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第19話 枕の気持ち

 わたし――紙透明麻絵は思います。

 あの日を境に、御手くんは少し変わった気がする、と。


 今までの御手くんは、どこか近づきがたいというか、無理にしっかりしすぎている感じがありました。

 今の御手くんは、あまり張りつめていないというか、ほんの少し軟化したような……。


 寝不足が解消されたからでしょうか?

 それとも、わたしのことを少し好きになってくれたのかも?

 そう思うと、ちょっとニヤニヤしてしまいそうです。


 御手くんを寝かしつけた、あの日。

 わたしは枕の心を知りました。


 自分の上で、好きな人が寝てくれる。

 なんだか満たされた気持ちになれました。


 ああ、わたしは人を安心させられる人間なんだ。

 あんな堅物な男の人を、子供みたいな顔に変えられるんだ。


 そして、現在。

 わたしのポッチャリとしたお腹は、毎日のように御手くんの枕になっています。


 まあ、膝枕よりは楽だからいいんですけど。

 わたしも一緒に眠れますし。


 今日もわたしは枕です。

 これぞ本当の枕営業というべきでしょうか。



「なあ、なんて呼べばいい?」

「どうしたんですか? (やぶ)から棒に」

「俺はお前のことをずっと、フルネームで呼んでいた。だが、その……変えたくてな」



 口ごもっていて、かわいいところもありますね。

 いつもこんな感じだと、さらに最高なんですけど。



「いや、普通に『明麻絵』でいいと思いますが」

「しかし、慣れ慣れしすぎたりしないか?」

「別にいいじゃないですか。許婚ですし」

「さん付けやちゃん付けはいるか?」

「自由にしてください」

「じゃあ、その、えっと……。うん……明麻絵」

「…………はい」



 なんなんですか、この人。

 いきなり照れまくって。

 最初から御手くん呼びしているわたしががっつきすぎみたいじゃないですか。


 まあ、ちょっと昔の彼に戻ったみたいでかわいいですけど。



「明麻絵」



 小さい声ですね。

 幻聴でしょうか。

 


「明麻絵。明麻絵。明麻絵。明麻絵。明麻絵」

「そんなに呼んでどうしたんですか?」

「いや、呼んでみたかっただけだから……」

「そうですか」



 よく見ると、耳まで真っ赤。

 いや、あなた本当に島田御手なんですか?

 誰かに乗り移られていたりしません?



「なあ、明麻絵」

「はいはい。呼んでみたかっただけですか?」

「そうではなくて、聞いていなかったと思ってな」

「何がですか?」

「なんで不登校になったんだ?」



 ああ。

 それですか。


 わたしの中では結構折り合いがついている話ですし、サクッと話してしまいましょうか。



「わたし、中学校の時にイジメられてたんですよ」



 結構酷かったんですよね。

 透明人間だから、顔が見えなくてやりやすかったんでしょう。

 それとも、明らかに他人と違うから、迫害しやすかったんでしょうか。


 理由なんて考えても仕方ないんですけどね。


 

「忍術を修めているのではないか?」

「一般人の前で使えるわけがないですよ」

「身を守るためなら、使うべきだと思うぞ」



 その考えもわからなくはないんですけどね。

 わたし、人徳がないんですよ。


 

「そんなことをしてしまったら、本当の孤独ですよ。ただでさえ、透明人間なんですから」

「……たしかにそうだな。すまん」



 でも、もう環境が違うんですよね。

 最近、御手くんのおかげで自己肯定感が上がってますし、なんだかいける気がします。



「明日、ちょっとだけ行ってみましょうか」

「無理しなくてもいいんだぞ?」

「無理じゃないです。御手くんのおかげで、行く気になってるんです」



 細かく説明するのは恥ずかしいから、言いませんけど。



「俺は何もしていないぞ?」

「こうして寝てくれるだけでいいんですよ」

「……変わっているな」

「御手くんには言われたくないです」

「そうか」

「そうです」



 そして、次の日。

 久しぶりの登校。


 御手くんが一緒にいるとは――いえ、いるからこそ、緊張します。

 きっちりとアイロンを掛けられた制服を見ると、逃げられないことを実感します。


 

「まあ、ちょっとだけ頑張りますか」



 この時のわたしはまだ知らなかったのです。


 島田御手の許嫁として登校する。

 その意味を。

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