第47話 プニプニだと得もある
ここは、どこかの洞窟でしょうか。
灯りがほとんどなくて、暗闇に慣れる訓練をしてきたわたしでも、自分の手元を見るだけでも精一杯です。
遠くから、反響した騒ぎ声が耳に入ってきます。
宴でもしているのでしょうか。
……なんだか、体が窮屈ですね。
ああ。変な服を着せられていたんですか。
この感触には覚えがあります。ママに無理やり着せられた、高級な和服に似ている気がします。
なんでそんな格好に……?
というか、なんでわたしはこんなところに居るのでしょうか。
たしか眠る前は、御手くんと一緒にいたはずです。
トラウマの話を打ち明けて、安心してそのまま――
それから、何があったの……?
いいえ。
考えていても仕方がありません。
未知の事態に陥った時は、できるだけ慎重に行動を起こしながら、情報を集めることが重要です。
とりあえず外に出ましょう。
ここはすごく嫌な気配がしますし、完全に息を殺して。
「……あれ?」
暗闇でわかりませんでしたが、どうやら鉄格子があって、閉じ込められているみたいでした。
ここは牢屋なんでしょうか。
わたしは和服を着させられ、牢屋に閉じ込められている?
よくよく感触を確かめると、床は畳のようなので、座敷牢なんでしょうか。
いや、座敷牢なら普通、木製の格子じゃないですか。それなら簡単に破れたんですけど、そこまで見こされているのでしょうか。
「……はぁ」
ここまで情報を集めて、ようやく自分の現況を理解できてきました。
「わたしは、さらわれた……かな」
なぜでしょう。実感はまったくありません。
「見張りは……いない、ですか」
見張りがいるなら、いくらでもやりようがあったんですけど。
これからどうするべきか思案していると――
「お主の父親には手を焼かされたからのぅ」
まるで蛇の生き血を煮詰めて、ハエの死骸を混ぜ込んだような、とても不快な声でした。
「あなたは……」
暗闇の中の座敷牢に入ってきたのは、小柄な老人でした。
ですが、一目でわたしのすべてが告げました。
「ぬらり……ひょん?」
「そうじゃ」
人間にも警察とヤクザがいるように、妖怪にもいろんな種類の妖怪がいます。
その中でも、とりわけ悪質なことをする妖怪たち。百鬼夜行。
その頭目が、目の前にいるぬらりひょん。
そして、雰囲気から察しました。
幼い時、森の中でわたしを襲おうとしていたのは、こいつだ。
「居心地はどうかのぅ」
わざとらしい笑みが、ひどく気持ちわるく感じました。
「何が目的なんですか?」
「そのような言い方をされたら、儂でも傷ついてしまうではないか。あ、あま……そうそう。あまえ」
「わたしの名前を呼ばないでください」
「まったく酷い。誰に似たのかのぅ。儂はこれほど純粋で清らかだというのに。おーいおいおい」
泣く素振りも、最低。
「あなたには関係ないことですよ。もう話したくありません」
「儂の子孫なんじゃから、もっと話好きのはずじゃがのぅ」
…………え?
今、なんて言いました……?
「な……え……?」
「ひひひっ。いい顔じゃのぅ。そんなに嫌か? 嫌だろうのぅ。こんな嫌われ者の子孫なぞ」
「……うそ」
「真実かどうかは、お主の体が教えてくれているのではないか?」
わたしの体……。
さっきから、どうしても奴から目を離せません。
気色悪いのに、どこか親近感を覚えていて――
「……あぁ」
「紙透家とは、透明人間とはそのような血筋じゃ。最高じゃろ」
「で、でも、なんでパパじゃなくて――」
「お前の血が濃いゆえにな」
「血が、濃い……?」
「紙透家の血は薄まりすぎた。透明人間と呼ばれてしまうほどにな」
わたしが、ぬらりひょんに――目の前の最悪の存在に近い……?
「おぬしはぬらりひょんとしての力を持っておる。透明になるだけ? 阿呆か。おぬしは妖怪の総大将としての力をその手に握っておるのじゃ」
もう……聞きたくない。
全部。
全部。
全部。
夢であってほしい。
「おぬしには儂の夢のため、力を使ってもらうぞ」
「……いやです」
「そうだろうそうだろう」
どこか嬉しそうな声音が、わたしに絶望を叩きつけてきます。
「なあに、おぬしがその気にならなくても、お主の子を教育すればよい」
ぬらりひょんの、舌なめずり。
年老いているはずなのに、ギラリと光る目。
舐めるように、わたしの体に視線を滑らせているのがわかって、血の気が引いて頭が真っ白になっていきました。
わたしは、このまま――
「……はぁ。なんだ、その贅肉は」
あれ?
「お主は少々太りすぎだ。儂の好みに合わん。まるで醜い豚のようだ。飯を抜いてやるから、少しは慎ましくなるといい」
……どこかに行ったのでしょうか。
気配はもう感じません。
「太っているおかげで助かった……ですかね?」
痩せろ、か。
ははは。
御手くんにも、最初は似たようなことを言われてましたね。
あの時のわたしは少しムカついていましたけど、すごく優しかったんですね。
無理やり痩せさせようとはしていませんでしたし、常にわたしの健康とかを気にして、さりげなくヘルシーメニューを用意してくれていたんですよね。
ちゃんと、わたしが好きな物まで考えて。
ああ。
彼は無事なのでしょうか。
わたしのこと、助けに来てくれるのかな?
わたしがいなくなって、ちゃんと寝られているんでしょうか。
ママとパパは元気にしているのかな。
パパ、かなりお腹が弱いから、心労で倒れてないといいんですけど。
ママはいつもにこやかに笑っているけど、ついつい限界まで我慢する癖がありますから、誰かがちゃんと見張っていないと。
御所さんはどうでしょうか。
落ち込んでいる御手くんを前に、困ったように笑っていそうです。
みんな健康で、幸せに生きてくれたら……。
それで。
えっと……。
………………あぁ。
頑張って諦めようとしてみたけど、ダメみたいです。
わたしがいなくても、幸せに生きていてほしい。
でも、そこにいたいんですよ。
その輪の中に入っていたいんです。
御手くん。
せっかく、あそこまで打ち解けられたのに。
幼い頃に恋に落ちて。
許婚として再会して、なかなか気づかれなくて。
そんな過去も関係なく、好きになってくれて。
キスをして、付き合って――
それで、まだデートもしてなかったんですよ。
それなのに……それなのに…………。
こんな結末になるなんて、認めたくないなぁ。




