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黒い聖域   作者: 久遠
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               (2)

 三週間後、榊原からの連絡で、彼の許に出向いた森岡は、目の前に置かれた品々を見て仰天した。なんと、中国十聖人のうち三聖人と思われる姿身が、黒々とした光沢を放っているではないか。

「爺ちゃん、これどないしたんや!」

 思わず大声を上げた彼の両眼は、玩具を見る少年のような好奇の輝きを放っていた。

「洋介、驚いたか。お前が探している墨というのはこれやろ?」

「いやあ、見たことがないさかいようわからんけど、見た目には多分間違いなさそうやな」

「多分やあらへん、これや」

 榊原は、余裕の笑みを浮かべている。

「なんや、知っとるなら俺に訊かんでもええやんか」

 森岡は少し嫌味口調で言った。

「それにしても、どういうこっちゃ?」

「この前、お前から話を聞いてからな、わしも探したということや」

「探したって? この前は、難儀な話やと言うとったやないか。爺ちゃんが、中国にも人脈を持っているなんて聞いとらんで」

 森岡は怪訝そうに榊原を見つめた。

「へっ、お前に話してなかったかな? いやな、ずいぶん昔から兄弟付き合いをしている台湾人がおるねん」

 榊原は涼しい顔で言った。このあたりが何とも食えない老人である。

「兄弟付き合いの台湾人? やっぱり初耳やけど、それにしても凄いな」

 森岡は、恐れ入った仕草を見せた。

「わしもな。一応頼んではみたものの、こないに早く見つけ出すとは思ってもいなかったけどな」

 当の榊原も、まるで他人事のように言った。

 それからしばらくの間、二人は三聖人の姿見の放つ玄妙な光沢に、魅入られたかのように押し黙った。

 榊原は独自の人脈を使い、僅かの間にこの希少品を探し出していた。

 その人脈とは、世界最大のウーロン茶製造販売会社「天礼てんれい銘茶」の日本支社長・林海徳りんかいとくである。

 天礼銘茶の本社は、台湾の台北市にあったが、全世界に生産と販売拠点を有していた。当然、中国本土にも大きな拠点があり、その規模は真鍋グループとはスケールが違った。榊原から依頼を受けた林郭峰は、従兄である台湾本社社長の林海偉かいいに事情を話し、台湾、中国だけでなく、東南アジアの全拠点に大号令を掛けて、十聖人の墨を探させたのだった。

 林海徳が榊原の願いを聞き入れ、奔走した理由は二つあった。

 一つは、林の榊原に対する恩義である。

 それは、二十年も昔、林海徳が三十歳の若き日のことである。

 日本での販売促進の重責を担って来日した彼は、榊原の近所に住居を構えた。当初、両者に親交などあるはずもなかったが、ある日、林は失火で自宅を全焼してしまう不運に見舞われた。このとき、焼け出されて途方に暮れる林一家を、当座の間自宅の離れの洋館に住まわせ、親身に面倒を見たのが榊原だったのだ。

 榊原は、元々が義侠心と人情に厚い男だったが、それに加えて、彼自身もまたナショナル・モーターの代理店を開く際、単身アメリカに渡って研修を受けた経験から、異国での苦労を身をもって知っていた。

 だからこそ、見ず知らずの林一家とはいえ、難儀を見過ごすわけにはいかなかったのだ。榊原の厚意に感激した林は、それ以来、彼を実の兄のように慕い、親交を深めていたのである。

 もう一つの理由は、やはり華僑だけのことはあって、この機会を捉え、商売の種も考えていた。神村が本妙寺の貫主に就任したあかつきには、本妙寺を拠点として、全国の寺院で自社のウーロン茶を檀家向けに販売できないかと模索していたのである。

 まずは天真宗の寺院ということになるが、榊原の他宗との取引や人脈を思えば、その先に無限の広がりが想像できるというわけである。

「なるほど、そういうことか。さすがやなあ。いまさらながら、凄い爺さんやと思うで、ほんまに」

 森岡は感心しきりで言った。

 これまで肉親のように接してきた森岡は、同じ経営者として榊原を尊敬していたが、あらためて人脈の広さと、その濃密さに感服していた。

「とりあえず三体やけどな。残りも調べとるから、そのうち揃うやろ」

「それやったら、俺がもうええと言うまで、手に入るもんは全部手に入れてくれへんか。それと、その際に見つけたついででええから、他の高級な墨も頼むわ」

「同じもんが重なってもか」

「そうや」

「余ったもんをどないするつもりや。一体が五百万以上もするんやで。お前、書道するんか、それとも骨董なんかに興味があったんか」

 榊原は訝しげに訊いた。

「両方とも興味なんかないけど、北条先生に差し上げてもええやろ。きっと、先生喜ぶで」

 その一言で、榊原は森岡の意図を見抜いた。

「ふーん、そういうことか。お前も抜け目がないのう」

 榊原は目を細めて言った。この男を後継者と見込んだ己の目に狂いはなかったと満足したのである。

 森岡にはある狙いがあった。そのためにも、この先いくらでも使い道があり、次に欲したときには、手に入れることが不可能と思われる貴重な代物は、この機会に出来得る限り買い付けておこうと考えていたのである。


「榊原さんって本当に凄い人ですね。いったいどれだけの人脈を持っておられるのでしょうか」

 大阪へ戻る車中で、坂根は素直な感想を洩らした。

 だが、森岡は厳しい顔つきになった。

「お前、今人脈って言ったけどな、ただ知り合いというだけでは人脈とは言えんのやで。その人が如何に親身になって動いてくれるかや。榊原の爺さんの凄いのは、そういう人間が仰山おるということや。それも、ひっくり返せば爺さんがそれだけ親身になって世話をしたということやけどな。もちろん、相手にも全く打算がないとは言えんけど、それでもそういう人脈はなかなか出来へんもんやで」

 思い違いを指摘された坂根は緊張した面になった。

「そうですね。社長はその人脈も受け継がれるのですね」

「いや、それはわからん。継ごうと思って継げる類のもんやない」

 森岡は、誰に言うわけでもなくそう呟くと、突然口調を変えた。

「それより、坂根。榊原の爺さんの話、何か気づかんかったか」

「榊原さんの話ですか」

 坂根は、榊原の話を思い返してみるが、心当たりに行き着かない。

「お前、ボーとしとったらあかんで。林さんが墨の件に事寄せて、商売の種を考えたように、どんな話でも頭を働かせとかなあかん」

 森岡はそう言ってしばらく坂根の答えを待ったが、いっこうに口が開かないのを見て、

「ウーロン茶の話やがな。あれ、ウイニットにとってもええ話や思わんか」

 と水を向けた。

「我が社にとってですか」

 坂根は思いを巡らせると、

「あっ、そうか。寺院でのウーロン茶販売のネット・ワークシステムをウイニット(うち)が構築するのですね」

 ようやく森岡の意図に気づいた。

「コンピューターシステムを構築するだけやないで、他にもいろいろ見込まれるやろ」

 さすがに三十歳で起業し、僅か五年で上場を目論む男である。目の付け所が違った。

 森岡が瞬時に描いた構想は一石二鳥どころか、一石四鳥の願ってもないものだった。彼はこの事業において、ウイニットにサーバーを置き、各寺院にはパソコンを配備して、全国寺院のネットワークを構築しようと考えていた。

 これにより、天礼銘茶は販売網の充実が図れ、それぞれの寺院には販売手数料が入るうえに、法事などの檀家の管理や、経理その他のサービスを無料で受けることができる。本妙寺には、本部として管理料が入ることになり、ウイニットにはパソコン販売手数料、ソフト開発料のほか毎年保守料が入る仕組みだったのである。

 つまり、四者がウイン・ウインの関係性を持つのである。

 中でも、森岡にとっては保守料が有難かった。パソコン販売手数料とソフト開発料は、一過性のものであるが、保守料はシステムが続く限り、手元に入ってくる性質のものである。しかも、抜群に収益性が高く、会社を支える柱の事業の一つになると思われた。彼は、いずれ自身が会社を去るに当たっての置き土産になると考えたのだった。


 森岡は、さっそく詳細な計画案を携えて、榊原と林の了承を得ようとしたが、そこで一つ問題が発生した。各寺院へ配備するパソコンの初期費用の五億円は、天礼銘茶の負担としたため、先行コストがあまりに大きく、台湾本社において、天礼銘茶一社で全額を負担することの了承が取れなかったのである。

 協賛会社獲得の必要に迫られた森岡は、数日後、役員会議においてこの計画を伝え、社内体制を含めた準備の指示をし、併せて営業部門に対し、協賛が期待できる取引先を調査するよう命じた。

 すると、その場で企業名が挙がった。

「社長。心当たりの会社が一社あるのですが」

 声を上げたのは、営業部長の筧だった。森岡は、前もって筧に計画を打ち明け、密かに調査をさせていたのだが、その森岡にしても、まさかこの短期間に候補会社を見つけ出すとは、思ってもいない手際の良さだった。

「もう見つけたんか。さすがやの」

 森岡は口元を綻ばせて言った。

「有難うございます。ですが、これは私の力ではなく、システム開発部の宇川課長の功績です」

「宇川が?」

「はい。社長の命があった後、我が社の取引先だけでなく、桑原部長や宇川課長ら中途採用者が、前の会社で手掛けたユーザーも隈なく洗い出してみたのです。すると、宇川課長がシステム開発のリーダーだった「ギャルソン」という会社が浮かび上がったのです」

「ギャルソン? どんな会社や」

「上場はしていませんが、洋菓子業界では大手で、昨年度の純利益は業界トップの数字を出した超優良会社です」

「先方に話はしたんか」

「さっそく宇川課長が概要を話したところ、会長の柿沢さんから、是非詳しい話を聞きたいとの返事があったそうです」

「なるほどな」

 森岡は、はたと得心した。

「寺院とくれば、普通は和菓子やが、和菓子は日持ちがせず適当でないからな。その点、洋菓子は賞味期限の心配が少ないし、寺院だけでなく、檀家への通信販売も考えれば、ギャルソンにとっても悪い話ではないかもな。よっしゃ、さっそく先方に連絡を入れて、柿沢会長との面会の段取りをしてくれ」

 森岡は気分が良かった。

 筧は、手柄を宇川義実に譲るような発言をしたが、彼は筧の手腕が大きいと見抜いていた。森岡は、神村の一件が片付けば、取締役に昇格させる心積もりでいた筧の働きに満足していたのである。

 森岡自身にも抜かりはなかった。彼は孫子の兵法よろしく、宇川を社長室に呼び、前もって柿沢に関する情報を入手しようとした。

「柿沢会長はどんな人間や」

「ど、どんな……と、い、言われましても、二、三度食事に連れて行って、も、もらっただけですので」

 宇川義実よしみは生来の上がり症で、人前で話すことが苦手だった。まして社長である森岡の前ともなると、いっそう緊張するのか、言葉がスムーズに出てこなかった。その反面、コンピューターに関しては、いわゆるマニア的な技術力があり、森岡はその点を評価し、寺院ネットワークシステム開発のリーダーに就けていた。

「宇川課長、そんなに緊張せんでもええんや。筧部長も言うとったが、今回のことは、お前のお手柄やないか。今回の件が上手く運んだら、社長賞を出そうかと思っているくらいなんやから、落ち着いて話せ」

「すみません。でも、お手柄と言われましても、私はただシステムを担当しただけですから」

「そこが違うんや、宇川課長。お前がギャルソンの担当者に技術力を認められているから、あるいは人間性を信用されとるからこそ、柿沢会長もお前の話に耳を傾けられたんやで。これは立派にお前の手柄や」

「あ、有難うございます」

「せやから、どないなことでもええ、落ち着いて思い出せ、何かないか」

 森岡にそうまで急かれると、余計に焦る宇川だったが、ようやくかつてシステム開発をしていた頃、何度か居酒屋で一緒に飲んだ、ギャルソンの担当者の話を思い出した。

「あ、そうだ。そういえば、これは柿沢会長ご本人から聞いたたことではないのですが、若いときは相当な放蕩息子だったようで、毎月の銀座の付けが五百万は下らなかったそうです」

「ほおー、五百万か。それはまた相当なもんやな」

 森岡にはその値打ちがわかっている。

「ただ、お酒だけならまだ良かったのですが、女性の方もお盛んだったようです」

「まあ、御曹司やし、それだけ金を使えば、女の方も放っとかんわな」

「ところが、ご両親にしてみれば、後継者になり得る御子息は会長お一人でしたので、何度もきつく叱責されたそうですが、いっこうに素行が改まらないので、とうとう研修を名目にフランスに留学させたほどだったそうです」

「海外やったら悪評も日本には届かず、世間体も守られるということか。そうか、親も手が付けられんほどの道楽息子やったんやなあ」

「はい。そういうわけで、どうもご両親の判断だけでなく、ご本人も経営者には向いていないと納得されたのか、苦肉の策として、会長の高校、大学の親友だった今の社長を、大手商社から引き抜かれたということです」

「なんだと」

 森岡の目が光った。

「それじゃあ、今でも経営は社長に任せっ放しで、自分は自由気儘ということか」

「おっしゃるとおりで、会長は取引先の接待ゴルフや銀座専門のようです」

「なるほど、それで株式を公開せんのか。そんな会長やったら、株主もうるさいやろうし、いつ買収されるとも限らんからな。ええこと聞いたわ」

 森岡は、にやりと満足の笑みを浮かべた。

 だが、森岡自身は気づかなかったが、このとき心のどこかに気の緩みが生じていた。宇川の話を鵜呑みにしてしまい、柿沢を世間でいうところの、典型的な出来の悪い二代目と決め付け、頭から組み易しと、甘く見てしまったのである。

 週末、森岡は筧と宇川を伴って東京へ出向き、ギャルソン代表取締役会長・柿沢康弘と面会する。柿沢は、森岡から詳細な事業計画の説明を受け、前向きに検討し役員会議に諮ると約束した。

 

 一方で、藤井兄弟も着々と手を打っていた。

 天真宗総本山・総務の藤井清堂は、腹心である執事の景山律堂かげやまりつどうを、実弟である清慶の許に送り込み戦略を練らせていた。

 総務ほどの人物が懐刀として頼りにするだけのことはあって、景山は総本山において、その聡明さが評判になりつつある人物だった。彼は、我が国最高学府である帝都大学・法学部に在学中、総本山真興寺に参拝したとき、偶然出会った華の坊の藤井清堂に心酔し、大学を退学してまで得度したという異色の経歴を持っていた。

 藤井側にしてみれば、楽な戦いではあった。

 すでに、静岡の三ヶ寺からは磐石の支持を取り付けているうえ、京都傳法寺の大河内貫主は久保を介して良好な関係にあり、支持を取り付けることは、さほど難しいことではないと思われたからである。

 景山は、相手の支持が鮮明な興妙寺と龍門寺の二ヶ寺はもちろんのこと、残る一ヶ寺である東京目黒・澄福寺の芦名泰山にも働き掛けをするつもりはなかった。芦名の気質は彼の耳にも届いており、下手に動いて臍を曲げられ、敵に塩を送ることになるような危険を冒すくらいなら、相手側にその綱渡りをさせる方が得策と考えていたのである。

 相手もさすがに静岡の三ヶ寺には手を出さないだろう。そうであるなら、すでに味方と思われる傳法寺の大河内を繋ぎ留めておくことが肝要だと考え、全力を注いでいた。

「清慶上人。ようやく、例の方から寄付の約束を取り付けました」

「おっ! 上手くいったが。いや、有難う、有難う。良くやってくれたね。それで、いくらだね」

 清慶が明るい声で訊く。

「総額で三億です。近々、とりあえず一億の寄付があります」

「三億もか、いや有り難い。それで大河内上人にはいくら渡すのかね」

「もちろん、三億全部です」

 当然とばかりに景山は答えた。

「全部か? そこまでする必要もないだろう。久保上人の話では、明言は避けたものの、支持は間違いないということやった。一億は置いといてもらえないかね」

 景山は、色気を抱いた清慶の言い草が気に入らなかった。

「何をおっしゃっているのですか! 相手はあの鎌倉なのですよ。我々の想像を超える手を打って来るかもしれないのです。私は三億でも足りないのではないかと思っているくらいです。良いですか、失礼ながら御年からして、他の大本山ならいざ知らず、別格である法国寺の貫主の座に就ける機会は、この先二度と訪れないでしょう。もう少し真剣に考えて下さい」

 景山は遠慮の欠片もなく叱責した。

 鎌倉とは久田帝玄のことである。

「いや、悪かった。景山君、そう怒るな。試しに言ってみただけだ」

 清慶は慌てて弁解した。彼は、二周り以上も年下で、僧階も下の景山に従順であるしかなかった。景山が兄清堂の名代としてこの場にいる以上、彼の言に逆らうという選択肢は無いのである。

 だが、おもねた清慶に向かっても、景山は苦言を続けた。

「良いですか、清慶上人。敵は鎌倉だけではないのです。鎌倉には、あの傑物と名高い神村上人や九州で名を轟かせている菊池上人も付いているのです。おまけにもう一人、私が最も気になる厄介な青年の影までちらついている始末……」

「気になる青年というと、誰のことかな」

「森岡という三十半ばの青年で、IT企業を経営しているそうです」

「森岡? 三十半ばの青年……ああ、その男なら私も耳にしている」

「上人が彼をご存知ですと? いったいどなたからお聞きになったのですか」

 景山は驚いたように訊いたが、

「それは誰でも良いじゃないか」

 清慶は口を濁すと、

「それより、私の耳にもかなりの切れ者と届いているが、宗門の世界で、そんな若造に何ができるというのだ。君の過大評価じゃないのかね」

 と軽口を叩いた。

 これがまた景山の怒りを買った。

「とんでもないことです。本妙寺の件で、当初八対三と圧倒的優勢だった久保上人が、あわや煮え湯を飲まされそうになるまで追い込まれたのは、この若者の力によるものなのですよ。久保上人が一色上人から聞かれた話によると、とにかく三十歳半ばの若者にしては、一色上人を前にしても何ら臆することなく、自信に溢れた態度だったということです。あの高圧的な一色上人を相手してもそうなのです。もし、その自信が経済力に基づくものだとしたら、向こうが用意できる金は、三億なんてものじゃないかもしれないのです。巷には、鎌倉が不利な情勢にも拘わらず、あえて負けを覚悟で出馬した裏には、この若者が費用の全てを負担し、鎌倉には金銭的な迷惑を一切掛けないと約束したから、という噂まで広がっているくらいなのですよ!」

 景山はいっそう声を荒げた。

「わかった。わかった。総務が最も信頼をしている君の言うことだから、間違いはないだろう。私はこの手のことは、皆目苦手だから、すべて君に任せるよ」

 清慶は、今にも耳を塞がんばかりに言った。

「とにかく今度の寄付は、すべて大河内上人に渡すことにいたしますので、ご承知下さい」

 景山は、最後まで糾弾の手を緩めることがなかった。そのあまりの気迫に、清慶は反論する気力を失っていた。

 景山は清堂の指示で、古くからの支援者に軍資金の拠出を依頼していた。その有力な支援者の一人が、東京を中心とした関東エリアで懐石、割烹、フランス、イタリア、スペイン料理といった十三店舗のレストランと、八十店舗の持ち帰り弁当店、喫茶店や居酒屋、ショットバーを十数店舗など、様々な飲食事業を展開している女傑吉永幹子だった。

 経済的には何の見返りも期待できない吉永であったが、奇特にも彼女は三億円の寄進を確約していた。景山はそれをそっくり大河内に渡す腹だった。

 その他にも、景山は清堂に要請して、総務の人事権を使って、大河内に宗門の大学である立国大学の副理事長の椅子も用意していた。

 華の坊の頭脳とも評されている景山もまた、考え得る全ての布石を打とうとしていたのである。

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