12
「しっ」
私が驚いて声を上げたので、アーサーが静かにしろと人差し指を唇に当てた。
「ご、ごめん」
素早い謝罪。
私が驚いたのは、聖銀が高いからではない。
以前、師匠が言っていたことを思い出したからだ。
聖銀の指輪を何でもないことのように渡しながら、『指輪をはめていて電気が走るような感覚がする場所に行ったら、一時間以上留まるな』と言っていたのだが。
今になって思えば、この街に張られているという結界が、使い魔と相性が悪かったのだ。
街に入る前にどこかでパチッと手に電気が走ったのだが、それが結界を越える時に発生する現象だったらしい。
大きな街には魔族の侵入を防ぐ結界が張られているとは聞いていた。
魔族を殺すほどではないが、結界の近くに行くと吐き気がする程度だと言っていたかしら?
やはり、王都に近づくと美味しい食べ物も多くて良いのだけれど、私のような田舎者には生きにくいということを痛感している。
師匠も師匠だ。
指輪が聖銀でできていることや。
結界で壊れる可能性があることも、ちゃんと言っておいてくれればいいのに。
「それで、指輪の修理はできるかしら?」
「それは難しいでしょうね。聖銀は扱うのが難しくて、どこででも扱えるものじゃないんです」
ダメなのね。
失望感に肩を落とした。
使い魔がいなくなったのは仕方ないとしても。
指輪の修理ができるなら、指にはめて歩けたのに。
思いがけないところで指輪の真実を知ることになった私。
アーサーには私が言ったことを忘れないようにと言い含め、その家を後にした。
宿に戻ると、クラドが待っていた。
アーサーの家に少し長居しすぎたようだ。
パン屋で買ったパンをアーサーに全部あげてきたところだったので、まだ食事をしていなかったのだが、それはクラドも同じだということで夕食を一緒に食べることにした。
料理が出てくるのを待っている間、指に指輪がないことが意識されて、虚しい気持ちになった。
片手で指輪があった場所をさすった。
そして今日、外に出てアーサーという子に会い、彼の姉が行方不明になったという話をさりげなく切り出した。
「私がリエンと出会ってから日は浅いですが、一人で任務を遂行していた時よりも最近の方が、より多くの事件に遭遇しているような気がします」
「へへ、そうですか? 仕事が多くて大変ですね。それで、何か助ける方法はないでしょうか?」
「それがですね……私が朝早くに出かけたのも、その件に関連したことだったようです」
「え? 関連しているって、どういうことですか?」
「最近、この街で人が失踪する届出が増えているとのことで、王都に戻る途中に調査せよとの命を受けました。ですが、リエンが現れてからは、共に王都へ復帰せよという命の方が優先されましたが」
「調査の成果はあったんですか?」
「まだ失踪した人を見つけることはできていません。最初は人をさらう人身売買が行われているのかと思い、そちらを調べてみたそうですが、そのような形跡は見当たらなかったとのことです。ましてや10年前に国が大規模に動き、人身売買に関わった者たちをほとんど処断しましたからね。女性も男性も、性別や年齢に関係なく失踪しているので、より特定が難しいということもあります」
アーサーの話とは違い、街の兵士たちも熱心に捜索しているという。
彼らにも家族がいるだろうし、自分たちが暮らす場所が壊されるのを望まないのは、ある意味当然のことだった。
クラドと話していると、注文した料理が運ばれてきた。
しかし、アーサーとの約束を守れるかという不安で、料理が口に入っているのか鼻に入っているのか、味が感じられなかった。
「とりあえず、街の魔法使いを調査してみるつもりです」
「ゲホッ。え?」
急に何を言い出すのか。
「何か不審なことがあって犯人が見つからないなら、それは魔法使いの仕業ですから」
前にもこんな話を聞いたような気がするけれど……。
魔法使いって、普段から何をして歩いてるのよ。
「とはいえ、数人しかいないはずですから、調査はすぐに終わるでしょう」
翌日。
今度は私も一緒に行ってもいいかと聞くと、快く魔法使いの家庭訪問に同行させてくれた。
クラドが一枚の書類を取り出しながら言った。
「昨日、この街に住む魔法使いの住所を控えてきましたから、順番に回りましょう」
ちらりと見ると、五人もいなかった。
手早く動けば、日が暮れる前にすべて回りきれる程度だ。
最初の訪問先は、老年の魔法使いだった。
「何の用だ?」
「お初にお目にかかります。王室直属騎士のクラドです」
「……王室だと? む、何の用でこのワシを訪ねてきた?」
「最近、この街で人々の失踪が相次いでいるとのことで、調査のためにご協力いただけないかと伺いました」
「そうか。ふむ……失踪者がいるという話は聞いている。だが、人がいなくなったことがワシと何の関係があるというのだ? ワシに何の助けができると……。ああ、貴公は魔法使いを疑っているのだな。くくっ、それで、その失踪したという者の死体は見つかったのか?」
「まだ遺体は一つも出ていないとのことです」
「魔法使いを犯人だと疑っているのなら、まずワシではない。ワシは水属性専門の魔法使いゆえ、死体を遺棄するのには苦労が多い」
書類上でも、水属性の魔法使いとなっていたわね。
「一理あるお言葉です。では、どなたが適任だと思われますか?」
「さあな……この街に風属性の者がいるとは聞いたことがないから、火属性か? いや、火属性の連中は肉はよく焼いても骨まではいかん。骨まで焼き尽くすほどの能力を持つ者がこの街にいるはずもないからな……。土属性を持つ者が最も有力だろう。土に埋めれば済む話だ。……ところで、お嬢ちゃんはなぜあんな男について回っているのだ?」
「友達なんです」
「そうか? 騎士は主人の命令とあれば家族をも殺す信用ならん人種ゆえ、あまり親しくしすぎるのは良くない。孫娘のように思えて言うことだ」
「はは……」
「用が済んだら他へ行け。ワシの貴重な時間を奪うでないわ」
バタン。
そうして扉を閉めて家の中へ戻ってしまった魔法使い。
私たちは彼の助言通り、土属性を使用できる魔法使いを訪ねるため、書類を覗き込んだ。
土属性の魔法使いが一人いたのだが、(元)土属性魔法使いという修飾語がついていた。
これは何かしら?
怪しいけれど、とりあえず土属性の魔法使いが一人いるのだから、訪ねてみることにしよう。
書類にある家を訪ねるのだが、どういうわけか、進めば進むほど私の知っている場所に向かっている気がした。
この街に来て間もないのに、この既視感は何だろう。
そうして到着した場所は……アーサーの家の前だった。
「場所、間違えてないですよね?」
「ここであっています。見てください」
クラドが差し出した書類を覗き込んだ。
確かにあっている……。
アーサーの姉の名前はリリーだった。
そして書類に書かれている名前はエマ。
この家には少し前まで三人が住んでいたのだから。
エマだと推測される人物は、アーサーのおばあちゃんしかいない。
ふと「どうやって?」という疑問が頭に浮かんだ。
これほどの距離なら、気配の弱い初心者魔法使いだとしても私が気づいたはずなのに、気づかなかったなんてことがあり得るだろうか?
かといって、気配を隠せるようなアイテムをアーサーのおばあちゃんが持っているとも思えなかった。
悩んでいる間に、クラドがアーサーの家の扉を叩こうとした。
「ちょっと待って」
手を止めるクラド。
「ここは私がやります。クラドは怖そうな顔をしてるから、私の後ろに立っていてください」
「怖そうな顔など、今まで生きてきて一度も言われたことがありませんが」
「とにかくです。早く」




