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第54話 妖怪の総大将 VS 高校生主夫

 洞窟を進むと、気配を感じた。


 全ての毛穴に腐った生ゴミをねじ込まれたような、不快感。


 この先にぬらりひょんがいる。

 気配を隠さず、正々堂々勝負する気なのだろうか。


 ……いや、そんなわけがない。


 最大限に警戒しながら、開けた空洞へ足を踏み入れ――



「――っ!」



 刹那(せつな)

 視界を、何かがかすめた。

 ギリギリで反応できたが、メガネの破片が舞う。


 目に入らないようにまぶたを閉じながらも、全力で後ずさりしながら、自分の未熟さを呪った。


 ぬらりひょん相手にこのメガネは意味がない。

 だが、明麻絵の顔を見るのに必要だったというのに……!



「どこにいる」

 


 ぬらりひょんの姿は見えない。

 しかし、攻撃してきたのは確実にぬらりひょんだろう。

 

 あいつは姿を見せない。

 その前提で対処する必要がある。



「…………」

 


 ふいに、ぬらりひょんが発する雰囲気にのまれそうになってしまう。



「……大丈夫だ」



 この先にいるのはぬらりひょんだけではない。

 彼女の顔を思い浮かべろ。

 待ち焦がれた相手を。


 

「……明麻絵」



 再度、空洞へ侵入する。

 警戒していたが、今度は不意の攻撃は来ない。


 その代わりなのか、空洞の真ん中に、和服を着た少女が丸まっている姿が見えた。



「たすけて……たすけて……」


 


 風にかき消されそうなほど小さい声が聞こえた。

 奥には座敷牢があって、扉が開いている。


 どさくさに紛れて、座敷牢に閉じ込められていた少女が逃げた?


 それはつまり、明麻絵、なのか?



「いや……」



 違う。

 彼女が痩せた可能性はある。

 それを加味しても、似ても似つかない。



「気持ち悪い格好をするな。ぬらりひょん」

「ふひっ!」



 顔を上げたぬらりひょんは、これ見よがしに和服の袖をひるがえした。

 母さんの形見の和服を。



「なんじゃ、随分と薄情な男じゃのぅ。感動的な再会を演出してやろうというのに」

「……明麻絵はどこだ?」

「あの小娘はもう殺したぞ? 最後まで下手に邪魔をされては面倒じゃし。死ぬ間際、泣きながらおぬしの名前を叫んでおったのぅ。あれは傑作じじゃったのおっ! 下僕の妖怪も笑っておったわ!」



 殺……した……?

 食べた……?


 こいつは、何を言って――


 いや。

 いやいやいやいや! 待て。冷静になれ。


 明麻絵は透明人間は死んだら透明になると言っていた。

 こいつの言っている言葉には矛盾がある。


 少しでも情報を引き出すんだ。



「……お前は明麻絵の力を利用したかったのではないのか? 自分と同じ力を」

「そうじゃのぅ」

「なら、殺す理由はないはずだ」

「おぬしは大きな勘違いをしておる」



 ぬらりひょんの口角が、三日月のように吊り上がった。



「あの小娘の力を利用したいのは確かじゃ。じゃが、力を何に使うのか、それが肝要(かんよう)ではないか?」



 目的。

 その言葉を聞いて、自然と俺の目が鋭くなっていく。


 

「お前は何がしたいんだ?」

「おぬしの父親——島田御所。あやつは天才などと呼ばれているが、その心は非常にもろい」

「ああ。よく知ってる」

「見たことあるか? あいつの絶望した顔」



 ふと、ぬらりひょんの瞳が蕩けて、全身の肌が粟立(あわだ)った。


 

「まるで絶望を顔で表現するために生まれた男じゃ。あれほど美しい絶望顔を、儂は1000年以上見たことがなかった……」



 声が、木管楽器のように弾んでいる。

 

 

「あやつの絶望する顔をみるためなら、儂はなんでもできる。あいつの妻を殺すことだって、世界を滅ぼすことだってしてみせようではないかっ!」



 完全に恋する乙女のような所作。

 まるで目から摂取する腐敗臭のような光景だった。


 親父……哀れなり。



「……確信したよ」

「なぬ?」

「お前は明麻絵を殺してなんかいない。誰も見ていないところで殺すなんて、そんなつまらないことは絶対しない」

「そんなわけがなかろう。死体を見せればよいだけだ」

「はっ。透明人間は死体が透明になるのに、どうやって見せるというんだよ。それとも、そんなことも想像できない単細胞だったのか?」

「……つまらん。実につまらん。不愉快だ」

「お前の演技の方がつまんねえんだよ。1000年前に戻って発声練習からやり直したらどうだ?」

「汚らしい、あの女の子供が生意気を言いおって……!」



 よし。


 乗ってきた。

 明麻絵を連れて逃げられる、という最悪なパターンは避けられたようだ。


 ぬらりひょんは瞬きをした瞬間に姿を消してしまった。

 次にやつの存在を知覚できるのは、攻撃が来た時のみ。

 

 焦ることはない。

 目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませ。



「――っ!」

 


 肌に、かすかな痛み。


 ぬらりひょんの凶刃が肌を切り裂いたのだ。

 ギリギリで避けられた……。

 だが、まだまだ。


 大丈夫だ。俺は俺自身を信じる必要はない。

 親父の言葉を信じろ。

 明麻絵との日々を信じろ。



「…………」



 風の呼吸を感じる。

 音の繊細さを感じる。


 肌が溶けて、空間にとけていく。


 

「……来る」



 半歩、右に。



「なぬっ!?」



 ぬらりひょんの脇腹を狙った攻撃は、空を切った。



「ふはっ」



 本当に避けられた。

 俺が、ぬらりひょんの攻撃を。

 あの伝説的な妖怪の総大将の攻撃を!



「ふはははははははははははは!!!」

「何がおかしいっ! ただのまぐれのくせに……!」



 まぐれ?

 そんな訳があるかっ!



「お前の目の前にいるのは、明麻絵のつまみ食いを防ぎ続けてきた男だぞ!!!」

「はあ!?」

 

 

 俺は日々、明麻絵のつまみ食いの対策をしてきたのだ!

 彼女は毎日手を変え品を変え、忍術と透明人間の特性を駆使していた。


 それを阻止するうちに、俺の感覚は特化していたのだ。

 透明人間を――ぬらりひょんを感知する生物として。

 


「貴様、何をふざけたことをっ!」

「俺は大真面目だよ。お前は自分の子孫が育てた天敵に負けるんだ!」

「天敵……じゃと? その口を――っ!」



 意識の間隙をついた、ぬらりひょんの突撃。



「――っ!」



 見切れた興奮のせいで、また集中が途切れてしまっている。

 いや、それだけではない。


 ぬらりひょんは一撃一撃を急所に当てることをやめ、手数で攻めてきている。


 そのせいでどうしても避けきれなくなっているのだ。


 集中して、相手の行動を見極めろ。

 腕。

 足。

 ふともも。

 肩。

 腹。

 体を切りつけられても、無視しろ。

 

 まだ大丈夫だ。

 失血死する程ではない。


 ぬらりひょんの攻撃を見極め、確実にとらえられる瞬間を――



「ぬぅ!?」



 俺の脇腹を狙った一撃。

 殺意のこもったそれを、俺は腕をつかんで止めた。


 ナイフの三分の一程度が刺さってしまったが、まあ、どうでもいい。


 これも明麻絵のおかげだ。

 明麻絵と一緒に暮らしていた日々の積み重ねがあってこそ、ここまでこれた。

 


「思い知れ」



 拳を握り、振りかぶる。



「これが明麻絵との愛の結晶だああああああああああああ!!!!」



 拳が頬にクリーンヒットした感触と、肉の塊が地面に叩きつけられる音。


 そして、ほんの数瞬の静寂の後。



「ひっ、ひいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃ!!」



 情けない声とともに、ぬらりひょんの気配が消えた。



「……仕留められなかった、のか?」



 しかし、俺も血を流しすぎた。

 追いかける力なんて残っているはずがない。


 いや、力が残っていても、俺には優先すべきことがあるのだ。



「……明麻絵」



 感覚を研ぎ澄ませている時に気付いた。



「なぜなんだ……」



 彼女は、この部屋のどこかに隠れている。

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