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姫の路  作者: 枕川うたた


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第四十一話

坂崎出羽守直盛は、戦国の世に生きた武将である。

宇喜多氏の家臣として仕えた後、関ヶ原の戦いを経て徳川家に従う。正室には宇喜多氏の重臣であった戸川秀安の娘を迎えた。

元和元年(1615年)の大坂夏の陣では、燃え盛る大坂城から千姫を救い出した功績により、家康から高く評価され、津和野藩主として大名に取り立てられた。

しかし、この英雄的な行動の裏で、彼の千姫への想いは、周囲の理解を超えた執着へと変貌していく。


大坂夏の陣より数か月後。

坂崎出羽守直盛は、家康から与えられた広大な領地を前に、複雑な思いを抱いていた。

かつて、彼は燃え盛る大坂城から千姫を救い出した英雄として、世間の賞賛を一身に集めた。

その功績は、家康にも認められ、坂崎家は一気に大名へと躍り出た。

しかし、彼の心は満たされることはなかった。

領地の広さも、家臣たちの称賛も、彼の空虚な心を埋めることはできなかった。


坂崎の口から漏れるのは、いつも千姫の名ばかりだった。

大坂城の炎の中から救い出した、あの小さな、か弱い姫。

彼の腕の中で、震えながら「怖い、怖い」と呟いた千姫の姿が、坂崎の脳裏に焼き付いて離れなかった。

彼は、千姫を救ったのは、徳川のためでも、家康のためでもない、ただ千姫のためだと思っていた。

しかし、その感情はいつしか、歪んだ執着へと変わっていった。

彼は、千姫を「救った」のではなく、千姫を「手に入れた」のだと錯覚していた。


千姫は、自分だけのもの。


自分だけが、千姫を理解し、守ることができるのだと、坂崎は強く信じていた。

その自信は、大坂城で負った顔の傷を覆う鉄仮面の下で、醜く膨らんでいった。


そんな中、江戸から一通の書状が届いた。

家康からの、千姫再嫁の報せであった。

「本多…忠刻だと…?」

書状を握りしめた坂崎の顔は、驚愕と怒りで歪んでいた。

書状に記された「千姫の幸せを願って」という家康の言葉が、彼の心を激しく揺さぶる。

坂崎は、書状を無言で引き裂くと、激しい怒りを込めて床に叩きつけた。

その音に、家臣たちは震え上がった。


坂崎は、かつて家康が自分にかけた言葉を思い出していた。

大坂城の救出後、家康は千姫に「そなたは坂崎の働きにより、命を長らえた」と優しく語りかけ、一方で坂崎には冷たく言い放った。

「千姫の身を案じ、命をかけて尽くしたこと、褒めてやる。だが、千姫は徳川の姫。それ以上でも、それ以下でもない」

あの時の冷たい眼差しは、坂崎の千姫への特別な感情を見透かし、それを否定するものだった。


坂崎の屋敷には、連日、不穏な空気が漂っていた。

家臣たちは、殿の異変に気づき、困惑していた。

「殿、千姫様のご再嫁は、徳川家の悲願にございます。…坂崎家のためにも…」

家臣の一人が恐る恐る諫言すると、坂崎は激しく怒鳴りつけた。


「黙れ!千姫様は、誰のものでもない!ましてや、徳川の道具などではないわ!」

坂崎の眼は、狂気じみた光を宿していた。

彼は、千姫を救ったという英雄の立場を振りかざし、家康の決定に反発する動きを見せ始める。

「千姫様…私は必ず、貴方をこの手で救い出します…」

坂崎は、夜空を見上げ、独り言ちた。

その言葉は、もはや千姫への愛ではなく、狂気じみた執着へと変貌していた。

坂崎の胸中には、家康への激しい憎しみと、千姫を独占したいという歪んだ欲望が渦巻いていた。


坂崎の歪んだ執着は、ついに暴走を始めた。

千姫が再嫁のため本多家へと向かう道中、彼は千姫を強引に奪い取ることを決意する。

この無謀な計画は、しかし、徳川家から事前に察知されていた。

彼の家臣の中には、坂崎の狂気を憂い、密かに情報を幕府に伝えていた者がいたからだ。


家臣の裏切りを知った坂崎は激昂し、自邸に立てこもった。

彼の行動は、もはや幕府への反逆とみなされた。

坂崎の屋敷は、本多家から差し向けられた兵に厳重に囲まれた。

狂気に駆られた坂崎は、自らの剣を抜き、家臣たちに無言で立ち向かおうとする。

「斬れ!この裏切り者どもめ!」

しかし、彼の近臣たちは、これ以上の恥を晒すことはできないと判断した。

彼らは、殿の狂気を止め、坂崎家を守るために、主君である坂崎を自らの手で討ち取った。

坂崎の首級は、本多忠刻の元へと届けられた。


千姫は、この事件の顛末を知ることはなかった。

坂崎が、自分を救った功績を盾に、再嫁に反対し、ついには自滅したこと。

その全ては、徳川家によって闇に葬られた。

千姫は、ただ静かに本多家へと嫁いでいった。

坂崎の千姫への執着は、誰にも知られることなく、悲劇的な結末を迎えたのである。

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