15. クラドの贈り物
クラドがいなければ、共同墓地での一件はあらぬ誤解を招きかねない状況だった。
幸いにも、墓荒らしのような罪を着せられて牢獄に入れられるような事態にはならなかった。
そして今回の事件で唯一生き残った女性の身元を確認した結果、アーサーの姉であるリリーで間違いなかった。
だが、あの魔法使いが何をしたのかは分からないが、リリーの体は極度に弱っており、病院の世話になることになった。
さらに精密に調べた結果、リリーからは何の魔法的な兆候も確認されなかった。
エマから受け継いだ魔法の才能のようなものは、今回の事件で消え去ったようだった。
あんな目に遭ったのだから、一般人として生きるのも悪くないのではないかと思う。
「リエンお姉ちゃん、ありがとう!」
私に飛びつくように抱きついてくるアーサー。
「うっ!」
まだ8歳だというが、男の子のせいか私の体がよろめいた。
力も相当なもので、腰をぎゅっと抱きしめられて息苦しい。
それでも、こんなに喜ぶ姿を見ると、これまでの苦労が報われるような気がした。
突き放しはしなかった。
代わりに手を伸ばして、アーサーの頭をくしゃくしゃに撫で回した。
「えへん、このお姉ちゃんをどう思う? 約束は守ったわよ」
私はやると言ったらやる女なのだ。
「信じてました。最高です!」
もっと讃えるがよい。
迷える子羊よ。
そして当然ながら、共同墓地での出来事は街の領主の耳にも入った。
最後に剣を振るって戦った時の姿を目撃した人があまりに多く、ここでの出来事を忘れてほしいと言って済む話ではなかったのだ。
そんなわけで、領主の招きで食事の席に招待されたりもした。
料理人が気合を入れて作った料理なのか、確かに味は格別だった。
「素晴らしい功績を立てられましたな。勇者様がドラゴンを! 一撃で! 討ち取ったと兵士たちから聞きましたぞ!」
ぶっ。
領主のあまりに情熱的な身振りと突拍子もない言葉に。
口に含んでいた料理を吹き出しそうになったが、かろうじて堪えた。
「ええ、まあ……そうなっちゃいましたね」
「ははは、照れることはありません。本来、そうした功績は隠すものではなく、赤子でも知ることができるよう盛大に知らしめるのが美徳というもの。そしてこれは心ばかりですが、ささやかな報酬です」
領主から受け取った10ゴールド。
ささやかな報酬にしては多いような気もするが。
私がこの街のためにしたことにしては少ない気もする。
だが、金を目当てにしたことではなかったので、こうした臨時収入はいつでも歓迎だった。
ありがたく使わせてもらうと言って受け取った。
「私がその場にいたならば、大きな助けになれたものを……惜しいことをしました」
なぜか領主様の言葉が以前よりも面白く聞こえるのは気のせいだろうか。
一言一言が楽しく、話すたびにユーモアがある人のように感じられた。
領主様のおかげで、楽しい食事の時間を過ごすことができた。
そして、旅立ちの日がやってきた。
「リエンお姉ちゃん、もう行っちゃうの?」
「この身、多忙につき」
「ちぇー……」
「これまで私たち姉弟にしてくださったこと、一生感謝しても足りないほど大きな恩義を感じております。これからの旅路、勇者様の行く手に祝福と平穏があらんことを女神様に祈っております」
「ありがとうございます。お大事にしてくださいね。アーサー、あんたも元気でね。お姉ちゃんに会いたいって泣いちゃダメよ」
城門の前で挨拶を交わし、道を進み始めると。
「リエン、今度立ち寄った時は僕に会いに来なきゃダメだよ!」
遠くからアーサーが私の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
私が遠くへ離れたからって、呼び捨てにしやがって。
今度会ったら今日のことを思い出させて、デコピンの刑に処してあげよう。
クラドと並んで歩いていると。
領主の城であったことを持ち出して私をからかってくる。
「いやはや、実に見事でしたな。勇者様がドラゴンを! 一撃で!」
大げさな身振りで領主の言葉を真似しているが。
領主様はお金もくれたし、あれで良かったのだ。
だがクラド、お前がやるのか? これは、いくら優しい私でも我慢ならない。
「クラド、恐怖の苦しさを味わってみたいですか? 行き場を失った拳が見えませんかね?」
私は拳を固く握り、我慢ならないといった様子で振りかざしてみせた。
◇
街を離れ、首都へと向かう道中。
私は分かれ道の真ん中で、重大な問題に直面していた。
「左の方が早いです。右に行けば遠回りになりますし」
「うーん、時には分かっていても遠くて険しい道を行かなければならない時があるわ。私はそれが今だと思うの」
左は次の村までそう遠くない道。
右は少し遠回りになるが、温泉街へと向かう道だった。
温泉街は王国内でも観光地として有名で、多くの人が訪れるという。
師匠の下で魔法を学んでいた頃、毎晩小さな温泉に浸かって一日の疲れを癒やしていた私にとって、今ほど温泉を渇望した時はなかった。
選択肢がなければ忘れていられるから問題ないけれど。
温泉に入れるという選択肢が与えられてしまうと。
温泉街に行きたいという欲望が頭をもたげた。
私は口を固く結び。
最大限に可哀想な表情を作ってクラドを見上げた。
そんな私をじっと見つめるクラド。
しばらくして彼は肩をすくめると、しぶしぶといった様子で好きにしろと言った。
「まあ……結局どこを通っても目的地は同じですからね。どこへ行きたいか、リエンが決めてください。私は従います」
「やった! それじゃあ、私を信じてついてきて! 私が先導するから」
私は当然のように右へと体を向けた。
どれくらい歩いただろうか。
しばらく歩き続けると、いつの間にか目の前に街が見えてきた。
一般的な村ではなく観光地だからか、その規模はかなり大きかった。
そして街に近づくにつれ、風が吹くたびに空気中に漂う硫黄の匂いが鼻先をかすめた。
街の中へ進入。
街に入ると、初めて見る食べ物も多く、不思議な見世物も溢れていた。
私はあちこちをほっつき歩いて見物を続けていたが、とりわけ目を引く食べ物を見つけた。
「店主さん、これ何ですか?」
「焼き鳥というんだが、鶏の部位を食べやすく下処理したものだよ。可愛いお嬢ちゃん、一つどうだい?」
「うーん、それじゃあ一つください。ええ、これで。クラドも食べます?」
嫌なのか首を振る。
食べたくないなら食べなくていいわ。
私が全部食べてしまうから。
「ありがとうございます。ごゆっくり」
私は店主から鶏肉で作られた焼き鳥を受け取った。
売っている肉が鶏の部位だということは分かっている。
ただ、木串に刺して売るという発想が珍しかったのだ。
一口食べてみると、味もなかなかのものだった。
食べやすい一口サイズに切り分けられていて。
手で持てるようになっているから、歩きながら食べるのにもちょうど良かった。
一通り見物した後、温泉街での宿を確保した。
私が真っ先にしたいことは、やはり温泉への入湯!
「クラド、私、温泉に入るつもりですけど、一緒に行きます?」
「どうせ男女別に入れるようになっていますから」
「当たり前でしょ。私、馬鹿じゃないんですから。私の言葉は、温泉に入らないかっていう意味だったんですけど」
「先に入ってください。私は用事があるので後で入ります。夕食の時間に会いましょう」
「分かりました。私はここまで来る間に溜まった疲れを癒やしに温泉に入るから。一人で入るからって、いじけないでね」
「私が子供ですか?」
クラドは用事があって温泉に入れないというから、彼の分まで私が楽しまなきゃ。
ところで、温泉に入ろうとした矢先、その前で卵を売っているではないか。
「これは何ですか?」
「温泉卵といって、温泉水で茹でたものだよ」
「へえ……」
わあ、色んなものがあるのね。
後で食べようと心に決めて、私は温泉のある場所へと足を踏み入れた。




