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「勇者様、何か不足しているものがあればおっしゃってください」
村長の言葉に、私は笑みを浮かべて承知したと答えた。
村長が去った後、一人になった私はドアを閉めるなりベッドに倒れ込んだ。
「ふう……疲れた」
師匠の下を離れて独立して以来、疲れたと感じることはあまりなかったが、昨日から妙に疲れを感じるのはどうしたことだろうか。
魔物より人を相手にする方が大変だと感じる日が来るとは。
これがいったいどういうことかと言うと……
すべては昨日、聖剣を見に行って、女神様のヒステリーで聖所が崩れたことから始まった。
崩落する聖所から私が姿を現し。
よりによって師匠から譲り受けた剣の形が聖剣とそっくりだったのか。
すでに聖剣の姿を知っていた村人たちや、聖所に入って出てきた人々に取り囲まれ、私は聖剣を持ち出した勇者として崇められることになった。
おそらく、私が出てきた直後に聖所が完全に崩れ落ちた場面が、あまりにも劇的に見えたせいだろう。
私も最初は、両手を振りながら違うと強く抗弁してみたが。
聖剣を持ち出した勇者様が、あまりに謙虚な姿を見せるのも良くないと言って、私の言葉を最後まで信じてくれなかった。
事態が何かおかしくなっていると思った私は、この村に来る時に出会った男が私の剣を見たことを思い出し、彼を探してみたが、どこへ行ったのか見当たらなかった。
さらに悪いことに、村長が国王様に、私が聖所から聖剣を持ち出した事実を報告してしまったという。
師匠から譲り受けた剣を所持していただけなのに、どうしてこんな事態になってしまったのか?
もはや私の手に負えないほど事件が大きくなってしまった状況.
国王様に会って、聖剣ではないという事実を明かせばいいのではないだろうか?
ここでは無理でも、王都へ行けば本物ではないという事実を証明できるはずだ。
村長の話では、国王様が一刻も早く私に会いたがっているという。
すでに身元が割れている以上、海外へ逃げることも不可能。否応なしに首都へと向かわなければならなかった。
国王様に会って事情をしっかり説明すれば、理解してもらえるだろう。
私は早く首都へ行きたかったが、村の人たちがもう少し泊まっていけと言うので、仕方なく数日間滞在した。
村を発つことにした日。
人々が私を見送るために集まってきた。
「もっとゆっくりしていけばいいのに……」
村長の言葉には、名残惜しさが滲んでいた。
しかし。
「私もそうしたいのですが、国王様が私を呼んでおられるので、一刻も早く伺わなければなりません」
国王様も私に会いたがっているというが、実は私の心境も同じだ。
今はただ、早く首都へ行ってこのとんでもない誤解を解きたいという気持ちしかなかった。
◇
聖剣のある村を発ってから、どれくらい経っただろうか。
いつの間にか王国の首都へ一歩ずつ近づいていた。
もう目の前の村と、都市を一つ経由すれば、国王様のいる首都に到着する。
まだ時間があるから旅を続けてもよかったが、俺は今日一日、この村に泊まっていくことにした。
なぜなら、ちょうどこの村で葡萄祭りが行われているからだ。
師匠は言っていた。
楽しめる時に楽しめ、と。
思ったより人生は短いとおっしゃっていた。
弟子の分際で、天のような師匠の命に背くなど、考えられないことだ。
おまけに、祭りをしているのを見て素通りするのは、準備した人たちに対して失礼というものだ。
俺は軽い足取りで村に寄り、酒場を探した。
そして従業員を呼び、今のおすすめは何かと尋ねると。
「葡萄祭りですから、葡萄酒を召し上がらなきゃ損ですよ。しかも今の葡萄酒は、滅多にお目にかかれない最高級品なんですから」
「いいですね。一杯お願いします」
「葡萄酒だけですか? 他のものも美味しいですよ」
「じゃあ、葡萄酒に合う簡単な料理もください」
「はい! 少々お待ちください!」
注文を受けて小走りで戻っていく従業員。
椅子に座って注文した料理を待っていると。
酒場の一角に人々が集まり、騒がしくしている様子が目に入った。
ここに入ってきた時もあんな感じだったが、何か面白いことでもあるのだろうか?
料理が出るまでには時間もかかるだろうし、好奇心に勝てず、俺は席を立って事件の現場へと移動した。
すると、人々が集まって腕相撲をしているではないか。
さらに驚いたことに、いかつい男たちの間に、そうではない男が一人いた。
男の半分にも満たない体格。相手の男の腕の太さが、彼の腰よりも太く見えた。
運良く、俺が見た瞬間に始まるところだった。
「レディ! ゴー!」
「はあっ!」
手加減はしないと言わんばかりに、全力で力を込める大男。
どれほど死力を尽くしているのか、顔が熟した柿のように赤くなる。
それに対して、向かい側に座る男の顔は平穏そのものだったが。
ドンッ。
ついに、たった一度の反撃で軽くねじ伏せられてしまった。
「また、また勝ったぞ!」
「よっしゃ! また稼いだ! 俺が言っただろ、あのヒョロガキがまた勝つって」
「お前、木こりのくせに弱虫一人に勝てないなんて、男を辞めちまえ!」
たいした人だ。
あんな巨漢を簡単に負かすなんて。
俺はただ見物だけしていようと思ったのだが。
どんっ。
誰かに背中を押され、前に出ることになった。
「次の挑戦者だ!」
「いや、俺は見物してるだけなんですけど」
「まあまあ、ほら座って。見物だなんて水臭いこと言うなよ」
いいのだろうか?
男たちが遊んでいる場ではないのか?
流されるまま席に着くことになったのだが。
向かい側にいた男は驚いたのか、眉をひそめた。
そうだろう、今までは体格のいい奴らばかり相手にしてきたはずだから、俺のような女が座ったので驚いたに違いない。
まあ、こうして座ったからには、腕相撲ってやつを俺も一度やってみようか。
「女か? 弱そうだけど」
「いや、分からんぞ。もしかしたらあの弱虫みたいに強いかもしれない」
「そうか?」
「でなきゃ、さっき負けた奴を見てて、あんなに堂々と出てくるか?」
「おお、一理あるな。よし、今回はあの女に賭けてみるか」
「かなりのギャンブルだな……」
「大儲けを狙うのでなきゃ、やる意味がないだろ?」
「まあ、単なる遊びだしな」
弱そうだ。
家へ帰って裁縫でもしてろ。
周囲からそんな言葉が聞こえてくるので、俺も勝負欲に火がついた。
いっちょ本気でやってみるか。
驚くなよ、お前ら。
男と手を握り合い。
審判が手を離した瞬間。
俺は一気に倒してやるつもりで力を込めた。
だが、ぴくりとも動かなかった。
体をあちこち動かしてみても、びくともしない。
何かおかしいぞ……?
ゴン。
案の定だった。
一瞬にして倒された腕。
俺の手の甲がテーブルに叩きつけられた。
「なんだ……期待外れだな」
「何かあると思ったのに、全然たいしたことなかったじゃないか」
「うわあ、俺の金が!」
「負けました」
負けを認めて席に戻ろうとすると。
男が失望したような顔で俺を見つめている。
なぜだ?
一体何に失望したというのか。知るもんか。
席に戻ると、ほどなくして注文した葡萄酒と料理が運ばれてきた。
「足りないものがあればおっしゃってくださいね」
「はい」
美味しそうじゃないか。
俺は葡萄酒を手に取り、一口飲んだ。
さすが最高級と言うだけあって、嘘ではなかったようだ。
たまに飲んでいた葡萄酒とは、味が全く違っていた。
一緒に出てきた料理も食べてみようか。
葡萄酒を置いてフォークを持とうとしたが。
手の甲に感じる熱い痛みが、俺が負けたことを思い出させた。
あの男、女だからといって手加減はしなかったな……それがむしろ、清々しかった。
腕相撲をした後、赤くなってしまった手の甲を軽くさすった。
そしてフォークとナイフを使い、肉を大きく切って一口食べると、口の中でとろけて消えた。
翌日。
久しぶりに飲んだ葡萄酒のせいで、少し寝坊をしてしまった。
飯を作れとせっつく師匠もいないのだから、急ぐ必要もなかった。
とはいえ、このまま発つのも名残惜しい……最高級の葡萄酒なんて、次いつ飲めるか分からないし。
俺は酔わない程度に、もう一杯だけ飲むつもりで、昨日立ち寄った酒場へ向かった。
ところが……
「ないんです。ない。最高級の葡萄酒は一滴もありません」
今朝、村の倉庫に置いてあったワインを一斉に盗まれたという。
最高級のワインを飲めずに発たねばならないという事実にショックを受け、呆然としていた私の元へ、昨日私と腕相撲で雌雄を決した者が訪ねてきた。
「流石は女神様に選ばれし勇者。村の困難を見て解決しようというのですか? ならば、私も犯人を捕まえるために力を貸しましょう。」
どちら様ですか?




