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16. クラドの贈り物(完)

クラドは温泉に入るというリエンを残し、

先ほどリエンが温泉街を眺めていた時に目を留めていた場所へと向かった。

そうして辿り着いたアクセサリーの露店には、ブレスレットやイヤリングなど女性向けの品々が所狭しと並んでいた。


その中でクラドの目を引いたのは、指輪の陳列棚だった。

クラドが熱心に指輪を見ていることに気づいた商人が、誰のために指輪を買おうとしているのか尋ねた。


「知人に贈り物をするつもりです」

「指輪を? もしかして、その知人は女性かな?」

「ええ」

「決めかねているのなら、私が勧めてあげようか」


指輪の種類があまりにも多く、

この手の品には縁がなかったクラドは、

指輪を選んでくれるという商人の申し出を快く受け入れた。


「彼女さんかな? それとも婚約者か?」

「どちらでもなく、ただの友人です」

「おや、ただの友人に指輪を贈るという御仁は初めて見たな。それなら……そうだな、これはどうだい?」


クラドから見ても、女性が好みそうな指輪だった。

しかし、これまでのリエンを思い返すと、どうだろうか……。


「素敵ですが、どうでしょうか」

「なら、これは? あるいはこっちは?」


商人が見せるものはどれも小さな宝石が嵌まっていて綺麗だったが、なぜかクラドの心には響かなかった。


「これも嫌、あれも嫌と言われては、私にどうしろと言うんだ? これなら、君が直接選んだほうが良さそうだな」


指輪を贈りたいという気持ちは確かだったが。

目に映るどれもが、クラドの感性にはしっくりこなかった。


かといって、適当なものを贈るわけにもいかない。

しばらくその場に留まり指輪を眺めていると、

商人がなぜ指輪を贈ろうとしているのか理由を尋ねた。


「知人が貰い物の指輪を失くしてしまったので、一つ用意してやろうと思いまして」


リエンが少し前に、使い魔の宿っていた指輪を失くしたことをクラドは知っていた。

リエン自身が直接失くしたと言ったことはなかったが、指輪をはめていた指を癖のようにいじる姿を時折見せていたからだ。


たとえ使い魔のような高度な魔法的機能はなくとも、ないよりはマシだろう。


「そうかい、贈り物か……派手なものを見せたら嫌がられたな。なら、こういうのはどうだ?」

「先ほど見せてもらったものより見劣りしますが」

「贈り物というのは派手さが全てではないさ。時には心がもっと重要なんじゃないかな」


なるほど。

これまで騎士になるために家門の支援を受けるばかりで、何かを誰かに贈ったことなどなかった。

贈り物を悩む暇があるなら剣を一振りでも多く振るい、競争相手に勝てば、関心のなかった両親も一瞬だけはクラドに関心を向けてくれたからだ。


使い魔が宿っていた指輪も無骨なものだったことを思い出したクラドは、その中から適当そうな指輪を選んだ。


「これにします」


クラドの手には、銀色の無骨な指輪が握られていた。



温泉を堪能した後、私は目を付けていた温泉卵を一つ買って食べた。

さっきまで温泉に浸かっていたせいか、卵が口の中でとろけて消えていくようだった。

もっと食べたかったけれど、もうすぐ夕食の時間なので次回の楽しみに取っておくことにした。


宿から借りた服に着替えると、いつの間にか日は落ちていた。

部屋でくつろいでいると、夕食の膳が運ばれてきた。


フォークとナイフを手に取り、卓上に綺麗に並べられた料理を食べようとしたのだが。

クラドがこちらの様子を伺っているようで、なかなか食事に手が伸びなかった。


何かしら?

普段、私の顔色なんてこれっぽっちも気にしない人が。

温泉上がりの私の姿に見惚れてしまったとか?

まさか、そんなわけないわね。

これまでのクラドの様子を思い返してみても、そんな素振りは微塵もなかったし。


「食べないんですか?」

「食べますよ。さあ、召し上がってください」


これくらい言えば伝わったかしら。

私は再び料理に集中した。

肉を一口サイズに切り分け、口に運ぶ。

すると、肉が口の中で雪のように溶けてなくなった。


「美味しすぎる……!」


ここに来て本当に良かった。

褒めてあげたいわ、過去の自分を。


「早く食べないと。何をぼーっとしてるんですか」


私は美味しい料理を前にちびちびと手を動かしているクラドに一言投げかけ、目の前の肉に集中した。

付け合わせの野菜などもあったけれど、私の口には合わなかった。


その時だった。

クラドが手をもじもじと動かしたかと思うと、小さな箱を差し出してきたのだ。


卓上に置かれた小さな箱。


「これは何ですか?」

「贈り物です」

「……贈り物?」


何かしら。

食べ物ではなさそうだけど。

私に贈り物をしようとして、いつもと違う様子だったのね。

なんだか、クラドに対して申し訳ない気持ちになった。


「贈り物、ありがとうございます」


お礼を言いながら、私は小さな箱を手に取った。


「中身は何ですか?」

「開けてみてください。お気に召すかどうかは分かりませんが」


何だろう。

軽く振ってみると、軽かった。

聞いても教えてくれそうにないし。

私はドキドキしながら箱を開けてみた。


すると、そこには指輪があった。

私はこの状況を飲み込めずにいた。

しばらく硬直していた私は、ようやく重い口を開いた。


「……どうしてこれを? 他の人に渡すはずのものが間違って届いたんじゃなくて?」

「いえ、リエンのものです」

「だから、どうしてこれを?」


本当に分からない。

なぜ私が指輪を贈られたのか。

私が怪訝そうな顔をすると、彼は数ある品の中からなぜ指輪を選んだのかを語り始めた。


「使い魔が宿っていた指輪を失くしてから、指輪をはめていた指をいじっているのを何度か見かけましたから」


あっ。

あれを見られていたのね。

意外と繊細なところがあるじゃない。


「失った指輪の代わりにはなれませんが、ささやかな贈り物でリエンの不安を拭うことができればと思いました。今回、痛感したのです。リエンこそが勇者なのだと。これまでの私は、心のどこかでリエンが勇者であることを認められずにいたようです。あるいは、自分では納得していたつもりでも、心の奥底では勇者になれなかった自分がリエンを嫉妬していたのかもしれません」


指輪をくれた理由を聞いただけなのに、なんだか食事の途中でシリアスな雰囲気になってしまった。

けれど、クラドの言葉は真実味に溢れていて、私は黙って彼の話に耳を傾けた。


「リエンと過ごした時間は長くはありませんが、これまでの姿や、先ほどの街でのリエンの行動を誰よりも近くで見てきた私は悟りました。リエンでなければ、誰も勇者にはなれないのだと」


黙って聞いていたら、恥ずかしくて死んでしまいそうだわ。

私はクラドが思っているような、そんな立派な人間じゃないのに。


「リエン、今も世界のどこかでは、起きてはならない過ちが繰り返されています。いくら力を尽くしたところで、かつてのような悲劇が完全になくなることはないでしょう。ですが、魔王のいない世界は今より少しはマシな場所になると信じています。いえ、信じたいのです。首都に着けば別れることになりますが、これから険しい旅路を歩むことになるリエンの不安を少しでも和らげる助けになればと、この指輪を贈ったのです」


クラドの言葉を聞き。

手の中の指輪を見つめた。

師匠からいただいた指輪と同じように、無骨な形だった。

目立たないし、これなら砕けた指輪を修理するまでの代用品として身につけても良さそうだ。


「不快であれば、受け取らなくても構いません」

「もう、一度くれたものを奪い返す人がどこにいるのよ」


そう言って、私は指輪を指にはめた。


「食事を前にして、何をそんなに深刻な顔で話してるんだか。ただの友達だから贈った、と言えば済む話でしょうに」


私は指輪をはめた手を、クラドに見せつけるように振ってみせた。


「見て。どう? 似合ってる?」

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