。塔の坊から華の坊までは直線距離で三百メートルあったが、望遠鏡を使用すれば問題ない。
そうして、華の坊を訪れた人物を、出版社の編集部員と称した伊能の部下が、入れ替わり立ち代りして追跡調査をしていたのである。
男の姿を見失った伊能だが、塔の坊にいる部下から、男が向かった方角を聞いた彼は、男の行き先を宗務院か本堂だと当たりを付けた。すると、彼の予想通り男は本堂の前で立ち止まり、ひとしきり読経していた。
伊能は参拝客の振りをして、何気に男の顔を確認すると、間違いなくかつてホテルのロビーで宅間に接触した男だった。
ところが、男は読経を終えると、本堂裏手の山道を登って行ったため、尾行はできないと直感した伊能は、宗務院に戻ってその山道の行く先には何があるかを訊ねた。すると、山道は高尾山に通じており、妙顕修行堂と奥の院、そして瑞真寺が建立されているとの答えが返ってきた。
伊能は、そこで男のことを一旦放念し、森岡の依頼に専念した。そして、調査が一段落した後、再び高尾山の調査に着手したのである。
伊能は、参拝客の装いで高尾山に登った。高尾山への一般の参拝客は、無くはなかったが、大変に珍しいことだった。妙顕修行堂は僧侶の研鑽の場であり、奥の院には余程の敬虔な信者でなければ足を踏み入れない。
残る瑞真寺は、一般にはあまり知られておらず、参拝の対象にはなり難かったのである。しかも、冬場の参拝者など皆無である。
必然的に、高尾山への参拝客は目立つことになり、伊能の行動は誰の目にも筒抜けになった。伊能はそのあたりのことに疎かった。いくら公安捜査出身とはいえ、高尾山は勝手の違う場所だったのである。
さて、男は妙顕修行堂の僧侶ではなかった。むろん、外出厳禁の修行僧でもない。奥の院は宿泊することもできたので、伊能は一泊して探索したが、目当ての僧侶は見つからなかった。
残るは瑞真寺となったが、伊能はそこで足止めを食らった。瑞真寺への参拝は、宗務院への事前の届出が必要だったのである。
伊能には、その後の予定が詰まっており、宗務院に戻り、瑞真寺の許可が出るのを待って、再び当寺を訪れるだけの時間が無かった。そこで、一旦東京へ戻ったところを、暴力団風の男たちに暴行を受けたのだという。
その折、去り際に、
『今度、高尾山をうろつけば、命の保証はないぞ』
と恫喝されたのだと、伊能は付け加えた。
「仮に、伊能さんが目障りな存在だとして、それは過去の諜報事件絡みなのか、総務清堂の調査に対してなのか」
「わかりません。ただ、何となくですが、瑞真寺は接触されること自体を嫌っているような気がします」
「しかし、極道者を使って貴方を襲わせるとは、大胆不敵ですね」
森岡は険しい表情で言った。
伊能は、警察を辞してはいるが、OBとして紛れもなく警察ファミリーの一員である。場合によっては、警察権力への挑戦とも受け止めかねられない蛮行だった。暴力団対策法の施行以降、暴力団は僅かな隙も見せないよう神経を尖らせている。そのような状況下で、彼らがわざわざ警察を挑発するような行動に出るはずがない。
彼らの背後には、警察権力をも押さえ込む勢力が控えているとも考えられる。
――天真宗の実力者……瑞真寺……総務清堂と繋がりが有るのか無いのか。
正体不明の闇の出現が、森岡の心に重く圧し掛かる。
その後、労わりの言葉を掛け、森岡が病室を去ろうとしたときだった。
「森岡さん。そういえば、もう一つ気になる人物を総本山で見掛けました」
と、伊能が思い出したように話し掛けた。
森岡は息を呑んだ。
「誰ですか」
「筧です。総務の華の坊を張っていたとき、前を通る彼を見つけました」
「筧?」
因縁の名に、森岡は瞬時訝ったが、
「筧は総務清堂の側に付いた男ですから、華の坊の人間と接触していてもおかしくはないでしょうね」
と苦々しく言った。
「ただ、彼が華の坊に入った形跡は確認していませんが」
伊能は、いま一つ確信の持てない表情で言ったが、
森岡は、
「別の場所で密会でもしているのでしょう」
と気にも留めなかった。
彼の胸中には、
――あれほど、釘を刺しておいたのに、懲りない奴だ。
再燃した怒りが蔓延していたのである。
「いずれ、痛い目に遭わせてやりましょう」
森岡は憎々しげに言い捨てた。
「ところで、森岡さんに一つお願いがあるのですが」
話の最後に、伊能があらたまった口調になった。
「実は、私の後輩を一人雇って下さいませんか」
「貴方の後輩ということは警察官ですね」
「そうです。といっても直接の後輩ではなく、私がお世話になった大先輩からのお話なのです」
伊能は上半身を起こした。
「蒲生亮太といいまして、元は要人警護、つまり『SP』をしていたのですが、不運にも指の怪我をしましてね。その後遺症で小指が曲がったままになり、職を解かれたのです。通常の職務に支障はないと思うのですが、なにせ万全が求められる任務ですから」
「要人警護をしていたぐらいですから、優秀だったということですね」
「はい、それはもう」
間違いない、と伊能は力強く肯いた。
「ただ、デスクワークに配置転換されましたので、この際警備会社にでも転職しようと考えているようです」
「私の護衛に雇えとおっしゃるのですね」
「此度の私の怪我に託けるわけではありませんが、森岡さんも災難に遭われていますし、得体の知れない連中も蠢いているようです。この際、身の安全の強化を図られては如何でしょうか」
伊能は親身になって進言した。
「私は構いませんが、蒲生さんがうちみたいな小さな会社で納得されるでしょうか」
「それが、事前に貴方のことを話しましたら、是非仲介の労をとって欲しいとの返事だったのです」
「そうであれば、私の秘書ということで宜しいですか」
「それは有り難い。蒲生に代わって礼を言います」
そう言って、伊能は不自由な身体を折り曲げた。
妙智会は、森岡らが期待した以上の行動力を見せ、僅かの間に四千名もの署名を集めた。この数字は天真宗僧侶全体の約二割に当たるもので、決して軽くはなかった。
弓削は数名の幹部と共に署名を持参し、宗務院に永井宗務総長を訪ねる。
永井大幹はこの署名を、この数字を粗略に扱うことはできなかった。妙智会と対立する事態だけは避けなくてはならなかったのである。
もとより、永井に総務清堂と事を構える気などさらさらなかったが、さりとて妙智会を蔑ろにすれば、自身の法主への障害になりかねないとの懸念を抱いた。何しろ、永井が法主を目指す十年後には、今の妙智会のメンバーは皆中堅クラスになっているのだ。
法主の人選は、総本山四十六子院の専権事項とはいうものの、彼らが再び一致結束して声を上げれば、無視を通すというわけにもいかなくなる。
神村が永井宗務総長に会えばわかると言った意味は、そのことだったのである。
はたして、永井は総務清堂に自重するよう働き掛けをすることを約束した。
永井の助言は、総務清堂をして大いに震撼せしめた。清堂はその数により、妙智会の並々なら決意を知ったばかりでなく、本来自分の補佐役である宗務総長の永井までが、敵対するかもしれぬ事態を深刻に受け止めたのだった。
この戦略が功を奏し、総務清堂は腹心である景山律堂を引き上げさせ、今後法国寺の件には一切関知しない旨を実弟である清慶に伝えた。
清堂は自身の法主就任に傷が付く事を恐れ、苦渋の判断を下したのである。
兄清堂の撤退通告は、清慶にとっては大いなる痛手であった。それは、経済的支援の打ち切りや、総務の権限を利用した人事ができなくなるということよりも、仮に大河内法悦が久田帝玄支持に回っても、次期法主に反目するという、宗門の一員としての不敬を免れるということにあった。
森岡は、ここぞとばかりに攻勢を掛けた。
総務清堂の後ろ盾がなくなった今こそ、藤井清慶の資金源をも断って、一気に戦意を喪失させようと目論んだ。すでに、伊能から清慶のスポンサーである吉永幹子に関する調査報告を受けており、その中に彼女に対する攻撃材料を見つけていた。
森岡は信頼のおけるルポライターにある情報を流す。
森岡は、吉永幹子がやり手のセレブ社長として、度々テレビのバラエティ番組に出演しているのを観ていた。彼女は、その度に総額百億円を上回る宝石類を身に付けて登場し、他の出演者の羨望の眼差しを浴びるというコンセプトになっていたのだが、森岡は伊能から提出された、彼女が経営する企業グループの決算書類を分析した結果、ある疑問を抱いていた。
それは事業主であれば簡単にわかることだった。彼女の企業グループ全体の売り上げ、利益から推察するに、とうてい百億円以上の宝石など手に入れることは不可能だということである。
森岡は、伊能に吉永幹子の出所を含む過去も調べ上げさせたが、資産家の家に生まれたわけでもなく、富豪と結婚したという形跡もなかった。
それどころか、彼女は没落地主の貧しい家に生まれ育ち、働きながら夜間高校を卒業した後、僅か二坪の総菜屋から始まり、艱難辛苦の末に今日のような成功を収めた、まさに立志伝中の女傑だった。
そうであるならば、何か裏のからくりがあるに違いないと踏んだ森岡は、さらに身辺を調べさせた結果、彼女が身に着けている宝石類は、番組に出演する度に、さる宝石商から借り受けるという事実を突き止めた。
簡単に言えば、こういうからくりなのだ。
彼女が経営するレストランの内、数店舗が広尾や白金といった都内の高級住宅街にあった。宝石商はその地の利に狙いを付け、年に数回宝石の展示即売会を開催させて貰っていた。
宝石商にしてみれば、招待するのは彼女の店の顧客、つまり上流階級の裕福な主婦が中心であり、上客相手の美味しい商売である。一方客から見ても、店の常連として吉永幹子とは親交があり、信頼が置けるという安心感があった。
吉永はその場所を提供し、客を紹介する代わりに、高価な宝石を無償で借り受け、テレビ番組に出演することにより知名度を上げ、それをグループの売り上げアップに繋げるという手法を採っていたのである。
森岡は、彼女が番組に出演する度に、それらの宝石を自分の所有物であるとの発言を繰り返している事実を受けて、彼女が虚言を労していることを糾弾し、さらにもしテレビ局の製作者側もそのことを承知していながら、見過ごしているか、あるいは増長しているようなことがあれば、一種の『やらせ番組』に該当するのでないかと指摘した。森岡は、ルポライターに原稿を書かせた上で吉永幹子に会い、清慶への支援を打ち切るよう求めたのである。
吉永も一廉の人物である。人を見る目に自信はあった。
森岡の両眼は不気味に底光りし、全身からは冷徹な殺気が放たれていた。神栄会若頭の峰松と渡り合ったことで、森岡はそういう類の箔も、自然と身に付けていたのかもしれない。
吉永は無意識に身を竦め、
――この男は性根を据えている。やると言ったら、刺し違える覚悟で徹底的にやるだろう。そうなったら、命さえも危ないかもしれない。
と直感した。
吉永幹子に選択の余地はなかった。その記事が雑誌に掲載されれば、常識的に考えて信用は失墜する。軽く済んでも、全くの無傷で終わることはないと想像できた。
彼女は、客商売である以上、身の破滅にも繋がりかねない重大事であることを認識し、その場で残りの寄付を撤回する旨を約束した。そもそも、彼女は総務清堂に帰依していたのであり、彼が手を引いた今、そのような危険を冒してまで、清慶に義理立てする謂れはなかったのである。




