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第二話 迷子になってました!


 迷子でした。

 開幕待ったなし、ものの見事に迷子でした。

 ありがとうございます。状況が全く把握できません。


「ううぅ……どうしよう……」


 ブナの木の下。

 わたしはその根っこに腰を下ろし、意気消沈とばかりに、途方に暮れていました。

 気がついたら知らない場所にいた――だなんて、笑えないにもほどがあります。

 ぶっちゃけ、自分でもなぜこうなったのか、把握できません。

 漠然とした不安が、わたしの胸をきゅうっと締め付けます。


「ここどこですかぁ……。おねーちゃん……どこぉ……」


 辺りに生い茂る樹木もそうですが、空気がどこか湿っぽい。わたしの住んでいたところは標高が高いせいか、もう少し乾き澄んでいました。

 ともすれば、ここは故郷より低い位置?

 いた胞子が風に流されてしまった……とか?


「なーにしてんのー? おじょーさーん」


 と、悶々と考え込むわたしの頭に、声が落ちてきました。


「えっ?」


 きょろきょろと首を回し、見上げてみると――そこには、器用に樹木の枝に寝そべっている、見知らぬキノコが。


「そんなとこにいたら、ブナちゃんに怒られちゃうよー?」

「……へっ?」


 ブナちゃん……?

 この木のことでしょうか……。

 というか、木って怒るんですかね?


「ああー、ごめんごめん。それあだ名で、マルモちゃんね。ヒプシー・マルモちゃん」


 どうやら固有名詞だったようです。

 しかしそれでも、ちんぷんかんぷんなわけでして……。

 とまれ、言われるまま、わたしはブナの木の根から立ち上がり、少し離れました。


「ブナちゃんいま風邪ひいちゃっててさあー。たぶん機嫌悪いから、あんましその木に近づかない方がいいよぉー」


 木の上の彼女。

 その格好は、なんというか、『衣替えし忘れたのかなあ?』といった感じ。

 ゴワゴワした灰色のコートをまとい、顔の左半分を隠した灰色の前髪。そこから覗かせる右目はとろんとしていて、瞳は髪と同じグレー。頭にはバケツを逆さまにしたような、もこもこした灰色の帽子をかぶり、ズボンも例によって灰色です。(白い縦縞が入ってます)

 全身灰色かと思いきや、履いているブーツは純白で、これまたやわらかそうなものを着用されています。

 その第一印象は、『暑そう』でした。


「あ、あの……あなたは?」

「平和歌恵 (たいらのわかえ)だよーん。和歌恵って呼んでくれていいよー」


 どこかおっとりとした口調。

 全体的に、のほほーん、といった風。

 見た目通りかと訊かれれば、まさに、でした。


「は、初めまして、和歌恵さん。わたしは、色変色絵いろがわりいろえって言いまし。よ、よそしくお願いしましゅ」


 盛大に噛みました。

 言語制御率は七割といったところでしょうか……うん、なかなかの精度。

 ……初対面のキノコは苦手なのです。


「あはは、なにそれ。よそしくお願いされるのなんて、はじめてかもだよぉ」


 新たな言語が誕生した瞬間でした。

 そんな場面に居合すことができて光栄です。(尚、わたしの口から出た模様)

 和歌恵さんは、だるーんといった具合に樹木の太い枝に寝そべり、けたけた笑います。


「見ない顔、だねぇ? あたしの知らない顔っていうのもめずらしーもんだ。重畳だねぇ。そんで君、どこからきたの?」

「あの……それが……」


 わたしは和歌恵さんに、ここまでの経緯を話しました。

 とはいっても、『目が覚めたら知らない場所でした』の一言で済むんですけどねー。(投げやり)


「なーる、あたしが知らないわけだ」


 足をぱたぱたさせながら、和歌恵さんは言います。


「ともあれ。こんなとこで落ち込んでても仕方のない話だしー、手がかりになるかわからないけど、ウチに来れば何かヒントが得られるかも、かなー」

「ウチ?」

「あたしん家、だねぇ。ここからそう遠くはないから、ちょっと運んでいってくれるとうれしいかもー」


 と、枝に寝そべっていた和歌恵さんは、寝返りをうちます。

 当然のこと、重力に逆らうことなく、地面へと落下しました。


「きゃあ! だ、大丈夫ですか!?」


 わたしは駆け寄ります。


「……白のかぼちゃパンツ、か」

「…………」


 悠長にわたしの下着を見ている場合じゃないでしょうにっ!


「うん、やっぱこの視点が落ち着くねぇ」

「視点? パンツを見上げるって意味ですか?」

「いやいやー、ほら、あたし基本寝そべってるからさぁ」

「知りませんよそんなこと」

「だから見降ろすっていうのも、悪くはないんだけど、なーんか落ちつかないんだよねぇ」


 そういうものなのでしょうか。

 というか、あの高さから落下して、身体は大丈夫なのでしょうか。


「でも白のドレスに白の下着ってのはベタかなー。奇をてらって黒ガーターとか、あたしはいいと思うんだけどねぇ」

「下着の話題から離れませんか?」

「そだねー。とまれ、ねぇ、いーちゃん」


 いーちゃん? ……誰のこと?

 まさか早速あだ名を獲得したのでしょうか、わたし。


「その格好寒くないのー? こっちゃこいこい」


 地面に仰向けに寝そべりながらそう言う彼女。

 くいくい、と手招かれるまま、わたしは顔を寄せます。


 ぽふっ


「うへへー、かぁーいぃ」


 ふわふわのバケツ帽子をかぶされました。


「春っていっても、まだ寒いからねぇ。そんな薄着じゃ、ブナちゃんみたいに風邪ひいちゃうよー」

「あ、ありがとうございます。そう言う和歌恵さんは……なんて言うか、もこもこですね。暑くはないんですか?」


 わたしがそう訊くと、和歌恵さんは口元に指を立てて、


「んー、『渇者は火を思わず、寒者は水を求めず』……かなー」

「へ?」

「『各々は欲求を満たしてくれるものこそを望む』ってことだねぇ」

「はあ」


 ……意外と知的な御方だったり?




 登場キノコ紹介


平和歌恵タイラノワカエ

 【森のキノコ】


 以下、公式より抜粋。


■分類:ヒラタケ科ヒラタケ属

■和名:ヒラタケ (平茸)

■娘解説:

 気温が低くなるとゴワゴワした暗色のコートを身にまとって現れるクールなお嬢さん。立つのが嫌いでいっつもどこかに寝っ転がっている。そのせいか良く雪に埋もれる。

 髪は灰褐色で頭には何となくロシアっぽい暖かそうな帽子を被っている。

 瞳はグレー。左目が前髪で隠れており、周囲からは何となく月夜嬢と似ていると言われている。

 コートは帽子と同じ色で髪より暗い灰褐色。ベルトは縄のような模様になっている。ズボンは灰色で白い縦縞。ブーツは白い綿毛状の生地を用い、靴底には滑り止め。

 常にうつ伏せなので分かりにくいが、実は隠れ巨乳でプロポーションは抜群である。髪の裏側にだけなぜか毛玉ができるクセッ毛持ちで除去にいつも手間取っている。

 榎嬢と滑子嬢(※加筆:二つとも主に秋から冬にかけて発生するキノコですので、本作品には登場しません)が特に古くからの親友だが社交性が高いので知り合いは多い。

 中々の図太い神経持ちでマイペースを貫く。

 趣味は木登りと古典鑑賞、海外旅行。「私シメジじゃないんだけどなぁー・・・」と良く独り言を言っているらしい。

 ツキヨタケと外見が似ているため、特徴を覚えておく必要が有る。


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