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ベンチへと男の子を連れて行った私は、何も聞かずに持っていたパンを差し出した。
子が私から受け取ったパンを食べる姿を眺めながら、私も隣で一つ取り出して口に運んだ。
お腹が空いていたのか、子はあっという間にパンを平らげ、私はその手が空かないよう再びパンを握らせてあげた。
そうして勢いよく食べていたが、ある瞬間、食べる手が遅くなった。
「もっと食べないの?」
「家でおばあちゃんが待ってるんです。行かなきゃいけないんだけど、これ、持って帰ってもいいですか?」
「あんたに食べさせようと思ってあげたんだけど? 持って帰ろうが私に返そうが、好きにすればいいわ」
すると、歯形のついたパンをポケットに入れるではないか。
その姿を見て、私は単におばあちゃんが待っているだけではないのだと察した。
「ありがとうございます。僕は行きますね」
「一緒に行こう。お姉ちゃんが家まで送ってあげる」
「一人で行けるのに」
「嫌ならパンを返しなさいよ」
年上の権威でねじ伏せながら、アーサーの家までついて行った。
男の子の名前はアーサー、8歳だという。
「ここです。送ってくれてありがとうございました」
家に入ろうとするアーサー。その時だった。
「ゴホッ、アーサーかい?」
「うん、僕だよ」
「誰と話しているんだい?」
おばあちゃんの言葉に私を振り返るアーサー。
「あ、友達と話してたんだ」
「お客さんを外に立たせておくわけにはいかないだろう。一緒に中にお入り」
ここまで来て、どうにか中に入れないだろうか?
ダメなら力ずくで押し入ろうかと考えていたその時。
私の心を見透かしたかのように、おばあちゃんが家の中へと招いてくれた。
アーサーが泣きそうな顔をする。
今会ったばかりの私を友達だと紹介したお前の罪を思い知ったか?
アーサーと一緒に家に入った私は、おばあちゃんから温かいお茶をご馳走になった。
「何もありませんが、たくさん召し上がれ。ゴホッ」
「おばあちゃん、少し休んで」
ずっと咳き込んでいるのを見ると、具合が良くないようだ。
アーサーのおばあちゃんが休むと言って奥の部屋へ入ると、リビングには私とアーサーの二人きりになった。
「食べ物をくれたのはありがたいけど、家までついてきた理由は何?」
生意気なこと言っちゃって。
おばあちゃんに聞こえないよう、小さな声で話すアーサー。
その姿が可愛くて、頬っぺたを噛んでやりたい衝動に駆られた。
周囲を見回すふりをしながら。
「そんなに貧乏ってわけでもないわね?」
冗談を言うと、彼の視線がさらに冷たくなった。
気持ち的にはもっとからかいたいけれど。
これ以上やると取り返しのつかないことになりそうなので、いたずらはここまでにしておくことにした。
「実はね。昨日、お姉ちゃんが中央広場でアーサーが兵士たちと一緒にいるのを見たの。お姉さんがいなくなったって聞いたんだけど、見つかったのか気になってね」
「それがお姉ちゃんと何の関係があるんですか? おじさんたちは面倒臭がって、探すふりさえしてくれないのに」
見つかっていない、ということだ。
「さあね。話してくれたら助けられるかもしれないわよ。お姉ちゃんの友達に騎士がいるから、少しは力になれるんじゃないかしら?」
こういう時に必要なのは、まさに知り合いチャンス!
クラドが嫌がるかもしれないけれど。
勇者だと知っている私が頼めば、少しは力を貸してくれるはずだ。
あるいは、この街を治める領主のところへ行って、『あんたたちの王様に会いに行く途中なんだけど、その前に私に協力しなさい』と脅せばいいんじゃないかしら?
騎士が友達だという言葉に、手を休めることなくもじもじさせていたが、勇気を出したようにゆっくりと口を開いた。
「お姉ちゃんがいなくなってから、一週間くらい経ちました」
アーサーの姉がいなくなって一週間。
最初は仕事が忙しくて家に帰れないのだと思っていたそうだ。
以前も仕事が多い時は家に帰らず、貴金属の工房で夜を明かしたことがあったからだという。
「でも、次の日に工房へ行ったらお姉ちゃんがいなかったんです。最初は取引先に行ったのかなと思って待ってみたけど、暗くなるまで帰ってきませんでした。だから急いで失踪届を出したのに、兵士のおじさんたちは何もしないみたいだから、おばあちゃんと一緒にお姉ちゃんを探し回ったんです」
おばあちゃんも一週間前までは元気だったが、お姉さんが行方不明になってから急激に体調を崩したという。
母親と父親はアーサーが赤ん坊の頃に病気で亡くなり、おばあちゃんとお姉さんの三人で暮らしていたと。
だからアーサーも、病人のように食べられていない人のように、顔がこけて見えたのだ。
「それに昨日、兵士のおじさんたちから聞いたんです。最近、街で人の失踪届が増えているから、外を歩き回らずに家にいろって」
「そうなの? とりあえず、おじさんたちの言う通り危険だから夜は出歩かずに、家にいておばあちゃんを守ってあげて。家の中に男はアーサー、あんたしかいないんだから。あんたがおばあちゃんを守らなきゃ。お姉さんのことは、私から友達に頼んでみるから。アーサーのお姉ちゃんが帰ってきた時、あんたとおばあちゃんが病気になってたら、お姉ちゃんは喜ぶと思う?」
「……ううん」
そして、持ってきたパンをアーサーの方へ押しやり、家に置いて食べてと言った。
「ありがとうございます。ところで、お姉ちゃんはこの街に何の用で来たんですか?」
「え? 私、ここに住んでるんだけど」
「ここに住んでないことくらい、見ればわかります。僕がバカだとでも思ってるんですか?」
「違ったかしら?」
ちょっとからかっただけで私を睨みつけるアーサー。
反応が良いから、からかい甲斐があるというものだ。
「実はね、お姉ちゃんは勇者なの。だから今、国王様に会いに王都へ行く途中なんだよ」
「おばあちゃんが、嘘つきは信じちゃいけないって言ってた」
「本当なのに」
私がアーサーの立場でも信じられない話ではあった。
童話でしか見たことのない勇者が目の前にいると言われて、誰が信じるだろうか。
「それに今日は、プレゼントでもらった指輪を修理しようと工房を回ったんだけど、どこもダメだって言うのよね」
「指輪?」
「ええ、指輪。贈り物なんだけど、ここに来たら壊れちゃって」
「ちょっと見せてください」
手を差し出すアーサー。
「え? ちょうだいって? 私がいくらお人好しでも、指輪はパンみたいに簡単にはあげられないわよ」
「そうじゃなくて、僕が見てあげるって言ってるんです」
「あんたが?」
「お姉ちゃんについて回ってたくさん学んだから、人並みにはわかります」
「むふん、じゃあ、一度見せてあげようかしら」
私は懐に入れていた布を取り出し、テーブルの上に広げた。
すると、布を引き寄せて銀の指輪を自分の前に持ってくると、じっくりと観察し始めるではないか。
「業者たちはなんて言ってましたか?」
「直せないって」
「それだけですか? この指輪を売れと言われたとか。あるいは、指輪を高値で買い取るから、自分の店で新調しろと言われたとか」
「えっ? どうしてそれを知ってるの?」
私が立ち寄った店での出来事と、寸分違わず同じことを口にするアーサー。
実は私が勇者であることを知っていて、今まで後をつけてきたのではないかと、ふと疑ってしまうほどだったが。
「ここでは詳しく確認できませんが、状況からしてこれ、銀の指輪じゃなくて聖銀みたいですよ?」
「聖銀?」
師匠からもらった指輪は銀の指輪ではなく、真銀の指輪だという。
聖銀。
銀とよく似ているが。
数量が少なく入手が困難で、その有用性の高さから金よりも高価とされる鉱物だった。
「これが?」
「はい。聖銀だと思います。前に一度見たことがあるんです、こういう指輪。魔法的な処理がされているようですが、街に張られている結界と相性が悪いと、こうなることがあるって聞きました」
「ええええええっ!?」




