第51話 わたしは、まだ
座敷牢に入れられてから、5日が経ちました。
人間の体とは薄情なもので、少しここの生活に慣れてきた気がします。
まあ、生活と言ってもひたすら暇つぶしをしているだけなんですけど。
ご飯は毎日1食だけ。
ぬらりひょんに命じられた妖怪が持ってきます。
盗んできているのか、それとも買ってきているのかはわかりませんが、コンビニ弁当です。
それだけ聞けば、ちょっと贅沢な気もしますが、問題はそのチョイス。
今日はアタリでしょうか。それともハズレでしょうか。
「……げ」
ものの見事にハズレでした。
座敷牢に放り込まれたのは、麻婆豆腐丼。
好物のひとつなんですが、これ、チルド弁当なんですよ……。
チルド弁当はレンジで温めないと、食べられたものではありません。
ここにいる妖怪にそんな知識はないのでしょう。
レンジ代わりに温める忍術は……さすがに聞いたことないですね。
「……固い。パサパサしてる」
温めたら、この何十倍もおいしいんだろうなぁ。
これなら兵糧丸を食べた方が百倍マシです。
マズイものはマズさを楽しめますけど、おいしいとわかっているものをマズイ状態で食べるのは、すごく損した気分になってしまいます。
そう思うと、やるせなさとともに、今の自分が置かれている状況がヒシヒシと感じられます。
ゲームができないだけではありません。
わたしは今、自分でご飯を用意できない。
電子レンジも使えない。
水も満足に飲めない。
この四畳半程度の座敷牢のなかで、ただただ時間をつぶすことしかできないのです。
「……はぁ。お腹すいた」
ぬらりひょんの思惑通りなのでしょう。
わたしの体はかなりほっそりとしてきてしまいました。
元々痩せやすく太りやすい体質だったので、もう激やせです。
「わたしのアイデンティティが……」
御手くんは、痩せたわたしの姿を見ても、わたしだと気付いてくれるでしょうか。
……ちょっと怪しいですね。
太っただけで、昔の恩人だと全然気付かなかった人ですし。
「……はぁ。食べないと」
ご飯がおいしくなくても、食べないわけにはいきません。
わたしは帰りたいんです。
帰るためには生き続けないといけませんから。
ぬらりひょんは、なぜわたしを殺さずに監禁し続けているのでしょうか。
いえ、答えはわかりきっています。
あいつはわたしの心を壊したいんです。
じっくりと時間をかけて、わたしの中身を空っぽにして、自分の自由にできる傀儡を作り上げようとしているのでしょう。
「……そうは、いきません」
自慢ではありませんが、わたしは精神の図太さには自信があります。
そうでなければ、太った状態で許婚に会おうなんて思いません。
このまま待っていれば、いずれ御手くんたちが助けに来てくれる。
「……ふわぁ」
わたしの中の体内時計が間違っていなければ、夜の10ぐらいのはずですかね。
ひと眠りしましょう。
……ああ。
寝ていたら、助けにきた御手くんのキスで目が覚める、なんてことが起きてくれませんかね……。
……………………
………………
…………
ぁまぇ。
あまえ。
明麻絵!!!
「――っ!」
その声を聞いた瞬間、わたしは飛び上がりました!
急いで顔を上げると、座敷牢の前にいくつかの人影があって――
「明麻絵、助けに来たぞ!」
みんな、いる!
パパもママも元気そうで、安心した笑みを浮かべています。
「無事か?」
「……御手くん」
ああ。御手くんだ。
信じていました。
わたしを助けに来てくれるって。
「ケガはないか?」
「大丈夫です。少しやせちゃっただけで」
「そうか」
突如、わたしは押し倒されていました。
え?
こんなところで、わたし、なにをされるの?
そんなに溜まっているんですか!?!?
彼の手が伸びてくる。
胸元に向かって。
わたしの、すごく柔らかい所へ。
「…………ぇ?」
違和感を覚えて、頭が鮮明になりました。
苦しい……?
どこが……?
「なん、で……?」
息ができない。
え、え。
なんで、御手くん……。
わたしの首を絞めて…………?
「お前は、俺の手で殺したかったからな」
なんで。
そんな怒りに満ちた顔をしているんですか……?
「お前なんか、死ねばいいんだ」
どんどん、首を絞める力が強くなっていく。
本気だ。
本気でわたしを殺す気なんだ。
「なんでさっさと死んでくれないんだ?」
声が出ない。
なんで?
わたし、なにかしましたか?
おんな仕打ち受けるようなこと――
「死ね」
言わないで。
「死ね」
その口で言わないで。
「死んでくれ」
キスをした、その口で。
「さっさと死んでくれ」
わたしの頭をやさしく撫でたその手で、わたしを殺さないで。
………………
…………
……
……あれ?
わたし、生きてる?
夢を見ていたの……?
あれが、夢……?
「目が覚めたか?」
声が聞こえて、わたしはハッとしました。
座敷牢の前にいたのは、見たくもない顔。
「……ぬらり、ひょん」
「何か悪い夢でも見ておったか?」
「…………」
とっさに冷や汗を拭いて、顔を引き締めます。
こいつ相手には、少しでも弱みを見せてはいけません。
「そうそう。ひとつ、おぬしに謝っておかねばならぬことがあるのじゃ」
嫌な予感がします。
何かを企んでいると、態度からにじみ出ている。
「あの少年の母親が、少年の目の前で死んだのは知っておるかのぅ?」
御手くんのトラウマ。
御手くんが睡眠障害をわずらっていた原因。
大丈夫。
何を言われても、耐えられる。
御手くんが助けに来てくれると信じているから。
ぬらりひょんの指先が、おもむろに自分自身に向いていって――
「殺したの、儂なんじゃよ♪」
「…………え?」
聞いた瞬間、足元がなくなって落下していくような気分でした。
ぬらりひょんが、御手くんの母親を殺した張本人ということは――
「あの少年がおぬしを助けにくるわけがなかろう! 母親の仇の子孫なぞっ!」
やめて。
もう聞きたくない。
「おぬしは永久にここで暮らすのだ!」
さっきみた悪夢が、頭の中で何回もフラッシュバックしていきます。
御手くんが怒りに満ちた顔で、わたしの首を締め上げる光景。
ああ。
わたし、なんで思い込んでたんだろう。
――死ねよ。
御手くんは絶対に助けに来てくれるって。
今頃、わたしのことなんて忘れて、遊んでいるかもしれません。
わたしよりも活発で、痩せていて、愛嬌があって、美人で、頭がいい女の人と。
――生きてる価値がないんだよ。
御手くん、黙っていればあんなにモテていたので、当たり前ですよね。
――お前は仇だ。ゴミだ。
目の前に現れるのは、わたしに引導を渡す時だけ。
――死ね。早く死ねよ。
ああ。
――邪魔なんだよ。
そうですよね。
――消え失せろ。
わたし…………。
――お前なんか、恋人でも許婚でもない。ただの化け物だよ。
……………もう、なんか、疲れちゃいました。
楽になりたい。
何も考えなくていいようになりたい。
もう、こんなに苦しみたくない。
裏切られたくない。
裏切りたくない。
でも、せめて。
せめて――
わたしの血で、御手くんの手を汚したくないなぁ。




