第8話 ある透明少女の幼い初恋 中編
「ねえ、僕って生まれてきてよかったのかな……」
あれ、結構重い内容……。
妖精に相談する内容じゃない気が……。
ですが、自分から話しかけてしまった以上、今さら逃げるわけにはいきません。
「えっと、何があったんですか?」
「僕……お父さんに嫌われてるんだ……」
いや、具体的に何があったのかを聞いているのですが……。
これは結構面倒そうな予感。
「本当に嫌われているんですか?」
「僕のお父さんって、すごい陰陽師なんだ」
「らしいですね」
子供のわたしでも、色んな噂を聞いたことがありました。
百鬼夜行をひとりで半壊させたとか、陰陽術の歴史を100年進めたとか、安倍晴明の再来とか……。
周りの大人たちはもてはやしているし、とにかくすごい人というイメージしかありませんでした。
「でも、僕には才能がないんだって」
「才能……」
「うん。まったく陰陽師っぽいことができない。毎日毎日、いっぱいいっぱい練習したんだ。でも、お父さんは『本当に才能がない』って笑ってた」
「笑ってたら、嫌いなんですか?」
「僕のお父さん、笑い方が怖いんだ。たぶん、無理して笑ってる」
正直、勘違いなのでは。
そう思いましたけど、確信はありませんでした。
さっき物陰から音がしたような気がしましたが、今は御手くんに集中しましょう。
「あと、訓練している時のお父さんも怖い」
「そんなにですか?」
「まるで、悪役みたいな顔で、僕のことをにらんでくるんだ」
御手くんの真っ青な顔。
それだけで、鬼教官ぶりがうかがい知れます。
……あれ?
どこかで人が倒れるような音が聞こえたような……。
まさか、誰かがこの会話を聞いているなんてことはないですよね?
「ねえ、妖精さんにも親っているの?」
「もちろんいますよ。ママとパパが」
「優しい?」
「とっても優しいです。特にパパはわたしに甘々すぎて、困るぐらいなんですよ」
「……そっか。いいなぁ」
両親はわたしのことが大好きだし、わたしも両親が大好き。それが当たり前。
そもそも、親に嫌われるという場面が想像できません。
ドラマの中の話じゃないんですか?
当時は本気でそう考えていました。
「妖精さんはパパに嫌われた時って、どうしてるの?」
「うーん」
「嫌われたことがないですから」
何気ない一言が、トドメになってしまったのでしょう。
「やっぱり、親に嫌われるのっておかしいよね……。駄目な子ってことだよね……」
御手くんはまた泣き出してしまって……。
わたし、どうすればいいんでしょうか?
何を言えば、御手くんは笑顔になってくれるのでしょうか?
人を慰めたことのないわたしには、ちっともわかりませんでした。
しかも、失敗したばかり。
そうだ。
こういう時は大人の真似をすればいいのです!
パパが落ち込んでいる時、ママは決まってやることがありました。
「大丈夫ですよ。わたしは悩んでる君も好きですから」
たしか、こうやって抱きしめて、頭を撫でるんですよね?
……えっと。
これ、予想以上に恥ずかしいですね。
ママ、よく嬉しそうな顔をしながらできるなぁ。
「…………」
えっと、何か反応して欲しいんですが。
このあとどうすればいいんです?
パパだったら「オレも愛してるよおおおおお!」って胸に顔をスリスリするのですが……。
いや、パパもだいぶおかしいですね。
わたしの両親、激ヤバです。
もしかして、真似してはいけないことを真似してしまったのでしょうか……?
「………………ねえ、僕、生きてて、いいの?」
涙ぐんだ声。
「……うん。わたしは君に生きていてほしいって思ってます。心の底から」
「……………うん、うん………うん…………」
それから、御手くんは泣きじゃくりました。
泣き止んだころにはわたしの胸元は鼻水と涙でグシャグシャになっていて、ちょっと気持ち悪かったですが、なんだか誇らしい気持ちでした。
透明になるために裸で侵入していましたから。
「ねえ、妖精さんってどういう見た目なの?」
どうと言われても、難しいです。
自分の姿をどう表現するか考えたこともありませんでしたから。
お、あそこにいいものがありますね。
「それみたいな感じです」
「それって?」
あ、わたしの姿が見えないので、指をさしてもわかるわけないですよね。
「そのアニメのヒロインみたいな見た目をしてます」
和風な家に不釣り合いですが、女児アニメのポスターが飾ってあったのです。
華奢なのに力強くてかわいらしい主人公。
まさに、ザ・アニメキャラという見た目です。
実際、ママから『似てる』って言われたことがありますし、嘘にはならないはず。
「とってもかわいい」
「そうなんです。わたしはとってもかわいいんです」
「妖精さんの姿、見てみたい」
「……すみません。今は見せられないんです」
「……そうなんだ」
そんなに残念な顔をされると、こっちが苦しくなってしまいます。
「でも、15歳になれば、会えるようになりますから」
「そうなの?」
え、わたしとちゃんと会えると知っただけで、そんなに顔をぱあっと明るくしてくれるんですか?
こっちまで顔が赤くなって、胸が苦しくなるじゃないですか。
「わたし、もっともっとかわいくなりますから、ちゃんと会ってくれますか?」
「もちろんだよ」
嬉しい。
嬉しすぎて、この時間がいつまでも続いて欲しい。
「じゃあ、僕はそれまでに立派な男になる! 君を守れるぐらい、大きくて強い男に!」
さっきまで泣いていたのに、今はとっても決意に満ちた表情をしていました。
わたしのためだけに、誓ってくれているんです。
この彼の顔は、今でもわたしの心に焼きついています。
「約束ですよ」
「うん、約束!」
こうして。
わたしは許婚に本気で恋をしてしまったんです。
同時に、この日以降、御手くんに会いにいかないと誓いました。
もちろん、透明になれば、いつでも簡単に顔を見にいけましたよ。
でも、そんなのはロマンチックじゃありませんから。
そして時間が経つにつれて、わたしの中の御手くんは大きくなっていき――
わたしは釣り合うような女になるために、理想の姿を研究するためにアニメを見ていたんですけどドハマリして、オタクをこじらせてしまって……。
しかも、ある事故のせいで引きこもるようになったら、横に大きくなっちゃって……。
お腹はプヨプヨだし、ふともももムッチリ。
でもでも! ちょっと理想から離れても、御手くんなら一目で気付いてくれるはず!
バカバカしいことに、そう楽観視していたのです。
結果はご存じの通り。
全く気付いてもらえなかったんですよねぇ……。




