第28話 勝 手 に 戦 え 中編
「なんで窓を突き破って入ってきたの!?!?」
「何を言っているのですか。息子の危機なんですから、それぐらいのこと、気にしてはいられません!」
「いや、気にしてくれないかな!?!?」
夫婦ともにガラスを突き破って登場とは、なかなかどうして、似たもの夫婦ではないか。
「明麻絵、ケガはしてないか?」
「わ、わたしより御所さんがモロにガラスの破片を浴びて――」
「親父なら問題ない」
「そうそう。気にしないでー」
「……へ?」
親父に降り注いだガラス片たち。それらは、親父の体に触れる前に止まっている。まるで、親父の周りに見えない蜘蛛の巣が張り巡らされているかのように。
「え、すご」
明麻絵の反応には頷くしかない。
親父は常軌の逸したことを平然とやってしまうのだ。
さすが、当代最高の陰陽師と言われているだけはある。
「えっと、御所さんはなんでもできるんですか?」
「まあ、陰陽師にできることならねー。流石に時を戻したり、死者を生き返らせたりは門外漢だけど」
「えっと、例えばどんなことが……?」
「うーん、こんなことかなー」
親父の動きは緩慢で、おおよそやる気を感じられない。
しかし、指をクルリと回しただけでガラス破片が勝手に動き出し、元通りになっていくとは……さすがの一言だ。
まあ、なぜかヒビで俺の似顔絵が描かれているのだが、後で俺がかち割ればいいし、些細な問題である。
「す、すごすぎるっ、変態の領域じゃないですかっ!」
「そうだろうそうだろう。親父はすごいんだ」
「なんで御手くんの方が誇らしげなんですか……?」
ここまで力量差があるとな。
小さい頃は頑張って追いすがろうとしたが、今や誇らしさしか湧いてこないのだ。
「相変わらず、いけすかないですね」
白雪さんの母親はかなり険しい顔をしているな。
それでも美しいのだから、その美貌はたるやすさまじいものがある。
「雪女、久しぶり。結婚して子供までいるなんて驚きだよ」
「この街の陰陽師とは、あなたのだったのですか」
「知っていて、窓ガラスを割ったのではないかい?」
「あら、雪女はそんな野蛮な妖怪ではありませんよ?」
「君自身はかなり暴力的な個体だと思うけどね」
「あら、言ってくれますねー。出会っていきなり討伐しようとしてきた人が」
「あの時は血の気が多かったからねぇ。懐かしいなぁ」
どうやら、親父と白雪母は昔に因縁があったようである。
「あ、あの、めちゃくちゃ寒いんですけどっ!」
おや、明麻絵が震えているな。
たしかに、すこし気温が下がった気がする。
雪女は興奮すると冷気を漏らすと聞いたことがあるから、そのせいだろう。
「ほら、俺の上着だ。少しは違うだろう。白雪さんは大丈夫か?」
「あ、ボクは大丈夫。これでも半分は雪女だから」
「え、えっと、御手くんは寒くないんですか?」
「まあ、俺は妖怪の力に強いからな」
「そうですたね。なら、遠慮なくお借りします」
ふむ。これで少しでも寒さが和らげばいいのだがな。
親父と白雪母はまだまだバチバチの様子である。
「随分丸くなりましたね」
「僕も驚きだよー。人ってこんなに変われるんだねー。君はあんまり変わってないみたいだ」
「人は変わりますけど、私は妖怪ですから」
「妖怪も変わると思うんだけどねー」
「寿命が長いのですよ。妖怪は」
「それもそっか」
どうやら、挨拶は終わったようだ。
「それで、なんで遠くで見ていたのに、いきなり乱入してきたの?」
「……それはですね」
「ああ、その前にちょっとお茶を――あっ」
「ちょっ!?」
「何やってんだ、親父!」
親父がお茶を取ろうとして、あやまってこぼしてしまったのだ!
しかも不運なことに白雪さんにかかってしまった。
「あー。ごめんごめん。手元が狂っちゃって」
「あ、いえ、制服が濡れただけで……。あー、どうしよう」
「御手、悪いけど友達を着替えさせてくれないかい?」
「わかった」
親父、何をやってくれたんだ。
これで白雪さんからの好感度が下がったら恨むぞ。
「着替えは明麻絵のでいいか?」
「え、姐さんの!?」
「サイズ的に一番近いはずだ」
なにより異性の服は着たくないだろうしな。
「あ、いや、その、姐さんはいいの……?」
「ふぁふぁひはらいじょーぶふぇふ」
またせんべいを食べているのか。
さっきまで寒いと言っていたのに、明麻絵の食欲に底はないのだろうか。
まあ、いい。食欲がないよりは全然マシだ。
「白雪さん、こちらだ。ついてきてくれ」
「あ、うん」
「火傷はしてないか? 薬を持ってくるが」
「な、なんとか大丈夫」
雪女は火傷しやすいからな。
今問題なくとも、すぐに服を脱がせた方がよいだろう。
「この更衣室で着替えてくれ。タオルは見えるところにあるはずだ。好きに使ってくれ」
「ありがとう」
それでは、明麻絵の部屋に入って、Tシャツとショートパンツでも拝借するとしよう。
相変わらず散らかっているが、服は俺がタンスに入れているのだ。すぐに見つけ出せる。
全く。せめて下着は自分で洗濯してもらいたいのだがな。
まあ、今悪態をついても仕方がない。
さっさと白雪さんに着替えを届けなければ。
「着替えを持ってきたぞ」
「あ、ありがとう。今開けるね――」
「なっ!」
待て!
今扉を開けないでくれ!
扉の前に置いておくだけのつもりだったのだ。
「……ぁ」
なぜ俺の口は動かない。
一言だけで、白雪さんは扉を開くのを止めてくれるかもしれない。
いや、理解している。
俺の男としての本能が、見たがっているのだ。
理想の女性像である、彼女の柔肌を。
ああ、このまま見てしまっていいのだろうか。
生まれたままの姿の、桃源郷。




