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黒い聖域   作者: 久遠
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               (2)

 坂根好之の生家は、森岡の生家がある浜浦から五キロ西の「諸角もろずみ」という、人口が浜浦の五分の一ほどの小さな村であった。

 当然、諸角も漁村である。

 諸角は小さくはあったが、この村には県下にその名を轟かせる名物があった。

 坂根四兄弟である。

 詳細は、長女・真子しんこ、長男・秀樹、次女・佳夜かや、そして末弟・好之の二男二女の兄弟であったが、何しろこの四名とも、小学校から高校に至るまで、学力成績が常に一番という秀才兄弟なのである。

 小、中学校はともかく、彼らが、また森岡が進学した高校は、山陰随一の歴史と伝統を誇る名門進学校と謳われ、島根県下全域から学力優秀な者が集まる松江高校であったから、驚きの一言であろう。

 真子は帝都大学医学部から同大学病院で小児科医、秀樹は同法学部から島根県庁勤務、佳夜は同文学部から同フランス文学の講師になっている。秀樹が帝都大学・法学部卒ながら、島根県庁に入庁したのは、長男であったため、親元に残る決心をしたからである。

 ただ一人、好之だけが森岡と同じ大阪の浪速大学に進学したのだった。好之の松江高校時代の成績は常にトップであったから、帝都大学への進学には問題がなかった。ところが、兄弟の進言や担任の助言にも、彼は頑として耳を貸さず、帝都大学への進学を拒否した。

 そこには彼なりの理由があった。

 それは、兄秀樹が大学時代に住んでいた東京のアパートへ遊びに行ったときであった。好之は東京に足を一歩踏み入れた途端、

――俺は、ここには住めない。

 と思った。

 理由など何もない。ただ五感がそう訴えているのだ。無機質な空気感が生理的に合わないのである。

 はたして滞在した三日間、好之は嫌悪と拒絶の思いが増幅するばかりだったので、予定を変更して早々に帰郷した。

 京都の京洛大学への進学を考えていた好之に、秀樹は帝都大学でないならば大阪の浪速大学はどうだと薦めた。弟を森岡の後輩にしておこうと考えたのである。

 結局、好之は秀樹の進言に従い、浪速大学へ進学し、卒業後は大手広告代理店・電報堂に就職した。むろん、勤務地は大阪支社である。ここでも好之は東京勤務を拒否した。

 森岡が東京ではなく大阪で起業したことからも、二人は運命に導かれていたのかもしれなかった。

 

 今では尊敬も心酔もする坂根好之だが、森岡と初めて出会ったときの印象は最悪であった。

 それまでの好之は、まだ見ぬ森岡にある種の敬意を払っていた。憧れていた、と言っても過言ではない。

 それというのも、兄秀樹がある言葉を口にしていたからである。

 それは好之が七歳、秀樹が十四歳のときだった。ある夜の夕食時、秀樹の成績が話題になった。秀樹は中学入学以来、あらゆる試験で、成績トップの座を他の者に譲らなかったのだが、

 母から、

「一番のライバルは誰?」

 と聞かれたとき、彼は迷う事なく森岡の名を挙げた。

 家族には、初めて耳にした名であった。それもそのはずで、森岡は試験で十番以内にすら一度も入っていなかったため、成績上位者を聞かれた際には、決して挙がることのない名だったのである。

 怪訝な表情を浮かべる家族を前に、秀樹はきっぱりと言い切った。

「僕は、毎日最低三時間は勉強しているけど、洋介は一分足りも勉強などしていないと思う。もし彼が僕と同じ時間だけ勉強したら、彼には敵わないかもしれない」

 好之は七歳ながら、そのときの不安と嫉妬と憧憬の入り混じった、秀樹の何とも言えぬ複雑な表情を脳裡に焼き付けた。

「森岡洋介……どのような男なのだろう。敬慕する兄秀樹にあのような敗北感を漂わせる男」

 好之は、心の中で大きくなって行く森岡の存在を意識せずにはおれなくなった。

 一年後、森岡は秀樹の予感を実証した。

 高校受験を前にして、学校側はこれまでの、中間、期末、実力の各試験以外に、抜き打ち試験を実施した。数学のみであったが、難問だらけであった。

 さもあろう。この試験は、常に帝都大学進学率・全国一位を誇る、灘浜高校の受験問題だったのである。

 はたして、受験者数・百二十二名の平均点は僅か十八点、受験者の三分の一に当たる三十八名が零点という散々な結果になった。一番の秀才である坂根秀樹も四十三点に終わる中、一人だけ抜きん出て、八十六点の最高得点を挙げた者がいた。

 それが森岡洋介であった。

 全校生徒が驚く中で、担任の岩崎だけは、この結果を当然だと受け止めていた。

 後年、岩崎を囲んだ同窓会の席で、彼は一同にこう言った。

「入学して初めての中間テストの後、私は森岡君を職員室に呼び付け、きつく叱責した。というのも、彼の成績が十四番だったからだ。私は、当然彼が一番になると予想していた。なぜなら、森岡君は入学直後に実施された「知能テスト」で、実に「一四八」という抜きん出た数字を叩き出した高知能の持ち主だったからだ。私は、彼が十四番に終わったのは、自宅で全く勉強をしていないからだと推量した。そこで、生活態度を改めるよう諭したのである。しかし、その後も全く成績が上がらないので、匙を投げていたのだ。ところが、あの灘浜の数学テストで、森岡君の実力が証明され、私のわだかまりも多少は解けた」

 坂根秀樹は大きく肯いた。岩崎の言葉で、中学時代に抱いた森岡に対する直感に得心がいったのである。

 ちなみに、森岡のような男を一種の「天才」と呼ぶのかもしれない。この、難問の数学テストであるが、教科書にも参考書にも載っていない応用問題ばかりであった。これまでのように方程式などの数式を暗記し、多少応用すれば解けるという類の問題ではなかった。

 森岡はそのような問題を逆説的に解いたのだ、と説明した。

 つまり、出題者の身になって、出題の意図を推理し、先に然るべき解答値を予想する。そこから、その値が導かれるための、設問の数値を埋めて行き、あらためて演算し直し、解答値に辿り着くのである。

 現在の、彼の洞察力や相手の心理を見抜く力は、生まれ持った素養が神村の薫陶によって、さらに磨きが掛かったものかもしれない。

 

 さて、坂根好之が初めて見た森岡は、泥酔で苦悶している姿であった。

 その日、松江高校の受験に合格した男女十名を中心に、翌日の学校報告に向けてささやかな祝宴を開いた。

 その場所が坂根家であった。

 坂根家が選ばれたのは幾つかの理由があった。

 第一は、中学校は諸角から徒歩で二十分の場所に在ったことである。

 第二の理由は、坂根家には一種の離れというべき別棟があったからである。

 冬場の漁ができない間、この近辺の漁師は「若布わかめ」の養殖で生計を立てるのだが、坂根家にも浜にその作業場所があり、建物の二階は畳敷きであった。それが誠に都合が良かった。

 ささやかといっても、現在では考えられないほど寛容な時代であるし、漁師の村でもあったことから、アルコールも用意された。男共は、夕方から酒を酌み交わし、そのまま宿泊する腹積もりだった。

 この小規模同窓会の噂は、他の同級生の間にも広がり、参加者は倍以上の二十三名になった。坂根家の別棟は六畳間が三間あったので、窮屈ながらも全員が入れたのであるが、五本用意したウイスキーは、いっこうに量が減らなかった。

 宴を始めて間もなく、一人抜け二人抜けして、一時間後には森岡と坂根秀樹の他三名の、合わせて五名しか残っていなかったからである。

 数年後、坂根秀樹から聞いた話によると、部屋を出て行った者たちは恋人同士であり、同窓会を口実に、親の目を盗み、逢引していたというのだ。中には、他家の作業場の二階を利用して、性行為に及んだ者たちもいたのだという。恋愛に関して奥手の森岡は、口をあんぐりとしたものである。

 ともかく、せっかく買い求めた酒である。残しても仕方がないと思い、森岡は一人で飲みだした。彼が洋酒を口にしたのはこのときが初めてだったが、意外と口当たりが良いことに調子に乗って飲んでしまい、すぐに酔い潰れてしまった。

 そこまではありふれたことだったかもしれないが、夜になって塗炭の苦しみが森岡を襲った。胃の腑が引っ繰り返ったような痛みと共に、強烈な吐き気に見舞われた。秀樹が用意したバケツに、胃の中の物を全て吐き出した森岡だったが、吐き気はいっこうに治まらず、黄色い胃液を吐き続けた。消化のために分泌される胃液までもが吐き気の要因になったのである。

 そのうちに悪寒が襲ってきた。三月とはいえ、まだ肌寒くはあったが、森岡は電気炬燵に下半身を入れ、上半身には毛布二枚と、冬用の掛け布団を掛けていた。それでも、悪寒は治まらなかった。身体の内部の冷えだからである。

 軽い急性アルコール中毒の状態だったと思われたが、救急車を呼ぶわけにはいかなかった。動揺した秀樹や他の友人が一一九番通報しようとしたが、森岡はそれを強く拒んだ。

『みっともない』

 ただ、その一念からである。命の危険に晒されていながら……もっとも本人はそのよう畏怖は抱いていなかったが……森岡は自身と灘屋の体面を重んじたのだった。

 そのような森岡を一睡もせず看病したのが、秀樹の姉の真子であった。三歳年上の真子は、秀樹の内密の相談を受け、看病を請け負った。容態が芳しくなくなれば、躊躇せず救急車を呼ぶ、という条件付きであった。

 森岡は半島小町と謳われたほどの美貌の持ち主・真子を初めて見た。これまでに、何度も秀樹の家を訪れていたが、期待に反して真子と顔を合わせたことは一度もなかった。

 まさか、このような形で憧れの真子と対面するとは、と忸怩たる思いの森岡であったが、彼女の前でも、容赦なく吐き気は襲ってきた。何たる醜態に、羞恥心は極限まで達し、自分の身体でありながら、どうにもならない無力感に森岡は絶望した。

 ただ、覗き込むように様子を伺っている真子と目が合ったときの、彼女の微笑だけが森岡の救いであった。朦朧とする意識の中で、まるで女神を見たような心地だった。

 あれが初恋だったのだろう、と森岡は時折振り返ってそう思う。

 さて、もう一人森岡の醜態を目の当たりに者がいた。小学校二年生だった好之である。

 親友でもあり兄秀樹が唯一、一目置く男がどのような男であるか一目見たいと別棟にやって来たのだった。

 森岡の醜態に、好之の憧憬は軽蔑に変わった。

――こんなつまらない男を兄は恐れていたのか。

 これが、坂根好之の森岡に対する第一印象だった。

 好之の悪印象が再び好転したのは、三年前、森岡が十数年振りに、坂根家に秀樹を訪ねたときであった。

 そのとき、秀樹は病床に臥していた。一時的な疾病によるものではなく、生涯その身を床に委ねるやもしれぬという深刻な状態だった。

 森岡が訪れる二年前、坂根秀樹は脳内出血で倒れた。入浴中、激しい頭痛に見舞われた秀樹は、ただ事ではないと直感し、すぐさま妻を呼んで不調を訴え、救急車を呼ぶよう依頼した。

 妻へ異変を知らせてまもなく、秀樹は意識を無くした。迅速な対応のお陰で一命は取り留めたが、脳を損傷した後遺症で、半身の機能を失ったのである。

 同窓会の折、秀樹が出席していないことから、初めて事実を知った森岡は、その見舞いのため坂根家を訪れた。そのとき、たまたま連休を利用して帰郷していた好之と初めて出会ったのである。もっとも、初対面と思っているのは森岡の方だけで、好之にとっては二度目であった。

 好之は森岡の貫禄に驚愕した。

 十七年前の印象があまりに酷かったため、とも思ったが、それにしても強烈な存在感に圧倒された。眼元には精気が宿り、全身には気力が漲っている。穏やかな口調ながら、言葉の端々は自信に満ち溢れていた。

 広告代理店という仕事柄、しばしば企業の幹部とも意見交換をしたり、飲食を共にしたりしていたが、森岡ほどの貫禄を纏っている人物は少なかった。

 聞けば、起業して僅か二年、三十二歳と言う若さで百名近くの社員を抱えているという。あまつさえ、数年の内に上場を計画しているというではないか。あらためて、さすがに兄秀樹が認めた男だ、と感じ入った。

 森岡も好之に好感を持った。特に世間の風潮に流されることなく、己の信念を通すところが気に入った。

 二人は、何かの話の折に出た「忌東京」に同感し合い、急速に親密度を深めて行った。


 東の空が白み始めた頃、ようやく「手術中」の赤いランプが消えた。坂根は、場所を移して住倉に電話をした。その間に扉が開き、執刀医が出て来た。

 野島は執刀医に歩み寄り、

「社長は?」

 と不安な声で訊いた。

「手術は成功しましたが、何分傷が深く、合併症など予断を許しません。二、三日がヤマでしょう。それを乗り越えれば、まず大丈夫だと思います」

 執刀医は無表情に言ったが、却って野島にはそれが誠実に映った。

「有難うございました」

 野島は深々と頭を下げた。

 野島は執刀医の見解を、駆け付けて来た皆に説明した。

 そして、

「社長が心配やろうが、ここは坂根に任せて、会社に戻って仕事をしよう」

 と力強い声で言った。

「しかし……」

 釈然としない二、三の声にも、野島は毅然として、

「俺らがここに居ても、社長はお喜びにはならない。むしろ、叱責されると思う。今俺らができることは、しっかり仕事して会社を守ることやと思わんか」

 と説得した。

 森岡にとって不幸中の幸いだったのは、この受難が冬だったことである。オーバーコートこそ身に付けてはいなかったが、厚手のスーツの下にベストを着込んでいた。その分だけ、刃の侵入を食い止めたのである。これが夏場であったら、命は無かっただろう、というのが去り際に執刀医が付け加えた言葉だった。

 

 帰宅したはずの南目が、再び病院に姿を現したのは三十分後であった。彼は、一旦車のハンドルを握ったものの、坂根の様子が気に掛かり舞い戻ったのである。

「好之。お前、兄貴が刺された相手を知っちょうだろ」

 南目は鎌を掛けた。その目は、さすがに百五十名を束ねた元暴走族の頭のものである。

「知りません」

 いきなりの問いに、坂根の面が強張った。

「嘘を言うだにゃあ。お前の嘘はすぐわかあがな」

 一転、南目の目が笑った。

「なあ、好之。おらは、兄貴を恩人だと思うちょる。その兄貴をこがいな目に遭わせ奴は許せんだが」

「しかし、知らないものは知りません」

「兄貴は、お前のことも義弟じゃと思っちょうことは知ちょうな」

「はい」

 坂根は小さく肯いた。

「そげすると、おらたちは三兄弟ということにはならんか」

「うっ」

「お前。兄貴があがな目に遭って腹が立たんか」

「立つわな!」

 坂根は思わず言葉を荒立てた。

「すみません。もちろん立ちます。社長があのような目に遭われたのは、私のせいですから」

 坂根は、森岡を護れなかったわだかまりをぶつけるように言った。

「それはええ。それはもうええけん、本当のことを教えてごしぇ」

 南目は、一転して懇願した。

 坂根はしばらく沈思していたが、

「私は後姿しか見ていませんが、社長は犯人の見当が付いておられるようです」

 と告白した。

「なんて? 兄貴は犯人がわかっちょうってか!」

 南目の声が病院内に響いた。

「輝さん、声が大きいですよ」

「お、すまん。だいでが、そいは本当か」

「私はそう確信しています」

 坂根は、あの夜の一部始終を南目に話した。

「兄貴は、なんでそいを警察には黙っちょれと言っただか?」

「あくまでも私の勘に過ぎませんが、社長は犯人に何かの負い目があるのだと思います」

「負い目? 何の負い目だ」

「そこまではわかりませんが、社長の過去に関係があるような気がします」

「過去って、子供の頃か?」

「ずいぶんと昔に、兄から聞いたたことがあるのですが、社長が小学生の頃、何かがあったということです。私は、犯人はその事と関係があるのではないかと疑っています。ですから、社長は黙っておられるのだと……」

「うーん」

「輝さん。社長を想う気持ちはわかりますが、無茶なことをしないで下さい。何となく、深い因縁が有るような気がします。勝手なことをすると、却って社長を苦しめることになり兼ねませんよ」

「だいてがなあ。兄貴が死ぬかもしれんのだけんな、このままでは腹の虫が治まらんがな」

「そういっても、どうすることもできないでしょう」

「……」

「くれぐれも、自重して下さい」

 無言の南目に、坂根はそう言って釘を刺した。

 

 南目輝が森岡を実兄のように慕う理由は、神村の経王寺で半年間寝食を共にしたからではない。

 むろん、経王寺での半年間は、輝の人生を変えるほどの有意義な時間ではあった。もし、経王寺に森岡がいなければ、彼が更正したかどうかは疑わしい。

 多忙な日々を過ごす神村は、懇切丁寧に人生を説いたりはしないし、たとえ説いたとしても、輝の心を動かしたとは思えなかった。彼は、自力で神村の教えを悟った森岡とは違うからだ。

 森岡は、神村の教えを噛み砕いて輝に伝えた。正確に言えば、言葉ではなく態度で示した。輝は神村の教えを、森岡というフィルターを通して理解した。これは、次元は違うが、釈迦の教えを「経典」という方便を使って世に広めたことと同様である。

 森岡の背を見て過ごした輝は、しだいに自分の将来に光を見出すようなり、つれて森岡に感謝の念を抱くようにもなった。

 だが、南目輝が森岡を兄と慕うようになった理由は他にあった。

 輝が経王寺に寄宿して二ヶ月が経った頃である。彼の実家から、父が倒れたとの急報が入った。心臓疾患で緊急入院したのである。輝の父が、輝を神村の許へと懇願したのは、病を自覚した彼が輝の行く末を案じたからであった。

 手術が必要だったが、一つ大きな問題があった。南目の父の血液型が、一万人に一人しかいないという特殊なものだったのである。入院先の病院には、十分なストックが無かった。そこで、血液センターをはじめ、関係各病院にも問い合わせを行ったが、予定量には達しなかった。

 この事情を聞いた森岡は、すぐさま浪速大学・学生部の部長に掛け合い、学内に協力を求める活動の支援を要請した。

 学生部長は快諾した。この春、大学は森岡から最新のパソコン五十台の寄贈を受けていたからである。一九八五年当時は、ようやく企業にパソコンが普及し始めた頃で、高価な代物だった。

 現在でこそ、コンピューターの性能はソフトウェアの品質に掛かっているが、当時のソフトウェアはハードウェアの「おまけ」的な位置付けであった。

 ともかく四回生だった森岡は、この頃すでに十五億円の資産を手中にしており、菱芝電気から市場より安価で購入し、母校へ寄贈したのだった。

 森岡の呼び掛けに応じ、浪速大学の学生だけでなく、あらゆるチャンネルを通じて他大学にも協力を求めるなど、支援の輪は急速に広がって行った。その甲斐あって、どうにか輸血量を確保することができたのである。

 輝は目に涙を浮かべて感謝した。非行に奔ったものの、父親を憎んでの所業ではなかったのである。

 以来、二人は兄弟付合いをして行くことになった。森岡が会社勤めをしている間、輝は猛勉強して大学検定試験に合格し、関西の名門私立大学に進学した。

 卒業後、一旦故郷である鳥取県の米子に戻り、実家の手伝いをしていたが、いよいよ森岡が独立すると知って、彼の許に馳せ参じたのである。

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