8. 狂気に陥った墓守
翌日。
私たちは野宿した野営地を片付け、朝早くに出発した。
「猿以下の連中ね、さっさと動きなさい!」
ドカッ!
エリナさんは二人の男を前に立たせ、
彼らを縛った紐を掴んだまま後を追うのだが、
時々動きが鈍くなると、あんなふうに尻を「ドカドカ」と蹴り飛ばした。
同じ人間なのにあんまりではないかと言うこともできるだろうが、エリナさんの言葉を借りれば、人間であることをやめた者は同等の扱いを受ける資格などないのだという。
聞いてみると、エリナさんの言うことが正しいような気もしたし、
彼女のすることに私が口を挟むことでもなかった。
私はクラドと一緒に、彼女の後について歩いた。
「クラド、エリナさんの言う『猿』って何のことか分かりますか?」
私は隣にいるクラドに小さな声で囁いた。
先ほどから農夫だった者たちを見て猿と呼んでいるので、聞いているうちにそれが何のことか気になったのだ。
「猿、か?」
「ええ。猿です。」
「猿という動物がいるのですが、腕と脚がそれぞれ二本ずつあり、毛が少し多い動物です。大陸を渡り歩くサーカス団が数年に一度、王都に立ち寄ることがありますが、その時に行けば見ることができますよ。」
サーカスとは、
訓練された動物を連れ歩き、
人々の前で芸を披露する集団のことだという。
「背は低いです。これくらいかな。」
自分の膝に手を置くクラド。
彼が示した位置を見ると、かなり小さなサイズだった。
言葉で聞いたくらいでは、どんな動物なのか想像がつかなかった。
いつか見る機会があれば、一度は見てみたいものだ。
途中で休みながら昼食をとり、再び出発した私たち。
時間が経つにつれて人通りも増え、道も良くなり始めた。
道端では農夫たちが農作業をしていたが、私たちがその横を通り過ぎる時、とりわけ視線が注がれるのは単なる気のせいではないだろう。
知り合いでもいるのか、深く頭を下げて歩く二人。
そしてしばらく歩くと、私たちは城門の前に到着した。
「止まれ!」
私たちの様子が尋常ではなかったのか、城門を守っていた守備兵の一人が槍を手にこちらへ近づいてきた。
「こいつらは何者だ、なぜ縄で縛り上げている?」
守備兵の言葉に、騎士団の紋章を見せるクラド。
すると、先ほどまでの高圧的な態度はどこへやら、
上官を前にした兵士のように、軍紀を正した守備兵の姿だけが残っていた。
「殺人を犯そうとしていた連中だ。手慣れているようだったので捕らえてきた。連行して調査しろ。」
「了解いたしました!」
敬礼し、エリナから二人を引き取る城門守備兵。
連行する途中で、二人の後頭部を大きな音が鳴るほど強く叩いている。
これで終わりなのだろうか。
エリナが彼らの後ろ姿を見ながら小さく呟いた。
何と言っているのか気になって横に行って聞いてみると……
「私が始末しておくべきだったわね……」
どうやら、かなりの未練が残っているようだった。
私はエリナさんとそっと距離を置いた。
「エリナさん。」
「ええ。」
「犯罪者たちも守備兵に引き渡しましたし、そろそろここでお別れしましょうか。」
「そうですわね。短い間でしたが楽しかったですわ。」
こうして別れるって?
「待って!」
私は立ち去ろうとするエリナを慌てて呼び止めた。
なぜだか、このまま別れるのは名残惜しかった。
「まだ夕食も食べていないですし、お別れする前に一緒に食事でもいかがですか?」
しばらく悩む様子を見せたかと思うと、
「それも悪くありませんわね。いいでしょう。」
夕食の誘いを承諾してくれた。
「それじゃあ、後で中央広場で会いましょう。」
しばらくここで過ごすための宿を取ってくると言い、約束の時間に会おうと言い残して去っていくエリナ。
私はまた後でと手を振って見送った。
「私たちも泊まるところを探しましょう。」
ちょうど良い場所に宿を確保した私たちは、
しばらくそれぞれの部屋で休むことにし、
約束の時間になる前に一階で合流することにした。
なかなか良い宿を選んだおかげか、ベッドはふかふかだった。
コンコン。
「リエン、私です。」
外で門を叩く音に目を覚ました。
もうそんな時間かしら?
少しベッドに横になったつもりが、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
本当は下で待ち合わせることにしていたのに……。
「少し待ってください。すぐに出ますから。」
私は急いで身なりを整えて外に出た。
「ごめんなさい。遅くなりました。」
「私は構いません。エリナさんが待っていますから、急ぎましょう。」
そうして中央広場へ行くと、腕組みをしているエリナがいた。
少し怒っているように見える。
怒ると、さらに怖く見えるエリナさん。
「少し遅かったわね。」
「リエンが出てくるのが遅かったもので……。」
その言葉に、エリナが私を振り返った。
「寝起きで身なりを整えるのに時間がかかってしまいました。すみません。」
「そういうこともあるわよね。まったく男ってやつは、女が着飾るのに時間がかかることもあるってことが分からないのかしら。デリカシーがなくて、それをそのまま口にしちゃうんだから。リエンさんも苦労しそうね。行きましょう。」
そう言いながら、エリナが腕を組んできた。
私より背の高いエリナさんに、なす術もなく引きずられていく。
腕にエリナさんの胸がむにゅっと当たった。
エリナさんの胸は見ているだけでもかなりの大きさだが、
今回の接触で、服の下に隠れているものはもっと大きいという事実に気づいてしまった。
エリナさんの胸をちらりと盗み見た。
大きくて不便そうね。
私は全然うらやましくなんてないわ。
クラドが予約したという店に向かう途中で、泣いている子供がいた。
泣きながら話している声が聞こえるが、お姉さんとはぐれてしまったらしい。
助けてあげるべきかと思ったその時、兵士たちがやってきて子供を連れて行った。
男の子が迷子になったようだが、兵士たちがお姉さんを探してくれるというので、私が気にする必要はなくなった。
クラドが予約したというレストランに到着した私たちは、眺めの良さそうな席に座った。
「案外、気が利くのね。クラドさんが予約したって言うから、変な店にでも連れて行かれるんじゃないかと心配したわ。」
「出張が多いので、耳に入ってくる情報も多くなるのです。それに、ここはそれなりに有名な店ですから。」
「私、こういう場所は初めて来ました。」
「味は保証しますから、たくさん食べてください。それに、今日はクラドさんの奢りですからね。そうでしょう?」
「私が至らなかった点もありますから、奢らせていただきます。」
「一を教えれば一を理解するのね、なかなかの聞き分けだわ。」
「褒め言葉ですか?」
「褒め言葉よ。教えても理解できない人がどれほど多いか知っているかしら?」
「では、褒め言葉として受け取っておきます。」
和やかな会話が交わされる中、料理が一つずつ運ばれてき始めた。
料理をテーブルに置くたびに名前を教えてくれるが、なんだか覚えにくい名前だったので聞き流した。
代わりに、料理は確かに美味しかった。
「料理が次々と出てきますね。」
「コース料理ですから。」
久しぶりにまともな食事をしたからだろうか、本当に口が幸せだった。
「一つ気になっていることがあるのですが、聞いてもいいですか?」
「何かしら? 夕食も奢ってもらうんだし、そのくらい答えてあげるわ。」
私は耳をそばだてた。
「なぜ素直に警備兵に任せることを選んだのですか? 正直、もう一度彼らを引き渡せと言われていたら、私はエリナさんに処分を任せていたかもしれません。」
「うーん……単純なことよ。私だって人を殺したいわけじゃないわ。あの人たちは生きていたところで世の中に害悪しか撒き散らさない類の人間だから、これ以上被害者が出る前に片付けようとしただけ。……ふふん、分かったわ。クラド騎士様は、私が火炎魔法を使うからそんな質問をしたのね。偏見はあまり良くないって知ってるかしら?」
「肝に銘じておきます。」
そう言うと、彼女は私を見て言った。
「見て、これだから騎士は魔法使いが嫌いなのよ。」
私は言葉にはせず、軽く頷いてみせた。
「ところで、二人はどうして王都へ行くの?」
エリナの不意の質問に、私はクラドと目を合わせた。
何か同意を求めるような視線に、私はエリナさんなら知ってもいいのではないかと思い、頷いた。




