第26話 宅島さんの奥さんはウラメシヤ
さて。
俺達は保健室を後にして、帰宅することになった。
明麻絵は復帰1日目、白雪さんは転校1日目なのだが、さすがに亀甲縛り状態の成人男性を放っておくわけにもいかない。
これで何かトラブルが発生したとしても、俺と親父が全力でサポートすればいい。
早速、親父に連絡を入れると、校門の前で待っているように言われた。なのだが……。
親父は馬に乗れても、車は運転できない。
機械音痴だからな。
一体どんな移動手段を用意しているのだろうか。
「……む?」
あれはタクシーか。
そうなると、彼に頼んだのか。
「久しぶり、御手くん」
「今日はよろしく頼む。宅島さん」
タクシー運転手の宅島さん。姿もステレオタイプなタクシーのおじさんであり、非常に覚えやすい。
「御所さんから聞いてるよ。大捕りものをしたって」
「俺の力ではないがな」
「おおー。確かに大きな男だ。ほら、手伝うからさっさと助手席に押し込んじゃって」
「感謝する。このお礼はいずれ」
「いいよいいよ。御所さんには妻の件でかなりお世話になったからね」
「そうか」
それなら、ご厚意に甘えるとしよう。
タクシーに乗る順番はどのようにするべきか……。
そうだな。念のため、俺が2人の間に挟まる形にしょう。
明麻絵が白雪さんに粗相を働かせないための処置である。他意はない。
ああ、それと、せっかくだからな。
「なあ、宅島さん」
「なんだい?」
「島田家に行くなら、トンネルを通るだろう? 折角なら奥さんに挨拶をしたい」
「うれしいなぁ。そうやって妻に会ってくれる人は少ないから」
「かなりの美人なのにな。口惜しい限りだ」
「そんなに褒めてくれるのは、君と御所さんぐらいだよ」
この夫婦の関係はかなり好きなのだがな。
たしかに問題があるのも事実だ。
……我が許婚といえば、いつの間にか寝ているな。
今日は久しぶりの登校に加え、襲撃事件まで重なったのだ。疲労も仕方ないことだろう。
「ねえ、御所さんて誰?」
そうか。
白雪さんは知らなくて当然か。
「俺の親父の名前だ」
「すごい変わった名前だね」
「代々、跡取りの名前には『御』の1文字を入れるしきたりがあるのだ」
「あ、すごく古い家っぽい。さすが陰陽師」
む?
おかしいな。
「陰陽師であることを伝えていたか?」
「あ、言ってなかったね。ボクは雪女と狼男のハーフなんだ。あとなんだけど――」
なるほど。
あの亀甲縛り状態の男性は白雪さんの父親で、成人の儀の一環として襲ってきていたわけか。
しかし、なんらかの原因で暴走状態にある、と。
状況は理解できた。
「あのあのあの、姐さんについて色々と聞きたいんだけど」
「俺もあまり知らないぞ。くのいちということぐらいだ」
「そうなの? 許婚なのに」
「最近まで許婚がいることすら知らなかったのだ」
「じゃあ、親が勝手に決めて、全く顔合わせもなかったんだ」
「そうなるな」
「……酷い父親だね」
まあ、周囲から見たらそのような感想になっても仕方ないだろうな。
「俺はそう思っていない。親父はただ、生活能力とコミュニケーション能力が皆無なだけなのだ」
「かなり酷いことを言ってる自覚はある……?」
「事実だからな」
俺よりも白雪さんの話である。
「そういう白雪さんは、かなり父親を嫌っているように見えるが」
「……いつも、お父さんとお母さんは喧嘩しているから。ボクはお母さんの方が好き」
ふむ。
俺の母親はもう他界しているし、いまいちピンとこない悩みだな。
「島田くんはなんで、父親のことが好きなの?」
その理由なら明白だ。
言葉に迷う必要はない。
「小さい頃、俺は親父のことが怖かったんだ。修行が厳しすぎてな、何度も死ぬような目にあわされて、褒められることもなかった」
「……えぐいね」
「今思えば完全にドメスティックバイオレンスだ」
まあ、今でもあの恐怖は残っているが、父親にぶつけようとは思えない。
「親父も親父なりに必死だったんだろうな」
「必死?」
「妻を亡くして、俺まで失わないように必死だったんだ。そう思うと、少し許せる気がした。父親も人間だ。母親を失って、俺と同じ痛みを――いや、それ以上の苦痛を味わっていると考えたらな」
「……ボクはそう思えないなぁ。相手の事情なんて考えたら、キリがない」
「それもそれで、白雪さんの考えだ」
「……そうだね」
…………しばらく沈黙が続いてしまっている。
気まずい空気だ。
何か切り出せる話題はないだろうか。
「お、妻がいるトンネルが近づいてきた」
ナイスだ。宅島さん。
「ねえ、さっきから気になっていたんだけど、トンネルに奥さんがいるってどういうこと?」
「ほら、もういるでしょ?」
「いるって、タクシーの中なのにど――うわっ!?!?」
おお。
俺の体を貫通する形で、宅島さんの妻が座っているではないか。
相変わらず凛とした和服姿で麗しい。
「ああ。席がいっぱいだからか。ごめんね」
「問題ない。これぐらいのことには慣れている」
「さすが御所さんの息子さん」
「ど、どういうことっ!?」
白雪さんの驚いている顔も美しい。
「宅島さんの奥さんは幽霊なのだ。よく怪談に出てくる、深夜のトンネルを通ると乗っている女性というのを聞いたことはないか?」
「え、え、えええ!?」
「宅島さんの奥さん。具合の悪いところなどはないか?」
微笑んでくれているから、問題なさそうだな。
悪霊化の傾向もない。
愛されている証拠だ。
「あ、もうトンネルを出るね。じゃあ、今日はこの後島田さんの家に行ってから帰るからー。え、今日はメンチカツ? やった! すぐに帰りたくなってきたぞ!」
「え、話してる? ボクには何も聞こえないんだけど」
「俺にも聞こえない。宅島さんと奥さんは波長が合っているのだ」
「へ、へー。す、すごいね……」
奥さんは手を振りながら、消えていったか。
彼女は地縛霊ゆえに遠くへは移動できないのだ。
……それにしては、俺の許婚はさっきの白雪さんの叫び声でも起きていないな。寝顔はアザラシのようでかわいらしいが、少し心配になるぞ。
「幽霊が相手なのに、全然動じていなかったね、島田くん。すごい」
「それよりもすごいのは、このご主人だ。妻と一緒に過ごすため、トンネルの中でテントを張っているのだぞ」
「え!?」
「これぐらい当然さ。彼女がこのタクシーに乗ってくれたおかげで、今僕は生きていられるからね」
「美しい愛だ」
「照れちゃうなー。ついついハンドルが滑っちゃうかも」
「それはやめてくれ!」
「がははははははははははははは」
奥さんも呆れているではないか。
いつもいつも、この人の冗談はシャレになっていないのだ。
まあ、そのようなお調子者なところは幽霊の奥さんとピッタリなのかもしれない。
「……はぁ」
「どうしたんだ?」
「お父さんにも、これぐらいの甲斐性があればなぁ、ボクももう少し……」
いや、そう言いながら父親が座っている助手席を蹴るのではない。
儚げな美少女の白雪さんにも、意外とバイオレンスな一面がかいま見えるな。




