朝食
「姉ちゃん。朝ごはん、できてるよ」
身支度を整えて一階に下りると、弟の蒼から呼びかけられた。蒼はいつも食事の用意をしてくれる良くできた弟さんだ。
ワタシが台所に入ると、食卓の上には、すでに料理が盛り付けられていた。
ふっくらと炊き上がった白いごはん。ゆらゆらと湯気が立ちのぼるお味噌汁。香ばしい香りをさせた焼き魚。どれもこれもおいしそうだ。
いただきます。
まずは、お味噌汁を一口すする。うん、いつも通りのいつもの味。コレがワタシのいしずえだ。
『おいしい』という感覚をもたらす要因は、空腹感の作用とかもあって、必ずしもひとつとは言えない。だけど、味に関して言うならば、ソレは明らかに比較対照の産物だ。おいしいものがあるから、おいしくないものがある。逆もまた同じ。その美味不美味の基準は、日頃の食生活によって培われるらしい。
たとえば、ジュースを飲んだ直後、甘いチョコレート食べて、また同じジュースを飲んだとする。その味は最初に飲んだ時と比べて、はるかに味気ないものになる。味覚という感覚もまた、そういう流動的なものなのだ。誰も永遠普遍の基準を持ち合わせていない。ソレは絶えず揺れ動く。だから、定期的に調律を必要とするのだろう。このお味噌汁の味はいわば、ワタシにとっての音叉なのだ。
でも、じゃあこのいつもの味がおいしくないのかと言うと……。
ズズズッ。
やっぱり、そんなことはないのだ。