第30話 勝手に失恋した男
俺は今まで、何を見ていたのだろうか。
白雪 月夜さん。
まるで、俺の理想そのものの女性。
そう思っていた。
だけど、俺の目撃してしまったのだ。
彼女が――いや、彼の一糸まとわぬ姿を。
そして、彼の股間に生えていたものを…………。
「俺の、恋心が…………」
告白を断られたとか、そのような次元ではない。
俺はずっと勘違いしていたのだ。
相手の性別を。
なんということをしてしまったのだ。
男に見惚れ、男に憧れ、男にひざまづいていたのだ。
親父に顔見せできるはずがない。
もう消えてなくなりたい。
このまま部屋の中でうずくまって、ホコリと一緒に霧散していきたい……。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
「……明麻絵か」
様子を見に来たのだろう。
今はメガネをかけていないから、顔は見えない。
しかし、それでいいのだろう。
どうせ、こいつは俺のことを嗤っているに違いない。
「俺はなんで生きているんだろうな……」
「ど、どうしたんですか? 御手くんらしくないですよ……?」
「……ははっ。俺なんて空っぽだよ」
「意外と重症ですね」
重症、か。
たしかにそうかもな。
穴があったら入りたい……。
「あの、何か食べますか? コンビニで買ってきますよ?」
「大丈夫だ」
「でも、全然食べてないですよね?」
「食欲がないのだ」
「で、でも、何も食べないと体に悪いですよ」
「……もう、放っておいてくれ」
俺には今、余裕がないのだ。
お願いだから、どこかに行ってくれ。
そうしてくれないと、俺はもっと自分のことが嫌いになるかもしれない。
「そうもいきませんよ。わたしは心配なんです」
「……なぜだ」
「許婚だからですよ」
「俺は心配されるに値する人間ではない」
「ははは。なんだか昔の御手くんに戻ったみたいですね」
正直、明麻絵のことはよくわからない。
優しいのか、狂っているのか、堕落しているのか……。
だが、嫌いでないことは確かだ。
「俺はどうすればいい? この心の痛みは、どうすれば和らぐ」
「何がそんなに苦しいんですか?」
「決まっているだろう」
「いや、お得じゃないです。かわいいうえに生えているなんて」
「……おかしいだろ」
おかしい。
だけど、なぜか胸が少し軽くなっている気がする。
「おかしいことが何ですか。自分を自分で否定しているから、苦しいんですよ」
「ダメだろ」
「御手くんはすでに大分おかしいので、もっとおかしくなっても大丈夫です」
「……慰めになっていないぞ」
「そうですか?」
こいつは言っていることは本当に意味が分からないのに、なぜか心地いい。
「なあ、明麻絵」
「なんですか?」
「俺って、益荒男になれているか?」
「あ、頑張っていると思いますよ……?」
そうか。
俺はまったく益荒男になれていなかったのか。
「……はあ」
今なら、天岩戸に隠れた天照大神の気持ちが少しだけわかる気がする。
踊りを見る気分にはなれそうにないがな。
「あの、ウジウジされていると腹が立ってくるので、とりあえず学校でも行きませんか?」
「……学校」
「ずっと閉じこもっていても、いいことはありませんよ」
「……引きこもりの説得力は違うな」
「たしかにそうですね。ほら、手をにぎってください」
……こいつの手は温かい。
どこを触っても柔らかいし、布団を擬人化したらこのようになるのだろうか。
「今度は、わたしが引っ張りますから」
「……ああ」
学校に行って勉強をすれば、少し気がまぎれるかもしれないな。
それになんだか、明麻絵に手を引っ張られると、なんでもうまくいく気がする。




