第5話 許嫁は天才くのいち……のはず? 後編
俺の許嫁。
天才くのいち。
ああ、早く顔を見たいものだ。
どれほどの時間待っただろうか。
きっと、たった数分しか経っていない。
しかし、俺にとっては墨汁が乾くよりも長い時間が過ぎたような気がする。
「どうぞどうぞお上がりください」
ふすまの奥で、親父がお客様を部屋に招き入れている。
聞こえる足音は2つ。
ひとつは親父。
もうひとつは女性のものだな。
俺の許嫁はひとりで来たのか?
いや、そうか!
相手は忍者だ。足音を消すなど造作もないことだろう。
人間でありながら、ここまで足音を消せるものなのか。
男として成長するためにも、ぜひご教授を賜りたい。
「お邪魔しまーす」
女性の声。
ふすまが開くのが、異様にゆっくりに感じられる。
どうやら自覚していた以上に、俺は許嫁に期待しているようだ。
「はじめまして。島田御手くん」
その女性は、あまりにも美しかった。
すべてが自然で生まれたようにも、人の手が加わったようにも思えない。
艶やかな黒髪も、穏やかな顔立ちも、程よく筋肉質なのに柔らかそうな四肢も、なにもかも完璧な均整がとれており、美しい以外の言葉が浮かんでこない。
まさに、男性の夢を詰め込んだような、天女のような存在。
まさに理想。
無意識に手を伸ばしたくなってしまう。
この人に触れることができたら、笑顔を向けてくれるなら、死んでもかまわない。
そのような想いが、胸の奥からあふれ出てくる。
なんなのだ。
この魔力は――
「……はっ」
いや、見惚れている場合ではない。
立ち上がり、挨拶せねばならん。
「こちらこそ、はじめてお目にかかります。島田家の長男、島田御手と申します」
「あらあら。ご丁寧にありがとうね~。ごめんね。もうちょっと待ってて」
待ってて?
どういうことだろうか?
「あなたが俺の許嫁ではないのですか?」
「お上手ねぇ。でも残念。私は明麻絵ちゃんのママよ」
「明麻絵、ですか?」
そんな名前に聞き覚えがない。
もしや――
「あら、お父さんから聞いていないの?」
「ああ、ごめんねー。サプライズで許婚の存在を知らせたから」
おい、さっきと言っていることが違うぞ、親父。
「あ、そういうことだったのー。島田さんも相変わらずイタズラ好きねー。昔からちっとも変わってない」
「いやー。はははは」
なんだか親父の様子がおかしいぞ。
普段よりも緊張しているようにみえる。
女性と妙に距離感が近いし……。もしや、ただならぬ関係なのだろうか。
まあ、そんなことより俺の許嫁である。
一体どこにいるのだ。
このような美女の娘なのだから、否応なく期待が高まってしまう。
「それで、明麻絵ちゃんはどこなんだい?」
「それがねぇ、あの子、突然逃げ出そうとしたから……」
逃げ出す?
意外とおてんばなのだろうか。
「御手くん、ごめんね。こんな顔合わせになって……」
「連れてきたぞー」
なんだ?
男の人が丸めた布団を持ってきた?
いや、よく見ると布団から足と顔が生えている。
布団で簀巻きにして、人間を捕縛しているのか。
なるほど。
つまり、捕縛されている人間が俺の許嫁か。
予想外の顔合わせだが、まあいいだろう。
理想とは異なっても、これぐらいは許容範囲である。
いや、これぐらいのハプニングを受け入れてこそ、真の男だ。
それに、少しぐらい変わった出会いの方が退屈しないものである。
「……ん?」
いや、待て。
この顔、見覚えがある気がする。
そう。
放課後の教室。
これとよく似た少女の裸体を見たような――
「えっと……さっきぶりです……」
い、一体、なにが起きているのだ……?




