第44話 ヒロインの生い立ちなんて、いくら盛ってもいいですからね
生まれた時から一緒に住んでいるからこそ、気付いてしまった。
親父は何かを隠している。
いや、きっと、隠し事をしているのは親父だけではないのだろう。
明麻絵の両親も、隠している何かがある。
「随分と険しい顔だね」
「こっちを見ていないだろ」
「見なくてもわかるさ」
だから、俺の顔を見る必要はないと言いたいのか?
「親父。もう一度聞くぞ。明麻絵を狙っている存在は、親父がよく知っている相手ではないか?」
「なぜそう考えたんだい?」
「詳しいことはわからん。だが、親父が教えてくれたんだぞ」
「僕自身が何かを言った記憶はないんだけど」
「その態度だよ」
親父はつかみどころのないように見える人間だ。
だが、不誠実なことは基本的にしない。
特に俺に対しては。
しかし、そんな親父は今、何かを隠している。
このような事態は、奴が関わっているとしか考えられない。
「その質問に答える前に、ちょっと話をしないかい?」
テレビを消したが、まだ俺の顔を見る気はないようだ。
いや、違うか。
自分の顔を見せたくないだけなのかもしれない。
「親父。俺は腹の探り合いというのが苦手だし、大嫌いなんだ」
「ああ。よく知っている」
「はぐらかされるのも嫌いだ。答えがわかりきっているのに、時間を無駄に浪費したくない」
「御手から見れば、そう言いたくもなるよね。でも、付き合ってくれないかい?」
「……なぜだ」
「僕は御手みたいに、自分の感情を押し込めるほど強くはないんだよ。少しずつ、自分の中から言葉を吐き出していかないといけないんだ」
親父の、弱い部分。
息子には見せたくないであろう箇所。
それが垣間見えてしまっている。
「……わかった」
「ありがとう」
今日は精神的に辛いことが続いている。
はやくベッドに入りたいが、まだ踏ん張らないといけない。
「御手は奴が明麻絵ちゃんを狙っていると考えているんだよね」
「そして、幼いころのトラウマの張本人ともな」
「ああ。正解だ。あの妖怪は夜な夜な、明麻絵ちゃんを狙って侵入してようとしてきている」
「だが、なぜ明麻絵を狙っている?」
わずかな時間の、沈黙。
深呼吸の音が、やけに耳に染みる。
「御手は疑問に思ったことはないかい? どうやって透明人間が生まれたのか、って」
「そんなの考えても仕方がないだろう」
「ああ、仕方のないことかもしれない。しかし、今回はその理由が大事なんだ。よく考えてみてくれないかい?」
透明人間が生まれた方法、か。
いくら考えても、これしか思いつかない。
「突然変異しかないだろ」
「残念。御手も間違えることがあるよね」
「じゃあ、正解はなんなのだ」
「少しアプローチを変えてみようか」
親父がここまで回りくどく話しているのだ。
さっきから嫌な予感がぬぐえない。
「御手が明麻絵ちゃんを見えるのはなんでかな?」
「それは親父のメガネを掛けているからだ」
「おかしいと思わなかった?」
…………。
そうか。
「透明人間は、妖怪じゃない。そう考えていたんじゃないかい?」
親父の口調はどこかおちゃらけているのに、冷たさしか感じない。
「ああ、考えていたよ」
「僕は陰陽師。妖怪の専門家だよ。怪異は門外漢さ」
「……透明な妖怪なんて、聞いたことがない」
「でも、近しいことができる妖怪がいるじゃないか」
…………俺の脳裏に浮かんだ考えを否定してくれ。
「そうだよ」
肯定しないでくれ。
「例えば、他人の家に上がっているのに、誰も気づかない」
それは有名な妖怪の特徴。
親父の言葉を聞いた瞬間、全身の毛が逆立つのを感じて、過去の記憶がフラッシュバックした。
幼い頃。
母親が死んだときの、凄惨な光景。
ぐちゃぐちゃにつぶされた、ずっとずっと守ってくれていた人の顔。
「ほら、そんなことができるのはまるで透明人間みたいじゃないか?」
明麻絵は普段、周囲からは透明に見えている。
しかし、姿を見せることもできるのだ。
それはつまり、物理的に透明な訳ではないことを示している。
まるで、透明であるように認識させているような――
「…………おかしいだろ」
きっと透明人間は――明麻絵は、純粋な人間ではないし、純粋な妖怪でもない。
「ああ。御手の考えは正しいよ」
「透明人間とは、奴の血が混じった――」
……まさか。
奴が関わっていると思っていたが、こんなことって……。
頭が真っ白に染まっていくのを必死にこらえようとした、その瞬間だった。
幾千万のガラスカップが割れたようなけたたましい音とともに、気持ち悪い空気が家に流れ込んできた。




