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姫の路  作者: 枕川うたた


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第四話

幾日も旅を続け、ようやく千姫の行列は大阪の街に入った。


これまで見てきた東海道の宿場町とは、明らかに空気の色が違っていた。

道行く人々の顔は、どこか精悍で、活気に満ちている。

町並みも、江戸よりもさらに活気に満ちており、道幅は広く、店々は軒を連ね、様々な国の物資が所狭しと並べられていた。

千姫の駕籠は、そんな賑やかな道を、ゆっくりと進んでいく。


駕籠の窓から外を覗くと、目に映るのは、江戸のそれとは全く異なる光景だった。


東海道の宿場町では、旅人や商人、そして農夫が行き交っていたが、大阪の街では、さらに多様な人々がいた。

町を流れる水路には、物資を積んだ大きな船がひしめき合い、船頭たちが威勢のいい声で、互いに呼びかけている。

橋の上には、様々な言語が飛び交い、千姫がこれまでに耳にしたことのない、異国風の言葉も聞こえてくる。


「何だろう…」


千姫は、好奇心に駆られ、駕籠の窓をわずかに開け、身を乗り出した。


目に飛び込んできたのは、異国から来た商人であろうか、見たこともないような華やかな衣装を身につけた者たちが、珍しい品物を並べている光景だった。


南蛮渡りのガラス玉や、鮮やかな色彩の布、そして、嗅いだことのない甘い香りの香辛料。

道端では、軽快な三味線の音色に合わせて、人々が楽しそうに踊り、笑い声をあげていた。


江戸の街では、武士が肩で風を切って歩いていたが、この街では、武士の姿は少なく、ほとんどが町人や商人のようだった。


彼らの顔は、誰もが活気に満ち、日々の生活を謳歌しているように見えた。

それは、徳川の厳格な統治下にある江戸とは、まるで違う、自由で活気に満ちた世界だった。


千姫の駕籠が通ると、人々は道を開け、頭を下げた。

しかし、その眼差しには、畏敬の念だけでなく、どこか好奇心と、そして誇りも感じられた。


それは、この街が、天下の豊臣家の膝元であり、多くの富と文化が集まる場所であるという自負からくるものだろう。


千姫は、この街の熱気に、少しだけ心が躍った。


やがて、遠くの地平線に、巨大な影が現れた。

それは、空高くそびえる、巨大な城だった。


千姫が育った江戸城は、白く美しい城だったが、大阪城のそれは、もはや城というよりも、一つの巨大な山のように見えた。


天守閣の最上層に輝く金の鯱は、遠くからでもその存在感を誇示し、まるで太陽の光を集めているかのようだった。


行列が城に近づくにつれて、その威容はさらに増していった。


巨大な堀は、幅広く、深い。その水面には、城壁の影が映り込み、その姿をさらに大きく見せていた。

堅牢な城門は、その威圧感で千姫の心を萎縮させた。


千姫は、駕籠の中で息をのんだ。

これまで、徳川の姫として、自らの立場に誇りを感じていた。


しかし、この巨大な城を前にして、彼女の小さなプライドは、まるで砂のように崩れ去っていくのを感じた。


この城は、まるで生きているかのようだった。


その巨大な石垣は、豊臣の威光を誇示し、その天守閣は、天下に君臨する豊臣家の権力を象徴していた。

千姫は、この城に嫁ぐのだ。

この城の主となる、豊臣秀頼の妻となるのだ。その事実が、彼女の心を再び重くした。


門をくぐり、行列は城内へと入っていく。

城内もまた、外の町並みに劣らず、活気に満ちていた。


侍たちがせわしなく行き交い、豪華絢爛な建物が立ち並んでいる。

江戸城の質実剛健な雰囲気とは、全く違う世界だった。

千姫は、まるで別の国に迷い込んだかのような錯覚を覚えた。


やがて、駕籠は本丸の御殿の前に到着した。

千姫が駕籠から降り立つと、そこには、華やかな着物を着た侍女たちが、ずらりと並んで千姫を待っていた。

彼女たちの顔には、徳川の行列を迎えるための、完璧な笑顔が浮かんでいた。

しかし、千姫には、その笑顔の奥に、何か冷たいものが隠されているように感じられた。


千姫は、深呼吸をして、顔を上げた。この場所が、自分の新しい居場所なのだ。

悲しみや不安に囚われている場合ではない。

これまでの旅路で芽生えた、小さな覚悟を胸に、千姫は、淀殿と秀頼が待つであろう御殿へと足を踏み入れた。


彼女の「路」は、まだ始まったばかりだ。

しかし、この壮麗な城の門をくぐった瞬間、千姫の運命は、もう後戻りできない場所へと動き出したのだ。

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