隻眼のエトワール
国が滅びるという事は、こういう事なのだろう。
千年の大国が、崩壊した。
大陸の西の端。
大国から小国まで、全てが崩れたのだ。
王族の敗走は素早い。
だが、その残酷さも。
正妃のスタリスは、若い召使いが生んだ娘を疑っていた。
門番の娘で、馬番の夫がいたが、女の感は鋭い。
王が見てる先を見ていたのだ。
城から脱出する夜、スタリスの手には、簡易ランプ。
混乱が城を覆った夜の中、普段は近づく事もない馬番の寝床のある部屋。
一人寝ている娘には、王と同じ金の髪が光っている。
煖炉の火が暖かさを与えていた。
王妃は、ランプの電池を抜くと、それを煖炉に投げ入れた。
紫の煙と、炎が上がる。
大時代の馬小屋も生火のある生活も大っ嫌いだった。
こんな地上の古い城にいる時に、群衆に追われる立場になるのも。
生まれながら機械仕掛けの世界にいたスタリスも最初の二、三回は、面白がったが、すぐに飽きた。
王がいなければ、こんなところに、住むのはまっぴらだった。
誰かに見られてるような嫌な気分がしたが、混乱の中、誰も居なかった。
叩きつけるように扉を閉め、ランプを投げ捨て王の元に急いだ。
馬と共に駆けつけた父親が、扉を開けた時には、すでに煙は消えていた。
だが、僅かな臭いに名馬キュリアンが、いなないた。
金の髪の娘は、眠っている。
そっと抱き上げ、馬にまたがり、隠し門から、北の森に逃げる。
重力抑制の車が、主流になっても、馬や犬や森や庭園が、人の暮らしから消える事はなかったが、暴動はありとあらゆる物を武器にして、国が滅ぶほどの嵐が巻き起こってしまっていた。
王たちは、空中都市の城に逃げるため、あらゆるものを捨てて行った。
砦のような小さな城は、王が乗馬やマークの付いた獲物を追う狩りの為の場所だったが、そこを狙われた。
使用人達も散り散りバラバラで、逃げていた。
この城に入るのは、略奪者だけだ。
脱出用の小型艇が発射されると、天空の城から、重力兵器の圧力が、かかった。
そこには小高い丘が、残っただけだった。
半径1キロ、生きるものは消えた。
だが、都市部は、そうはいかない。
潰してしまうには惜しい重工業地帯も問題だった。
大国の崩壊は伝染病のように大陸を染めていった。
空に逃げた王族貴族達もやがて撃ち落とされ、混沌の世界が始まった。
馬番の男は、娘を抱えて妻の待つ森の小屋に避難していた。
地上に住む者達の反乱は、王族の死を意味しているのを知っていた。
何頭かの馬を助けるのがやっとだった。
金の髪の娘は、良く眠っている。
妻は娘を受け取ると粗末な寝床に寝かした。
「キュリアンがいなないたんだが、部屋には誰も居なかったのだけれど。」
馬を繋いできた夫の言葉に妻は青ざめた。
「キュリアンは何かを感じて、鳴いたはず。」
娘を調べたが、傷はなかったが、目が開かない。
寝てるのだ。
「毒なら、時間がないわ。」
慌ただしく、小屋の地下室に、備え付けていた薬品風呂を動かす。
無味無臭の水が、小さな気泡をたて、娘の身体を包む。
頭まで全てを薬湯につけて出した時、娘が起きた。
「目が。」
娘の右眼が、真っ赤に染まっていた。
妻は素早かった。
台に娘を乗せ、頭を固定し、無痛ガスを、鼻から入れると、昆虫の足のような装置で眼を摘出した。
「それは、、、。」
「生命維持装置です。」
冷静な声が返ってきた。
代わりの目が、入れられた。
金の髪の娘は、眠っている。
夫と妻は、見つめあった。
「私はこの国の王の遺伝子を運ぶために改良されたクローン人間です。
こんな事がなければ、あなたに知られる事もなかったのですが。」
娘を、手早く着替えさせ、腕の中に抱えた。
「この子はあらゆる情報の宝庫なのです。
もちろん、私や貴方の子供ではありません。
ご存知でいらっしゃったでしょう。」
馬番の男は頷いた。
誰とも似てない娘。
金の髪に漆黒の眼、薔薇色の頬に浮かぶえくぼまで、誰とも似ていない。
「生命維持装置は、これが最後の一個なのです。」
「失われた科学の産物か。」
女は頷いた。
「神の領域と言われた分野です。
本当は、男の子を産めと命令されていました。
全ての遺伝子を絡め取る為に。」
娘は、スヤスヤと寝ている。
妻と一緒になった時、娘を抱きたいと一度だけ言ったことを思い出す。
「外見の変化は時間がかかるのですが、この金の髪は、黒くなります。
目は今より柔らかい茶色に落ち着くようになってます。
追う者からのがれるためです。」
女は娘を男に抱かせると、傍らの椅子に腰掛けた。
「私の仕事は終わりました。
身体を維持する事が難しくなってるのがわかりますから。
キュリアンには、この子の為に、仔を宿らせてあります。
マークのない犬と鷹がやってきます。
彼らも私が残したこの子の守護獣です。」
女がため息をつくと、一気に10歳老けたように見えた。
「君の本当の名は、エリア。」
シワだらけの頬を歪めて、女は笑った。
「パリス、よ。
塔を壊す名前なのです。
守護獣が来たら、パリスと呼びかけてから、その仔たちの名前をつけてあげてくださいね。
貴方の言う事を良く聞きますから、お願いします。」
寝る子を二人で見つめた。
「エトワールと、呼んでました。
私の国の昔の言葉で、星と言う意味が、あります。
流れ星という意味もありますし。
古い古い言葉の一つです。
貴方が名付けたリデルも好きでした。
生みの母でも、実母では、なかったけど、この母が呼んだ名を教えてあげてくださいね。」
「待ってくれ、君の本当の国はどこなんだ。」
女は首を振った。
「そんなものは、この世界から消えてしまいます。
人が作った境界線は、破壊されて、もう元には戻らないでしょう。
人が人を奴隷にして、塔が建てられた時代が終わったのです。
塔を建てる者達に気をつけて。」
妻だったクローンは、外皮をピリピリいわせ乾いていった。
妻の服を着た木乃伊が椅子に座っていた。
ドロドロと溶けたりしなかったので、地下室に妻だったクローンを椅子に座らせたままにして、外に出た。
キュリアンが、心配だった。
王の馬の中でも、名馬だったし、手塩にかけて育てていたので、可愛かったのだ。
馬小屋には、生まれたばかりの仔馬がいた。
妊娠なんかしてなかったはずなのに。
棒立ちになっていると、キュリアンが又お産を始めた。
見てると、キュリアンが、みるみる痩せていくのがわかる。
こげ茶の仔馬の後、キュリアンが生んだのは、羊に人の口を持つ化け物だった。
胎盤がついたままそれは、育っているのがわかる。
キュリアンの仔馬も同じだった。
「名付けよ、女の名のもと、に。」
人面羊に命令され、仔馬に名を付ける。
「パリスの名の元に、キュリアン。」
羊は、満足そうに頭を上下に振った。
「我は、予言する獣。
人の声を持つが、名は持たない。
パリスに万が一の場合、それを埋める獣なのだ。」
男の抱く娘を羊はジロリと見た。
「予言は達せらせた。
人が人を使い塔を建てし者の末裔は、力をなくすであろう。
本当の言葉が世界を救うのだ。
その娘を育てよ。」
羊は鳴くと、パリスのように干からびて、毛の塊になっていった。
仔馬は、自らの胎盤を食べ、一回り大きくなっていた。
キュリアンに似ている。
だが、普通の馬ではないのだ。
いつの間にか、犬と鷹が、小屋のそばの木の上と下にいた。
仔馬に小突かれ、まず犬に名をつけた。
「パリスの名の元に、サイラス。」
顔をあげて、鷹にも。
「パリスの名の元に、エリア。」
男は犬に自分の名を、鷹に女のここでの名を授けた。
干からびて死んでいるキュリアンと毛の塊を見てると、又仔馬に小突かれた。
時は止まらないのだ。
3匹を連れ、小屋に戻ると、不思議な共同生活が、始まった。
エリアが魚を捕まえてくれば、サイラスが、うさぎを捕らええてくる。
パリスの残した種は、あっという間に畑をいっぱいにした。
魔法の畑だったのだ。
キュリアンは、子守がうまく、歩き出す前のエトワールを乗せて走れるのだった。
キュリアンは、エトワールに合わせて成長してるらしく、仔馬のままの背丈をしていたので、小屋の中でも、邪魔にならなかった。
3匹がいれば、何の不安もない。
エトワールの髪が金から黒に、瞳が茶色になる頃、思い切って、人里に出ることにした。
地下に行って、パリスの遺体を毛の塊と干からびたキュリアンの横に埋めた。
その上に石を積み上げ墓にした。
王のところから連れてきていたマダラの馬に乗り、下の村に向かう。
何の変化も見られないが、何かが違う。
知り合いの酒場の親父が、いた。
「酒場は開いてるのかな。」
なるべくさりげなく話しかけた。
「金は、つかえんよ。」
親父がニヤリと笑う。
「物々交換さね。」
「これも使えないのかな。」
王の顔が刻印された銅貨だ。
「金属は大丈夫だ。
紙切れやプラスチックのカードは、諦めな。
誰も受け取ってくれねぇわ。」
無政府状態なら、そうだろう。
「馬は売れるぞ。
食えるしな。」
酒場の親父がニヤニヤ笑う。
こんな田舎でこうなら、機械化されていた都市の人間たちは、どうなっていることだろう。
サイラスは、必要な物を手に入れると、小屋に急いだ。
胸騒ぎがしていた。
小屋は静かだった。
だが、誰もいない。
3匹とエトワールは、地下室にいた。
何かの機械が動いている。
「アッ、パパ。」
エトワールが、抱きついてきた。
育っている。
細い輪が首にヒヤリと触れた。
たちまち輪が、身体の一部になったのがわかった。
「やっと、調節出来たの。
本当の言葉が世界を変えるまでの、間に合わせなの。
これで、お話しできるのよ、私達。」
娘の声と3匹の思考が混ざっている。
見ると、キュリアンは左足に、サイラスは首に、エリアは右足にそれぞれ細い金属の輪をつけていた。
それが皮膚の中に埋まって見えなくなっていく。
首に手をやると同じく、埋まっていくのがわかった。
「む、つけられてる。
人間のサイラス。
エトワールを、頼むぞ。」
犬のサイラスを先頭に三匹が、地下室を飛び出ると、二人の男が小屋の戸を開けたところだった。
鷹と犬に襲われ、馬に額を割られ、男たちは、死んだ。
あっけなかった。
犬が血を舐めて、いる。
犬のサイラスは、割れた額から、何かをズルズルと引き出していた。
「機械の手先だ。」
ボロ布のような金属の塊が、顔を出した。
キュリアンが、ひずめでつぶす。
蹄鉄がなくても、キュリアンのひずめは、堅く鋭いのだ。
もう一人の男の口から、光が漏れる。
鷹のエリアがくちばしで光る紐を引き出す。
これもキュリアンが潰した。
「機械を動かしたのを感じたのね。」
みんなで頷く。
エトワールは、父の腕の中で、早く大きくならなければと、みんなに知らせた。
「塔を作る奴らか。」
「違うわ。
奴らなら、二人なんかで来ない。
機械に惹かれただけだと思うの。」
ここの機械はあまり使えないな、と思うと、みんなが頷く。
「サイラスが匂いを追ってる。
すぐに巣が見つかるはず。」
機械の巣は空っぽだった。
取り付く人間もいない。
3匹が動力室を壊してきた。
目的もなく、ただ存在してるだけの機械の巣は、あちこちにあるだろうが、今はそこを破壊するだけだ。
「心配しないでパパ。
エトワールは、死んだママも好き。
生き延びられるように育てて。」
杞憂を言い当てられる。
「大丈夫よ。
時代がかわったのだから。
今まで、人間が言葉だと思ってきたものは、支配する人間達が自分達の富を、独占するための符丁なのよ。
仲間内だけでの暗号みたいなもの。
言葉は全然違うものなの。
心が通じるものなの。
もう、2度と、あんな塔を建てたりできなくなるわ。」
3匹が帰ってきた。
同調した心がわかる。
五つの生き物は、変わり目を生き延びるのだ。
混沌も乗り越えなければならない。
国も、分かつ言葉も、無い世界で。
今は、ここまで。




