第二十一話
淀殿の疑心は、千姫を深く追い詰めていた。
監視の目が厳しくなるにつれ、秀頼と自由に言葉を交わすこともままならなくなり、二人の心は少しずつ引き離されていくようだった。
千姫は、秀頼の悲しい瞳を見るたびに、胸が張り裂けそうになった。
「このままでは、秀頼様と私は、永遠に分かり合えない…そして、この豊臣の城も、いつか…」
千姫は、自室で、秀頼の文を燃やした時のことを思い出していた。
あの時、秀頼を守るために下した決断が、今、自分と秀頼の間に、深い溝を作ってしまっている。
千姫は、この状況を打破するためには、もはや、祖父、家康の力を借りるしかないと、苦渋の決断を下した。
「秀頼様…どうか、お許しください。これは、あなた様を裏切るための密書ではございません。あなた様と、豊臣家をお救いするための、最後の手段なのです…」
千姫は、震える手で筆を執り、家康への密書を書き始めた。
千姫は、密書にこう記した。
「祖父上様、千にございます。この書が、祖父上様の御心に届くことを切に願っております。
この大阪城では、淀殿様が徳川に対する深い疑心を募らせておられます。些細なことにも、徳川の陰謀かと警戒し、城内の空気は日に日に張り詰めております。秀頼様は、そのような淀殿様の御心を憂い、平和を心から願っておられます。
先日、秀頼様は、祖父上様からの和解の申し出を快く受け入れられました。その時、秀頼様の御顔に浮かんだ安堵の表情を、千は生涯忘れることはできませぬ。しかし、淀殿様は、その申し出を徳川の罠と疑い、秀頼様の文をも奪い取り、焼き捨ててしまわれました。千は、秀頼様の純粋な御心を、淀殿様の疑心から守るため、止むを得ず、その場に立ち会った次第でございます。
このままでは、淀殿様の疑心は、秀頼様と祖父上様の絆を断ち切り、戦の火種となりかねません。秀頼様は、決して戦を望んではおられませぬ。どうか、この千の言葉を信じ、秀頼様の御心を理解し、淀殿様の誤解を解いて頂きたく、この密書を送る決断をいたしました。
この書が、私を裏切り者と映すかもしれません。ですが、私は、ただ秀頼様と豊臣家の平和を願い、この苦渋の決断を下しました。どうか、千の真意をお察しいただき、この悲劇を止めるための御力添えをお願い申し上げます。千姫、謹んで申し上げます。」
書き終えた密書を前に、千姫は涙を流した。これは、愛する夫、秀頼を裏切る行為ではないか。祖父に、夫の家の秘密を晒すという行為は、千姫の心に深い罪悪感を刻みつけた。
しかし、千姫は、自らの苦悩よりも、秀頼と豊臣家の未来を優先した。もし、家康が淀殿の暴走を止めなければ、このままでは、徳川と豊臣の戦は避けられないだろう。千姫は、自らが、この悲劇を止めるための、唯一の希望だと信じた。
千姫は、信頼のおける侍女に密書を託した。
侍女は、千姫の決意を汲み取り、命がけで、密書を家康のもとへ届けようと、大阪城を出発した。
密書が家康のもとに届くまでの間、千姫の心は、激しく揺れ動いた。
秀頼の信頼を失ってしまうかもしれないという恐怖、そして、自分が下した決断が、本当に正しいのかという不安。
しかし、千姫は、秀頼の未来のため、ただひたすらに、耐え忍んだ。
二人のは、今、血と涙に満ちた、過酷な運命へと向かっていた。




