第五話 初夜! 天使? おばけ?
迷子初日。
和歌恵ちゃんに馬鹿にされ、ロリっ子二人組に弄ばれ、気がつけば陽は落ちかけていました。
茜色に染まる森。黄昏の世界。
じきに夜を迎えるのでしょう。
……暗いのは、苦手です。
『こんな本しか無くて狭っ苦しいとこだけどさー、泊まっていけばいいよー』
と、意地悪を言いつつも、床の心配してくれた和歌恵ちゃん。
しかし、閉鎖された空間というのがどうにも受け付けず、わたしは元いたブナの木の下に戻っていました。
日当たりも良く、風の通りも良い。
わたしの住んでいた森ではありませんが、この場所はどこか落ち着く環境が整っていました。
「でも、地面に寝っ転がるってのもなぁ……。雨でも降ってきたら痛いし……」
すでに夜が訪れた森の中。
知らない土地もというのもあってか、無性に不安になります。
首をふって周囲を見回すと、ブナの木の根っこ――その上に丁度良い窪みを見つけました。
「あ、これいいなあ。雨もしのげるし、落ち葉を布団にくるまって寝れば、まあまあ快適かも」
そこで、ふと気配を感じて、わたしは辺りに目を向けます。
薄暗くなった森。
まばらに生えた木々。
空を覆う葉から漏れた月明かりが、仄かに闇を照らしていました。
「…………」
わたしは左から右へ、視線を彷徨わせますが、なにも発見することはできません。
ただしばらく見続けていると……
木と木の合間。
そこを横切った――薄く光る、白い影。
どうしようもなく異質な――心の底から否定したくなるような、違和感。
首筋に悪寒のようなものが、ぞわわっと走ります。
わたしは口元を両手でぐっと押さえつけました。
見てはいけないものを……見てしまった……?
けれど、魅入られたように、それから目を離せない。
「……おば、おばば、おば……け……で、しょうか?」
いや、よく見てみれば、それはキノコの形をしています。
そのキノコはワンピースのようなお召物を被っていました。(混乱)
全身純白の衣服をまとう女性――
大きな双葉のような帽子に、白ユリを逆さまにしたようなワンピースドレス。
足元に向け段々となって広がるそれは、どこかやわらかくて、透通るように薄く。光沢のある生地は、濡れたように白く輝き――歩く動作に合わせしっとりと肌に絡みつくように、風のようにさらりと流れるように――この世のものとは思えないほど妖艶に揺れていました。
そして腰には、白い翼。
その姿をどう言い表わせばいいのでしょうか……。
「……凛として……綺麗……」
この言葉が一番しっくりくる。
他に飾る必要もないくらい、完成された形がそこにはありました。
と、
わたしの呟きが聞こえたのか、女性は振り向きます。
白い髪がなびき――その合間から覗かせた赤い瞳と目が合いました。
すすーっと。
歩く動作を行うことなく、ただ衣服を揺らしながら、それは近づいてきます。
「あら? めずらしいキノコがいるわね。薔薇色裏紅色変――それも幼菌」
「ひゃっ! あ、あの……その……」
「……ふぅん? 高山帯に住んでいるはずのあなたが、なぜこんなところにいるのかしら?」
艶やかな笑みを見せる女性。
しかし目は笑っておらず、その鋭い眼光が、わたしを委縮させます。
「は、初めまして! わたし色変色絵っていいましゅ……」
「誰もあなたの名前なんて訊いていないわ。なぜこんなところにいるのか、と、この私が質問しているの。わかるかしら? お嬢ちゃん」
自己紹介は、ぴしゃり、と打ち払われてしまいました。
うう……苦手なタイプかも。
「えと、えと……なんて言いますか……どうやら胞子が風に流されたみたいで……。目が覚めたらこの土地に……」
ふぅん、とつまらなさそうに零す女性。
「呆れた生命力ね。よく異なる環境で発生できたものだわ。素直に関心しちゃう」
「あの……あなたは……?」
「『死神』」
「へっ?」
それって……あの有名な、首ちょんぱしやすそうな大きな鎌を持った、おどろおどろしい存在でしょうか? どちらかと言えば『天使』のような優雅さと高貴さが目立ち、とてもそうは見えませんが……。
しかし、
「『死神』と言ったの。……今日はあなたに会うために来たんじゃないんだけれど……いいわ。ねえ、色変わりのお譲ちゃん。この髑髏の首飾りが何かわかるかしら?」
「……いえ。き、綺麗なペンダントですね……?」
三日月のように細まった目。その視線はどこか愛おしそうにそのペンダントに送られます。
胸元に飾られたそれを撫で上げ、ふふっと微笑する女性。
その突飛した奇異的な存在感は、見るものを圧倒させる力がありました。
「……これはね、『吸魂牢』と言って――身体から強制的に魂を抜き取り、現界と幽界の挟間に未来永劫閉じ込めておくものなの。幾千幾万の魂が仲間を求めているわ。若い魂なら尚更――ね。あなたもその中の一つに加えてあげようかしら?」
「は、はわっ! はわわわわわわ……っ!」
恐れおののいたわたしは、ぺたり、と腰を抜かしてしまいます。
「……なんてね。冗談よ」
「…………」
「半分ね」
「もう半分は本当なんですかっ!?」
思わず突っ込み。
きりっとした隻眼でねめつけられてしまいました。
こ、怖い……。
しかし、そんな茶目っ気を発揮されましても……どこまでが本当か、それか全てが冗談なのか、わかりかねるのですが……。
「とにかく、よ。あなたは元いた場所に帰りなさい。ここはあなたの住む場所じゃない――わたしの言っている意味がわかるわよね?」
「は、はい」
「そう。良い子」
言って、『死神』さん(?)は大きな白帽子を胸の前に当て、ドレスの片裾を持ち、風になびいたようなお辞儀をします。わぁ、優雅。
これでお別れという風に身を翻し、これまた優雅な所作で立ち去っていく――
と、
そこで足を止めました。
足……というか、さっきからずっとこのキノコ、宙に浮いているんですけど……。これは突っ込むべきなのでしょうかね? なんだか怒られそうで、怖いのですけれども。
振り向いた彼女は、
「あ、一つ言い忘れたわ。色変わりのお譲ちゃん」
「……?」
「帰ったら、お姉さんによろしく言っておいてくれるかしら?」
そう言って、影のように音もなく、森の奥へと消えていきました。
わたしはへたり込んだまま、大きなため息をつきます。
「……なんだったのでしょうか、あの白いキノコは……」
どっ、と疲れが押し寄せてきます。
たった数分のことでしたが、わたしはすでに疲労困憊の体でした。
「あれ? そういえば……」
そこでふと、気がつきます。
「……わたし……姉がいるだなんて、言いましたっけ……?」