第十七話
数日後、淀殿の侍女たちに捕らえられた菊乃は、大阪城の地下にある薄暗い牢に閉じ込められていた。
石の床は湿り、冷気が肌を刺す。鉄格子の窓からは、わずかな月明かりしか差し込まず、菊乃の心に重くのしかかる。
ここで初めて、自分自身の行動が、いかに軽率で無謀であったかを痛感した。
「私が、お姫様を…」
もし、自分がこの牢にいることが千姫に知られれば、彼女はどれほど心を痛めるだろう。
淀殿の侍女たちが放った、千姫と秀頼の関係を引き裂くという言葉が、菊乃の耳から離れない。
自分の存在が、千姫のささやかな幸せを壊し、彼女を深い悲しみの淵に突き落とすことになると悟ったのだ。
「…私が、この城にいるべきではない」
菊乃は、自らの命がどうなろうと、千姫の幸せを願う気持ちに変わりはなかった。
千姫をこれ以上苦しめないために、自分がこの場所から去ることが最善の道だと悟った。
彼女がここにいる限り、淀殿の疑念は消えず、千姫と秀頼の間の不信感はさらに深まるだろう。
菊乃は、この牢獄から脱出し、誰にも知られずに大阪城を去ることを決意した。
「お姫様…どうか、私のことを、お忘れください」
それは、千姫に別れを告げることは、かえって千姫の心を乱すことになるだろうと考えた、菊乃の苦渋の決断だった。
その夜、菊乃は決意を固めた。かつて、父から聞いた抜け道や、普請に関わった者ならではの知識を頼りに、脱出の機会を窺った。
淀殿の侍女たちは、徳川の姫の侍女を捕らえたことに満足し、警戒を緩めていた。それが、菊乃にとっての唯一の幸いだった。
深夜、看守が寝静まったのを確認し、菊乃は牢の鍵を、あらかじめ用意していた細い針金を使って器用に開けた。
父親から教わった、武士としての知識が、こんな形で役立つとは思いもしなかった。菊乃は、音を立てないように、静かに牢を出た。
闇に紛れて、菊乃は城内を進んだ。彼女の心は、千姫を案じる思いと、千姫の幸せを壊してしまった後悔で引き裂かれていた。
千姫の部屋の前を通るたびに、彼女の寝顔をもう一度見たいという衝動に駆られたが、千姫を危険に晒すわけにはいかない。
菊乃は、その衝動を必死に抑え込み、歩を進めた。
彼女は、父親から聞いた、城の地下にある秘密の通路へと向かった。
その通路は、城の普請に関わった一部の者しか知らない、隠された道だった。
菊乃は、その知識を頼りに、幾重にも重なる城の石垣を、一つ一つ確認しながら進んでいく。
そして、ようやく、その通路の入り口を見つけた。
菊乃は、その隠された通路を通り、無事に大阪城を脱出した。
振り返ると、そこには、巨大な大阪城がそびえ立っていた。
あの城の中に、愛しい千姫が眠っている。
彼女を一人にしてしまった後悔が、菊乃の心を締め付けた。
菊乃は、大阪城を脱出し、夜の闇に紛れて歩き始めた。
彼女の心は、千姫を案じる思いと、千姫の幸せを壊してしまった後悔で引き裂かれていた。
「お姫様…」
菊乃は、心の中でそっと千姫の名を呼んだ。
もう二度と会えないかもしれない。
その事実が、菊乃の胸に重くのしかかる。
しかし、千姫の幸せを遠くから見守ることを胸に誓い、菊乃は、一人、長く険しい旅路へと向かう。
その足取りは、もはや江戸を目指すときの軽やかなものではなかった。
愛する人を守るために、自らを犠牲にするという重い決意を秘めた、孤独な旅だった。
彼女は、千姫に再会することなく、彼女の無事をただ祈ることしかできない、孤独な旅が始まった。
この決断は、彼女自身の人生を大きく変えることになった。




