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第55話 過去に助けられる

 黒い煙がわたしを囲んだ瞬間、気付きました。


 彼が来たんだ。


 島田 御手。


 わたしの許嫁。

 初恋の人。

 大好きな、恋人。


 不器用でいつもどこかズレているけど、雲から漏れる光みたいに真っすぐな人。

 行き過ぎることがありますけど、そこが面白くて、一緒にいて飽きない。


 でも、そんな彼は、もうわたしの頭を撫でてくれない。

 お腹の上で安らかな寝顔を浮かべない。


 彼は来たんだ。


 わたしを――ぬらりひょんの子孫を殺しに。


 ぬらりひょんが、彼の母親の仇だから。



「……ど、どうしよう」



 お腹が空きすぎていて、一歩も動けない。

 そう思っていたのに、勝手に体が動いて、立ち上がろうとしました。

 

 そして、自然と自分のふとももが目に入って、思わず息を呑んだ。


 

 わたしの体、細くなってる。



 ちょっと前の私なら、ふとももに隙間なんてなかったのに、今はスカスカ。

 ……あぁ。わたし、こんなに痩せちゃったんだ。

 

 でも、これなら御手くんはわたしって気付かない?

 ……ううん、彼ならわかってしまうかもしれない。



「えっと……」

 


 とりあえず、わたしは透明人間なんだから隠れることができるはず。

 和服を脱げば、簡単にバレないよね。


 1分ほど経った頃でしょうか。足音が聞こえました。

 御手くんほどはっきりした音ではありません。


 ぬらりひょん。



「小娘……おぬしの死神が来たようだぞ」

「――っ!」



 やっぱり、本当に来たんだ。


 ぬらりひょんはそれ以上なにも言いませんでした。

 ただ下卑た笑いを浮べながら、わたしの和服を持って行ってしまいました。


 そして、その時はやってきました。



 明麻絵。

 明麻絵。

 


 聞きなれた少年の声が、死神が鎌を引きずってくる音のよう。


 座敷牢の扉はぬらりひょんが締め忘れたようで、わたしは慎重に出ました。

 洞窟の片隅にある岩。その後ろに隠れて、耳を塞いで、耐え続ける。

 

 大丈夫。

 わたしは気配を消すのがすごく得意なんです。


 つまみ食いするときに、御手くんのことを何回も出し抜けたんですから、今回も大丈夫。



「……お願い。殺さないで。殺さないで」



 やだ。

 死にたくない。


 わたし、もっといっぱいやりたいことがあったんです。


 御手くんと一緒にゲームやったり、料理したり、デートしたり、キスやそれ以上だって――


 あれ?


 わたし。


 やりたいことって、全部御手くんとやりたいこと……。



 ああ。

 もうイヤ。

 こんな体、捨ててしまいたい。

 


 そして、ついに近寄ってきました。


 血みどろで、刃物を持った彼が――





「……明麻絵」



 血が足りないせいか、俺の頭はぼんやりとしている。


 ぬらりひょんはもういない。

 あとは、彼女を救うだけだ。



 明麻絵。

 

 

 なんで姿を見せてくれないんだ。


 立ち上がろうとして、ふと刃物が落ちているのに気づいた。

 ぬらりひょんが使っていた短刀(ドス)だろうか。


 明麻絵が自分から姿を現さないということは、拘束されている可能性がある。

 持って行った方がよいだろう。


 足元がフラフラする。

 バランスを取るだけでも精一杯で、一歩進むたびにしんどい。

 


「そこに、いるんだろ……?」



 明麻絵は、そこにいる。


 洞窟の端にある岩。

 その裏側で。


 近づくほどに、声が聞こえた。


 ずっと聞きたかった、明麻絵の声。


 それなのに――



「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」



 明麻絵は、ひたすらに謝っていた。

 声はかすれていて、聞いているだけで心臓が痛くなる。


 明麻絵の身に一体何があったというのだ。


 それほどの仕打ちを受けていたのだろうか。


 今すぐ、抱きしめて安心させたい。



「明麻絵。もう大丈夫なんだ」

「こないでっ!」



 手が弾かれて、俺は茫然とした。


 明麻絵に拒絶された……?

 なぜ…………。



「ぁ……わたし……」



 視線を感じる。

 明麻絵が俺の顔を見ている。


 拒絶された直後の顔を。



「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」



 彼女は何に謝っているのだろうか。

 彼女の座っている地面がどんどん湿っていく。



 ふと、昔の自分を思い出した。



 母さんが死んだばかりの頃。

 親父のしごきが辛くて、泣いていた。


 自分は親父の子供失格だと思い込んでいて、生きてていいのかわからなかった。


 だけど、彼女が会いに来て抱きしめてくれたから、俺は生きられた。

 勇気と未来をもらった。



「だから、明麻絵……」

 


 そうそう。

 俺はあの時、こんな風に抱きしめられたんだ。


 優しく、包み込むように。



「やめてやめてやめてぇぇっ!!!」



 明麻絵が俺の腕の中で暴れている。

 彼女の体はとても冷たくて、細くて、少し触れるだけでも壊れてしまいそうだった。


 彼女がどうして俺を拒絶しているのかはわからない。



「明麻絵。俺はお前の全てが好きだ」



 息を呑む音が、耳元から聞こえた。



「御手、くん……?」



 暴れていた明麻絵の体が、徐々に落ち着いていく。



「わたし、殺され、ない……?」

「殺すわけないだろ。寝ぼけているのか?」

「だって、わたし……ぬらりひょんの…………」

「大丈夫だ。俺はお前が大好きだ。ずっと一緒にいたいんだ」



 明麻絵の体から、一気に力が抜けた。



「ほ、ほんとう、ですか?」

「当たり前だろ。そのために助けに来たんだ」

「…………そう、だったんだ」



 ああ。

 俺は今、明麻絵を抱きしめているんだ。


 太っていた時の方が抱き心地が良かったが、今はどうでもいい。


 見えなくても、彼女の唇の位置はわかる。


 そこに顔を近づけて――




「…………あれ?」




 突如、背中に鈍い痛みが走った。


 首を必死に回すと、背後には猫又がいた。

 毒煙を生き延びたのだろうか。


 興奮した様子で、俺に爪を突き立てようとしている。


 やばい。

 ひたすら寒い。

 震えが止まらない。


 それなのにどこか居心地がよくて、安らかで、溶けていく。


 ああ。

 お願いだ。


 明麻絵、泣かないでくれ。

 最後には、笑顔をみたい。


 俺の命が底のない沼に沈んでいく中、聞こえた気がした。


 明麻絵の口から発せられた、一切のゆるぎがない声。

 


 

 





 

「…………こんなのは、認めません」

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