表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫の路  作者: 枕川うたた


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/11

第六話

 千姫は自室で何度も思い返していた。

 淀殿の圧倒的な威圧感と、それとは対照的な秀頼の優しさ。


 その両極端な印象が、彼女の心を揺さぶった。

 特に、秀頼の瞳の奥に宿る深い孤独は、千姫の胸に強く響き、まるで自分と同じ寂しさを抱えているかのように感じられたのだ。


 千姫は、部屋の片隅に座り、窓の外の月を眺めていた。


 夜の大阪城は、昼間の喧騒とは全く違う顔を見せていた。

 活気は影を潜め、代わりに、重厚な静けさが城全体を包み込んでいる。


 月明かりに照らされた石垣は、その影をさらに濃くし、まるで巨大な怪物が眠っているかのようだった。


 その時、襖の向こうから、かすかな話し声が聞こえてきた。

 千姫は、好奇心に駆られて、そっと襖に耳を当てた。

 声の主は、淀殿と秀頼。彼らが話す内容を、千姫は一言も聞き逃さないように、神経を集中させた。


「秀頼、そなたはあの娘をどう思う?」


 淀殿の声だった。

 いつもと違い、その声には、威厳の影はなく、ただ、母親としての深い愛情が感じられた。


「…とても、可愛らしい方です。母上によく似ておられるように思います」


 秀頼の声も、普段よりも少し幼く、無邪気に聞こえた。

 その言葉に、千姫は安堵を覚えた。

 しかし、次の淀殿の言葉が、その安堵を一瞬で打ち砕いた。


「そうか。…しかし、そなたは、あの娘の父を…徳川の血を引く者を、決して心から信じてはならぬ」


淀殿の声が、再び厳しさを帯び、氷のように冷たい響きを持った。

千姫は、心臓を直接掴まれたかのように感じ、その場に固まった。


「母上、何を言っておられるのですか!」

「私は、千姫を妻として迎えるのです。徳川様は、この結婚を許してくださった。どうして信じてはならぬと……」


 秀頼の声は、先ほどの優しい調子とは打って変わって、強い戸惑いと反発に満ちていた。

 彼は、この結婚が、ただの政略ではないと信じたいのだろう。


「わかっておらぬな……秀頼。これは、徳川の策よ。太閤様が築かれた豊臣の世を、虎視眈々と狙っておるのだ」

「そなたが、徳川様の血筋を身近に置くことで、豊臣の力が弱まるのを待っておるのだ。お前は、そのことを忘れてはならぬ」


 淀殿の言葉は、まるで巨大な波のように千姫に押し寄せた。


 自分の存在が、ただの政略の駒であることを、改めて突きつけられたのだ。

 千姫の小さな体は、恐怖で震え始めた。


「……では、私はどうすれば良いのですか? 千姫を、信じず、遠ざけるべきと?」


 秀頼の声は、千姫と同じ、不安と悲しみに満ちていた。


 千姫は、思わず涙がこぼれそうになった。

 秀頼は、自分と同じように、この運命に抗うことができずにいるのだ。


「秀頼、そなたは豊臣の跡継ぎ。太閤様が築かれたこの天下は、そなたが守らねばならぬ」

「たとえ、この先、何があろうと、そなたは豊臣の主として、強く生きねばならんのじゃ」

「千姫は……千姫は、あくまで、豊臣と徳川を結ぶ、橋なのだ。その橋を、どう使うかは、そなたの双肩にかかっている」


 淀殿の声は、静かだった。


 しかし、その声には、深い悲しみと、そして、我が子を守ろうとする母の、壮絶なまでの覚悟が宿っていた。

 千姫は、その言葉を聞いて、淀殿の威圧的な態度が、秀頼を守るためのものだったのだと悟った。

 彼女は、我が子を、この天下の渦から守ろうと必死に戦っているのだ。


 千姫は、そっと襖から離れた。

 外の月明かりが、彼女の小さな体を優しく照らしていた。

 千姫は、秀頼の孤独の理由がわかった気がした。

 彼は、淀殿の大きな愛と、豊臣の重い運命の狭間で、一人、戦っているのだ。


 千姫は、静かに決意した。

 この結婚は、ただの政略結婚かもしれない。

 しかし、自分は、秀頼の味方になろう。

 彼の孤独を、少しでも和らげてあげたい。

 七歳の小さな胸に、千姫は、夫となる少年への、かすかな愛情が芽生えるのを感じていた。


 彼女は、もう一人ではない。

 二人の孤独な魂が、この巨大な城の中で、静かに寄り添い始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ