【第一話】敬愛なる四人の戦士へ。
「まずい、意識がないぞ!」
「くそッ!光の力がなきゃ回復もクソもねぇ!」
「だから俺は言ったんだ!光の力に頼らず治癒魔法を強化すべきだって!」
「そんなこと今更言っても意味ないでしょう!?」
あーうるせぇな。今日もかよ。クソが。
温かい。心は冷え切っていても、身体はまだ生きようとしていた。
まぶたを開けると、目の前は白。将来は黒。
ははっ、と乾いた声が喉を鳴らした。
笑うことすらまともにできない。出来ても嘲笑くらいだろう。
外からは冷たい風がカーテンを揺らした。そのまま真っ先に俺の方に向かってぶつかる。
夏だったら良かったのに、なんて言葉を吐く力も無く、毛布に身を委ねる。
暇だ。それなのに、なにかしようという気にもならない。ただひたすらに、存在しない都合の良いものを欲している。そんな怠惰でくだらない人間、それが俺だ。
昔はそうじゃなかった。小中学校に通ってた頃なんかは特にだ。
俺を遊びに誘ってくれた友達。俺なんかのことを好きになってくれたあの子。
あの時は良かった、なんて無意味で無価値なこと言いたくなかったが、そう言わざるを得ない状況に直面しているのが現実。
あぁ、とため息まじりに声を出した。唸り声なのか、ヘドを出したのか、自分ですらわからない。
寝返ってみると、毛布がズレた。それを狙っていたかのように、毛布の内に冷気が滑り込む。
まただ。またため息。
ベッドから身体を起こした。心は嫌がったが、身体はまた違う意味で嫌がっていたからだ。身体がふらつく感覚で、母親が看病してくれた時の思い出が頭に浮かんだ。
身体が重い。一歩、また一歩前に足を出すだけで、倒れそうになる。
風の吹く方へ、ゆっくりながらも近づく。進めば進むほど、足は泥沼のように重くなり、視界はぼやける。
ううぅ、と喉が鳴った。これはうめき声だと確信した。
喉が締め付けられる感覚がする。でも、これは身体が重いからではない。
多分、俺は今泣いてるんだと思う。頬に伝う温かいものが、それを教えてくれた。
開きっぱなしにされていたベランダの戸に手が触れた。冷たかった。自分の手よりも。
震える足でベランダに出る。すると、毛布を一瞬にしてただの布切れにするほど強かった風が、ぱたりと止んだ。
真っ白な心の中に、久しぶりに色が塗られたんだ。その時、こう思った。
──神が死を仰いでいる。
ははっ、と笑みが溢れた。これは本当の笑みだ。
だって面白かったんだ。神が死を促すほど、俺の人生は見るに耐えないものだったのだろう。
これが人生最後の笑いだ。せめて最後の力を振り絞って、盛大に笑おう。
─はははははははははははははははっ!
ベランダで泣きながら盛大に笑っている青年を見た向かいのマンションの人は、どう思うだろう。
怖い思いをさせてしまっただろうか、なんだか罪悪感が生まれた。
いや、そもそも自分には耐えられないほどの大きな声で聞こえているが、周りにはどう聞こえているだろう。─そもそも、聞こえてないかもしれない。だとしたら、好都合だが。
ふぅ、とため息を吐いて手すりにもたれかかった。体中の力が一気に抜ける。呼吸もだんだんか弱くなっていく。餓死寸前の感覚に似ている。
皮肉なことに手すりには人一人すり抜けられそうな、大きい隙間が開いていた。鉄の棒が捻じ曲がって出来ている。
また笑いがこみ上げきた。どうやら神は、本気で俺に死んでほしいらしい。
「神様の願いだ。応えてやるよ。」
ふっ、と口角を上げて、手すりを握った。懸命に拳に身体を引きつける。命をかけるほどの覚悟で、命を落とそうとしている。これに勝る矛盾は存在しないと思う。
地面が見えた。落ちれば即死だ、間違いない。しかし、不思議と恐怖心は湧かなかった。命を落とすことが、自分にとって何よりも幸福だからだろうか。やっと開放される、そんな気持ちでいっぱいだからだろうか。じゃあ、あの時の涙は、嬉し涙だったということか。
ふと顔に意識を送る。もう何も流れてはいなかった。今からは、血が流れるが。
残った力を全て腕に送った。その所為で瞼は閉じ、寒さで強張っていた腹でさえも、反射を停止させて力を抜いた。
──もう、少し。
死ぬために火事場の馬鹿力を使ったのは、これが最初で──最後になるはずだ。
ずざざっ、と音を立てて、身体に触れるものは空気だけになった。それも、空気すら俺の落下に抵抗せず、むしろ促していたくらいだ。
ゆっくりと──目を開ける。
地面が近づいてくる。
空は遠のいてゆく。
でも、いつになっても地に頭が触れない。もう死んでもおかしくない頃なのに。
その時気がついた。視界が妙にゆっくりなのだ。
死ぬ間際、全てがスローに見える現象。噂には聴いていたが本当だったらしい。空に羽ばたく鴉ですら、ゆっくりと羽を動かしていた。
流れるように視界は雲に移った。夜に色を染められた雲は、仕方なく動き続けている。
──俺は、どうだろう。
考えても無駄か。
だってこれから、死ぬのだから。
ドツッ──
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