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それが何の大きな秘密だって言うのよ。
私が本物の勇者じゃないんだから、大きな秘密なのは確かかしら?
まあ、どうせ王都に行けば偽物だとバレるだろうから、知っている人は少ないほうがいいのだけれど。
一瞬、撤回しようかとも思ったけれど、美味しい料理を口に運ぶとその幸福感に、もうどうでもいいという気分になった。
「リエン様が勇者様なので、国王様の命により共に王都へ向かっているのです。」
クラドが半分は真実である言葉を口にする。
しばらく訪れた静寂。
エリナが私とクラドを交互に見て。
彼女は一体どういうことなのか分からないといった、心乱れた様子だった。
そうでしょうね、エリナは私が魔法使いであることを知っているのだから、私は今、彼女がどんな心境か理解できた。
私だって、最初は彼女と同じ気持ちだったのだから。
私はぎこちなく笑ってみせ、クラドに見えないようにエリナに向かってそっとウィンクした。
私のウィンクを受け取ったエリナは、状況についていけないのか面食らいながらも、改めて確認してきた。
「私の聞き間違いでなければ、今、リエンさんが、あの女神様が地上に授けてくださったという聖剣に選ばれた主だと言ったの? リエンさんが勇者様だっていう……?」
「その通りです。」
「うーん、私がよく知らないだけかもしれないけれど、普通、勇者っていうのは剣を使いこなす人のことを言うんじゃないかしら? 例えば、男の人だとか。」
「女性だからといって剣を持てない理由はありません。そんなはずはありませんが……もし剣の扱いがおぼつかないのであれば、学べばいいだけのことではありませんか。」
いや、味方をしてくれるのは嬉しいけれど。
私が考えてもエリナの言うことが正しい気がする。
「今まで持っていた常識が崩壊するような気分だけど、生きていればこんなこともあるのかしらね。いいわ。そんなことより、実は私、お二人が王都へ行くのは、てっきり結婚式のためなんじゃないかって推測していたのよ。本当に違うのかしら?」
この女、今さら何を!
「ゴホッ。違います。私たちも出会ってからまだ日は浅いですし、私が勇者様とそんな間柄だなんて、絶対にあり得ません。」
「私もそんなつもりはありません。」
失望したように肩を落とすエリナ。
「あら、残念だわ。お二人、思ったよりお似合いなのに……」
私たちが話している間に、今日のメインメニューが運ばれてきた。
一目見ただけで美味しそうな肉の上にかけられたソースまで。
なぜだか分からないけれど、花まで添えられているから。
普段行っている場所とは違うところに来たのだと実感が湧いた。
ナイフで肉を切り、フォークを使って大きめの一切れを口に運んだ。
肉は美味しかった。また次も来たいと思うほど。
だから私は、隣でワインを注いでいた店員に一言かけた。
「美味しいです。これを作った方に、美味しい料理を作ってくれてありがとうと伝えていただけますか?」
「お客様に美味しいと言っていただけるのが私たちの喜びです。私を通すよりも、直接お伝えになってはいかがでしょうか? きっと料理長も喜ぶはずです。」
そう言う店員の目が、やけにキラキラと輝いていた。
あまりに嬉しそうだったので、思わず「そうします」と言ってしまった。
そしてしばらくすると、その店員と料理長らしき人物が私たちの席へやってきた。
「お客様が私をお呼びだと伺いました。」
「美味しい料理を作ってくださってありがとうと伝えたくて。最近食べたものの中で一番でした。」
実のところ、最上級のワインの方が記憶に残っているけれど。
最近といえば野宿をしながら食べたものが全てなので、あながち嘘というわけではないだろう。
「ありがとうございます。お客様にこのような言葉をいただいたのは本当に久しぶりです。では、どうぞ食事を続けてください。」
そう言いながら、なぜか戻らずに私をじっと見ていたのだが、私が料理を口にするたびに涙を流して拍手を送ってくれた。
大の男が隣でそんなことをするので、私もついついつい皿に残ったソースまで舐めるように食べてしまった。
夕食を終えて店を出た後、私は先ほどの奇妙な出来事を二人に話した。
すると、料理長にとっては当然のことかもしれないと言う。
「あの店に行く人の大半はこの街で影響力のある人々でしょうから、客にいくら良い料理を振る舞ったとしても、普段そんな言葉をかけられることはなかったはずです。彼らにとっては当然受けるべき待遇だったでしょうから。むしろ欠点が見つかれば、店員を侮辱しなければいい方だというくらいに。」
「余計なことをしてしまったのでしょうか?」
「良いことをしましたよ。人は自分を認めてくれる人に従い、覚えているものです。あの料理長はリエンさんのおかげで、これからも楽しく働く原動力を得たことでしょう。それに、私たちはリエンさんのおかげでお金を浮かせることもできましたし、お互いにとって悪くない結果だったではありませんか。」
店を出る時、クラドが自分たちが食べた分の支払いをしようとしたのだが。
料理長が私たちからはお金を受け取るなと言ったそうで、また来てほしいと声をかけられた。
デザートまでお土産にもらったのだが、かなりの量だったので、それはエリナさんと分け合った。
中央広場に到着した私たちは、お互いに向き合った。
名残惜しいが、別れの時が近づいたのだ。
「では、ここでお別れですね。お二人の行く先に祝福があらんことを。」
「今日は楽しかったです! さようなら、エリナさん!」
エリナが立ち去る姿を見届けた後、私たちも宿に戻るために歩き出した。
ところが、宿に戻る途中で雨が降り出し、体が少し濡れてしまった。
「リエン、また明日。」
「おやすみなさい、クラド。」
私はクラドのようにすぐ部屋には上がらず、カウンターへ向かった。
「温かいお風呂に入りたいのですが。」
「ご用意いたします。」
「それから、温かい飲み物もお願いします。」
紅茶と緑茶があるというので、一度も飲んだことのない紅茶を注文した。
「お部屋で少しお待ちいただければ、準備ができ次第、人を向かわせます。」
彼の言葉通り部屋で少し待っていると、私を呼びに10歳くらいの女の子がやってきた。
その子についていくと、私が望んでいた温かいお湯が用意された場所に到着した。
私は少しばかりの小銭を握らせて、女の子を帰した。
「ありがとう。」
それから服を脱ぎ、片隅に畳んでおいた。
足先からゆっくりとお湯に浸かった。
「ふぅ……」
温かいお湯に身を委ねると、これまでの疲れが溶け出していくようだ。
やっぱり、頻繁には無理でも、できる時に温かいお湯に浸かるのは最高だわ。
今の宿くらいのレベルでないと温かいお風呂を用意するのは難しく、これまではずっと冷たい水で体を洗っていた。
そのたびに、自分が火属性の魔法を使えたら魔法でお湯を温められたのに、と心残りに思っていたけれど、今この瞬間だけはそんな考えも吹き飛んでしまった。
お風呂から上がった私は、頭にタオルを巻いて部屋に戻った。
用意されていた紅茶と、レストランからもらったデザートをテーブルの上に並べた。
長湯をしたせいか紅茶は少し冷めていたけれど、顔が火照っていたので今の私にはちょうどよかった。
パラパラ、と音がした。
まだ外は雨が降っているようだ。
私は窓を開けた。
窓を開けると涼しい空気が部屋に入り込み、私の火照った顔を冷ましてくれた。




