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第48話 あのぷにぷにな腹が恋しい 前編

 曇りのない満月を見ても、キレイだと思えなかった。


 俺はひたすら歩いている。


 ここはどこだろうか。

 わからない。


 だが、知らない場所の方が都合がいい。


 もう知っている場所は探し尽くしてしまった。

 裏路地のゴミ箱を漁って、町中で名前を叫び、すべての人脈を使った。


 だけど、彼女はみつからなかった。


 明麻絵がぬらりひょんにさらわれてから、すでに5日が経とうとしている。


 親父はすぐに陰陽師協会に向かった。

 あそこには全国の陰陽師のネットワークがあり、緊急時に召集するだけの権力がある。

 これはぬらりひょんに関する重要事案。後々の百鬼夜行の侵攻につながるかもしれない。

 親父はそう訴えかけたのだが、お偉いさんたちは聞く耳を持たなかった。


 それはひとえに、被害者が紙透家だったからだろう。

 

 紙透家はぬらりひょんの血を継ぐ家系。

 それを快く思わない陰陽師も多い。


 帰ってきた親父の憤った表情は、一生忘れられそうにない。

 

 その紙透家の人間——明麻絵のご両親はというと、今は昏睡状態だ。

 明麻絵がさらわれた日。

 彼らは我が家の周囲には、明麻絵を狙う存在から娘を守ろうとしていた。

 それはあの日が特別ではなく、普段からそうしていたらしい。


 しかし、ぬらりひょんに不意を突かれ、重傷を負い、今も意識は取り戻していない。


 つまり、今動けるのは親父と俺だけ。

 親父は急ごしらえの家にこもって、陰陽術で明麻絵とぬらりひょんの場所を探知しようとしている。

 俺にはそんなことは到底できないが、ただ家で待つなどということができるわけがない。

 

 この脚と声しかないのだから、ただ走って叫び続けている。


 明麻絵。

 明麻絵。

 明麻絵。


 無事なのか。

 元気にしているのか。

 ご飯は食べられているのか。


 気になることはいくらでもある。


 しかし、喉が痛くて、声が出ない。

 足の感覚がほとんどなくて、目がかすむ。


 それでも。それでも――


 ふと。


 俺のすぐ後ろで、タクシーが止まった。

 ライトが目に染みる中で振り向くと、勢いよくドアが開く音が聞こえた。



「ちょっと、何をやってるの!?」

「……白雪さん」



 とても麗しい姿の、少年——いや、明麻絵がいうには男の娘だったか。


 

「御所さんに言われて、探しに来たんだ」

「……そうか。無事だと伝えてくれ」

「ね、ねえ。1回家に帰ろうよ」

「……まだ帰れない」

「そんなに髭も伸ばしっぱなしで、髪もひどいよ。まるでホームレスみたい」



 そうか。

 どうでもいいな。



「……すまない。もう少しだけ」

「もう無茶しないでよ。見てられない……」

「まだ、なんだ」

「もう十分頑張ってるよ」



 頑張ってる?

 俺はなにもなせていないのに、自分を褒められるわけがない。


 

「まだ、諦めんし」

「そんなに無茶して倒れても、姐さんは喜ばないと思うよ」

「……明麻絵がどう感じようが、関係ない」



 一刻も早く、明麻絵を助けたい。

 明麻絵の笑顔をみたい。


 あの柔らかいお腹で安らかに眠りたい。



「今すぐ、安心したいんだ。俺自身を安心させたい」



 もう全部大丈夫だって、何も怖くないって、最高の未来が待っているんだって。



「明麻絵……明麻絵……明麻絵……」



 まだ、いける。

 歩ける。

 叫べる。


 俺はまだ、頑張れる。

 


「……ごめんね」



 ……なんだ?

 白雪さんが俺にスマホの画面を見せてきた。



「……ぁ」



 そこに映っていたのは、明麻絵の写真だった。

 お腹を出しながら、不格好な姿で寝ている写真。


 あの、お腹。

 明麻絵のお腹。


 写真を見ているだけで、あの感触を思い出してしまい――


 次の瞬間、俺の意識は落ちていった。

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