第十七話 キノコのお茶会 そのいち
通されてまず目に入ったのが大きな階段でした。
表の装飾された庭園も素晴らしかったですが、屋敷の中も、それはそれは御伽話のようなそれです。
広い玄関ホール。天井から大きなシャンデリアがぶら下がり、大理石の支柱、梁には水の流れるような模様が彫りいれられていて、壁には絵画がずらりと。並ぶ装飾品はそれだけに及ばず、甲冑やスタンド、大きな壺には咲き誇るように百合の花が生けられています。
ファルさんに案内されるまま、赤い絨毯を進んでいきます。
大きな窓から差し込む光。
「……あれ? そういえば、外が明るいですね。たしかここに来たときって、夕暮れじゃなかったでしたっけ?」
つんとした面持ちのまま、月夜さんは答えてくれます。
「ここは時間軸から隔離されたような空間だからね。現界の時間とは流れ方が違うんだよ。……とは言っても、ここには太陽なんてないはずだけどね」
「なるほど。……あれ?」
つまり、なんで明るいのかはわからないということですか。
冷然とした態度で言うので、思わず納得しかけてしまいました。
その会話にファルさんが挟み込みます。
「明るい暗いっていう概念そのものがねーんだよ。なんたって挟間の世界だからな。生きた常識なんてもんは、ここにゃー存在しねえ。そこにある、そこにない。それだけだ。けったいな話だが、わかりやすくてあたしゃー好きだぜ」
「はあ」
ファルさんが言っている意味が全く理解できないので、わたしが怪訝な表情になってしまうのも仕方のないことです。
あるんだからある。ないものはない。
……ふむ。
たしかにわかりやすくはありますが、話がかみ合わないというか、わたしが根底から理解できていないものがあるのも事実でしょう。
わたしは訊きます。
「その挟間の世界っていうのはなんですか? いえ、もちろんこの場所のことなのでしょうけれど……」
ああ、と。どこか納得するように頷くファルさん。
月夜さんは面白くなさそうに髪の毛をくるくるといじり始めました。
「説明すると難しーんだけどよ。んー……と、生きた奴ってのは絶対いつか死ぬだろ? その逆で死んだ奴ってのは、また命として生まれていくんだ。その流転する摂理の流れから外れた世界ってのがここ。あたしたちが挟間って呼んでる世界なんだけど……」
上手く伝えられないのか、ファルさんはうー、と唸ります。
助け舟ではないのでしょうけれど、見かねたか月夜さんは呆れた様子で言います。
「なんで『御三家』のあなたがそれに答えられないのよ。だからあなたはファル――じゃなかった。珍獣なのよ」
月夜さん、間違えてますよ。
逆です。逆。
「つまりね、ここは生まれ変われなくなった魂が行き着く場所。魂のゴミ捨て場のような場所ね。まったく、珍獣には御あつらえ向きじゃない」
少々縮こまってしまいます。住み家をゴミ捨て場と称され、不機嫌にならないキノコはいません。
悪態にも限度があると思いますが、けれどファルさんはどこ吹く風で、
「ま、そんなとこに住めるのも『御三家』の特権っつってな」
かはは、と笑い飛ばしてしまう始末。
うーん……。
寛大と言えばそうなのでしょうけど、鈍感とも言えなくもない。
「……そういえば……その、『御三家』っていうのは?」
わたしは重ねて訊きます。
文字通りの意味ではなく、そこに何か特別な含みがあるような言い方をまずしたのが、月夜さんでした。その時はドレスが破れてそれどころではなかった、というのが正直なところではありましたが、いまはブルーなモチベーションも幾分は回復しています。少し足がすーすーして肌寒いですが。
ファルさんは指ぱっちんして揚々と答えます。
「それな。魂を守る、裁く、司る。誰が作ったのか決めたのか知らねーけどよ、いつのまにかあたしらが担っていた役割だ。それをこなしていくうちに、回りが勝手にそう呼び始めたんだよ。ちなみにあたしは『霊護』、お前らの魂を守る役目がある」
「私は珍獣ごときに守られる安っぽい魂は持ち合わせていないけれどね」
月夜さんは悪態つきました。
ここに来てから――というか、ファルさんと会って以降、どこか口数も減り、不機嫌が有頂天な彼女です。
されど暖簾に腕押し、ぬかに釘。
暴言悪言は全てファルさんの右から左へ。
一周回って彼女たちが仲良しに見えてきました。
「気にすんな。礼なんていらねーし、されたくもねえ。あたしが勝手にお前らを守るだけだ――っと、着いたぜ」
ファルさんは足を止めます。
眼前にあるのはオシャレな模様が描かれた木の扉。ファルさんはノブに手をかけて、
「……そうだ、月夜。入る前に確認しとくけどよ、ヴィロサの前じゃ口の利き方気をつけとけな。機嫌損なうと怖え―ってのは、お前も知ってるだろ?」
月夜さんはそっぽを向き、答えます。
「なにをいまさら。それに怒らせたって、どうせあなたが守ってくれるんでしょ」
ファルさんは二カっと笑い、
「違ぇねえ」
扉を開きました。




