【第四話】小さなミッション
俺が鬱になったのは多分、”あの夢”を見てからだった。
その夢を見るまでは、毎日が充実していた...ような気がする。
いや、どうだろう。覚えてない...というより、思い出せない。
その夢には、いつも西洋の服を着た人たちが映っていた。そして、いつも何かと戦っていた。相手が人なのか、化け物なのかはわからない。でも、いつも黒雲が舞い、空は赤色に染まって、耳を劈くような悲鳴が響き渡っていた。
いつも俺の目の前では人が死んでいた。それも、妙にリアルで残酷だった。
そんな凄惨な光景を毎日見ていたせいだろう。
俺が今ここに居るのは。
川伝いに何時間も歩き続けて、ようやく森から出られたのか、家々が立ち並んでいるのが目に映った。相変わらず異世界転生だと再認識させるような西洋建築。
左右を見れば山々が連なっていて、その上には半透明の雲が軽々と浮かんでいる。
足元は崖っぷちで危ないが、左を見ると降りる用の下り坂が用意されていた。適当に川伝いで歩いてきたのに、ちゃんとした道があるということは、山の麓の人々が使っているということだろうか。
空を悠々と羽ばたく鳥を眺めながら考えていると、ふと遠くの方にいくつもの建物が連なっている街のようなものが見えた。
その時、心臓の形がはっきりとわかる程に心が踊りだした。
あれが王国だと見当を付けたからだ。異世界の発展した街。それはもはや王国だと考えないほうがおかしい。
俺は、空を切る矢の如く、一直線にその場所へ走り出した。
「はぁ...はぁ...はぁ...はぁ...」
膝に手を付いて前屈みになる。
息を整えながらゆっくり顔を上げると、おもむろに周囲の音が耳に入った。人々のざわつく声だ。
浮かない顔をしている沢山の人々が見えた。それも、一人や二人なんかじゃない。この場に居る全員がそうだった。
俺は、すれ違った男の肩を軽く叩いて「ちょっと良いですか。」と声を掛けた。
男は、はっとした表情を見せた後、すぐに振り返って俺の顔を見た。その顔は相変わらず浮かない顔で、どこか辛そうだった。
「なんですか。」
「何でみんなこんなに浮かない顔をしてるんすか。」
男の目線を離して、一人ひとりの顔を見ていくように周囲を眺めながら言った。
「えっ、知らないんですか?」
「え、あぁ、いや最近あんまりここに着てなかったんで。」
咄嗟に無理のある嘘が口走る。しかしどうやら、男はそれを信じたようで、顔をしかめて周囲をひっそりと確認した。
数秒ほどの沈黙の末に、男は再び目を合わせて口を開いた。
「魔物が出たんですよ。バイルグル付近で。」
「バイル...グル?─ああバイルグルね、知ってる知ってる。」
聴いたことのない単語に一瞬頭を悩ませたが、怪しまれるわけにもいかない。俺はなんとなく相槌を打った。
「魔物か...それは大変っすね。それでみんなここに避難してるってことすか?」
「そうです。僕も避難してきたのですが...娘とはぐれてしまって...」
「えっ。」
男の表情が更に曇った。顔をうつむかせ発したその弱々しい声に、俺の心も少し沈んだ。
「この街の中ではぐれたので運が良ければすぐに見つけられるかもしれません。けど─もし魔物が居るところに行ってしまったら...」
膝から崩れ落ちて遂に泣き出してしまった。周囲の視線がこちらに集中しているのがわかった。変に見られるのだけは避けたい。とすれば、協力するしかないのだろうか。
「あぁ落ち着いて、落ち着いてくださいよ。大丈夫っすよ、すぐ見つかる。」
「そうなら良いんです...」
あーくそ。俺がもっと良い人間なら、良い言葉でこの人を安心させられたはずなのに。今更ながらに口下手な自分を恨んだ。今更と言うより初めてか。
「あー...」
周囲を気にしすぎて逆に挙動不審になっているような気がする。そうだとしたら本末転倒だ。やっぱり、手を差し出すのが一番いい解決方法なのか?
俺は意を決して右手を差し出して言った。
「もしよかったら、俺が探してあげましょうか?」
「へ?」
男は顔を上げてこちらを見つめた。言っている意味がわかっていなかった様子だったが、次の瞬間に目に輝きが刺した。差し伸べていた俺の手を掴み、引きちぎる勢いで立ち上がった。
「い、良いんですか!?」
いつのまにか俺の手は男の両手で包まれていた。
「ま...まぁ、今の所やること探してたし、暇だったし、お金ないし。」
「なんか最後に欲望混じってませんでしたか。」
「ギクッ...」
核心を突かれてしまった。しかし、やることを探していたのは本当だ。転生してしまったせいで所持金も帰る宛もパーだったのだから。いや、憑依転生なのだから帰る宛はあるのかもしれないが。
「でもお礼は当然します。─というかさせてください。」
改まった様子で頭を下げる様子に、俺の心は少し動かされた。久しぶりに誰かに感謝されたような気がした。
「うっす。無事に帰ってこれたら。」
気恥ずかしくて目を背けた。頭を搔きながらそう言うと男は「あ、そうだ。」と言って小さな入れ物から一枚の写真を取り出した。
「こんな子です。ハルって名前です。」
「可愛らしい子っすね。」
「そうでしょう。たった一人の娘なんです。」
写真には男と一人の娘が映っていた。綺麗な笑顔が似合う五から六歳くらいの少女で、隣に映っていた男は今と見違えるくらいの輝かしい笑顔を見せていた。微笑ましかった。それと同時に、羨ましさも。
「へぇ。」
当たり前のことだが、改めて気がついた。この世界にも一人ひとり命があって、考えがある。家族や大切な人が居るってことを。
「じゃあ俺、探しに行ってきます。見つかったらまたここに。」
目を輝かせて優しくそう言うと、男は涙ぐんだ瞳で力強く言った。
「ありがとうございます。どうかお気をつけて。」
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